醜い白鳥の父


顔や体型がよく似ている奴が、幼い頃からずっと傍にいるっていうのは何か運命的なものを感じたし、俺が嫁をもらわず、良い歳になっても独り身でいるのにも意味があるんじゃないかと思った。


全部、見えない何か大きな力が働いて俺の人生が備えられている気がしてならなかった。


それは恐らく、今日この時を迎えるためにあったのだと思わざるを得ない。


「ぱぱ、ぱぱ」


ばあさんに手を引かれて両親の葬式に出る女の子。まだ二歳になったばかりだ。親が死んだこともなぜ自分がここにいるのかもわかっていない。皮肉にも、悲しい感情を覚える前なのが幸いだった。


「俺はお前の父ちゃんじゃないよ」


名前は優羽といった。幼なじみの子どもで、たった数回しか会ったことがないのに懐いてくるのは、俺が父親にそっくりだからだろう。


可愛い娘を遺して友人夫婦は交通事故で死んじまった。どっちか片方だけでも生きていたら結果は違っていたのに、なんて悔やんでも仕方がない。


未だに実感が湧かないまま、黒に身を包んで葬式に出る。二つ並んだ遺影は呑気にこっちを見て微笑んでいた。こうして見ると幼なじみの顔はやっぱり俺と瓜二つで、縁起でもない。まるで自分の葬式に出ている気になってくる。


「信時君は小さい時から孫とよく似ていたからねぇ。優羽も安心なんだろう」


ばあさんは幼なじみの母親。昔からよく可愛がってもらって、第二の母親と呼べる人だ。歳をとったのもあるが、一人息子とその嫁を突然亡くした心労で随分老け込んで見える。


道雄みちおとは腐れ縁だったからね。引っ付いてりゃ嫌でも似てくるんだろうよ」


しかし娘の優羽は道雄のような厳つい顔にならなくて良かった。目はパッチリでまつ毛が長くて、小さな鼻にふっくらした赤い唇をして人形みたいだ。こいつは将来べっぴんになるに違いない。


「私はもう歳だ。独り身になって自分のことで精一杯で、金があったとしても小さい子を育てられる気力も体力もないんだよ。老人ホームに申し込みをしているしね。ねぇ、どうかこの子の面倒を見てはもらえないか?」


優羽をあやしていると、ばあさんはとんでもないことを口走った。あんまり非常識な話なもんで、反応するまで時間がかかった。


「俺に父親代わりになれってか? 冗談じゃない! 犬や猫を育てるのとは違う! 第一、親族でもない男が小さい女の子と暮らすのなんて、世間様がどう思うか・・・・・・」


自分の世話で精一杯の男。ましてや血の繋がりがない子どもを育てるなんて、アヒルが白鳥の子育てんのと同じだ。


全力で拒否をしたがばあさんは諦めなかった。せめて時々で良いから家に来て優羽の面倒を見てほしいと頼まれて、それくらいなら・・・・・・と俺は承諾した。


約束通りマメにばあさんの家へ行っては優羽の世話を焼いた。飯の支度、風呂、着替え、歯磨き、トイレ、遊び相手、寝かしつけ。慣れない世話を一日やっただけで体中が筋肉痛になるほどくたくたになる。ばあさんにとっては助かるだろうが、俺は身を削る思いだ。


これならまだ職業である建築業をやる方が楽だ。木材や機械はわがままを言ったり泣きじゃくったりすることはない。仕事と子育ての両立なんて不可能だ。申し訳ないがこうやって時間がある時にばあさんの手伝いをやるので勘弁してもらおう。


そんな矢先、ばあさんは頭の病気で倒れて入院する。一命は取り留めたものの、麻痺が残り退院しても自宅での生活は無理だから、そのまま施設への入所が決まっちまった。


はてさて、残されたのは親も近親者もいない孤児。道は児童養護施設に入るか、俺が面倒を見るかのどちらかしかない。


何にも知らない無邪気な顔で、ファミレスのいちごパフェを頬張って、口の周りをクリームだらけにしている優羽。深刻さを微塵も感じていない。なんか俺ばかりが頭を悩ませて馬鹿みたいになった。


ので、本人に選んでもらうことにする。


「優羽は、お友達がたくさんいる広い家に住むのと、俺しかいない狭くて汚くて臭くてつまらない家に住むの、どっちがいい?」


誰がどう考えたって最初の方を選ぶような質問をした。小さな女の子といえども一人の人間。幸せになる方を自分で選ぶようにわざと誘導したのだ。


「ぱぱといたい」


幼子の未熟な脳は恐ろしい。全く考える素振りもなく直感だけで即答するとは。


ふむ、予想外の選択だ。俺の説明足らずが悪かった。


「あのな、俺んちにはそりゃあお前のために買ったおもちゃがたくさんある。それに元々古い借家だし壁を汚そうが物を壊そうが大した問題じゃないからやりたい放題だ。糞に糞を乗せるようなものだもんな。気を遣わなくて良いのは利点だよな」


「なにいってるかわかんない」


「訊いといて悪いけど、俺は優羽がたくさんの友達と毎日遊んで暮らした方がいいと思うんだ。俺は仕事があって家を空けているのがほとんどだから、寂しい思いをさせてしまう。ひとりぼっちは嫌だろ?」


「ぱぱがしごとおわるまで、ほいくえんいってる」


「あのな優羽・・・・・・」


「ほんとはままとさんにんでくらしたいけど、ままはとおくにいるんでしょ? かえってくるまでぱぱといっしょじゃなきゃ、いや」


まだ俺を父親と間違えて、母親は遠くに出かけていると思っている。


どう説得したら上手く伝わるんだろうか。


お前の両親は死んじまって、もう帰って来ないんだよ。


こんなことを言ったら優羽は泣くだろうか。死を理解できる歳じゃない。だが当たり前だった日常が突然プッツリと終わっちまった、大人だって受け入れ難い現実に直面している。下手なことを言って悲しませるより、成長してだんだんと周りのことをわかっていくようになれるまで、そっとしておくのが一番なのかもしれない。あとは、本人が望むことをできるだけ叶えてやること。俺がやれるのはそのくらいだ。


そのことを踏まえてもう一度意思を確認する。


「お前は俺と一緒にいたいんだな?」


「うん! いっしょにいたい!」


やっぱり迷いは一切なかった。無垢に笑うこの愛らしい顔を見てしまったら、俺は腹を括るしかなかった。


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