第6話


──王立学院──



 最悪な出会いを回避したその日から俺はシエルと過ごすことになった。王族のせいでシエルには友達と呼べる人がいない。まあそれを設定したのは俺だが…。


 本来ならシエルとヒロインの最終話で行われるはずのイベントがなぜか早まり、しかもシエルとランチをともにしたりするという現実に、あるはずのない未来が現在進行形で起きている。


 まだヒロインの登場は何年も先。ここで友情を築いておけば、いくつかのバッドエンドも回避できるはず。


 こうしてシエルとご飯を食べていられるのも大きな一歩だろう。



「ルーク、本当にそれだけで足りるのかい? もっと食べたら?」



 中庭に来てランチの準備をしていると、シエルは俺のランチボックスを見ながらそう言った。


 確かに正直言うと足りない。でもルークにはちょうどいい量なのだ。そう、本音を言うならもっと脂っこいものが食べたい。肉とか肉とか肉とか…。野菜ばかりじゃないヘルシー料理以外も食べたい。正直食べたい。


 が、ルークは細身で小柄でいなければならないのだ。年を重ねるにつれ、それなりに身長は伸びるが、体形はひょろっとしたまま。これはレオ先生のご意向。


 キャラ設定上でも、お肉料理が食卓に出れば必ず避ける…という設定がされている。自分が転生することがわかっていたのなら絶対にそんな設定にはしなかった。わかってるなら絶対にしなかったことなのに。まあ今更言っても仕方ない。



「ボクはこれくらいがちょうどいいの。じゃあ食べよっ!」

「そっか。でも倒れないようにしっかり食べるんだよ」

「うん!」

「いただきます」

「いただきまーすっ!」



 この三日間でシエルとの食事も、付き合い方もなれたものだ。最初こそはバッドエンドにビビっていたが、今となってはおちゃのこさいさい。


 それにシエルは、ルークを自分のよき理解者と思っているらしく、なんでも話してくれる。彼の地雷を踏むことがないらしいのだが、それもそのはずだ。


 この世界も、シエルも、創ったのは『俺』なのだから。


 そりゃあ理解だってしてあげれるし、地雷を踏まないことだってできる。が、ルークというキャラである以上、注意深く接してるし、丁寧に考えながら発言している。


 バッドエンドはいつ起きてもおかしくない。だから油断はせず着実に、一つずつ丁寧に一分一秒を過ごさなくては。


 そう、気を引き締めていたはずだった。



………☆☆☆………



 放課後、中庭を一人で歩いていると、バシャン…とかけられる水に身震いをする。



「……つめた」



 ボソッと一言口にして前髪から滴る水を手のひらに落とした。


 水をかけてきた先は真上。これは避けようのないバッドエンドフラグ。水をかけられて思い出すなんてバカだなぁとか思ってみる。



 これもまたC王子に関わるストーリーの一部だった。ゲームでは、ただ物語の終盤に起こるシエルとルークの会話で『こんなことがあった』的な部分でしか描かれていなかったからすっかり忘れていた。


 ストーリー的にはこうだ。シエルを敵対視していたルークはシエルに付きまとう。何をするにも邪魔をしたり復讐する機会を常にうかがっていた。それを見て面白くなかった集団がいる。それこそが水ぶっかけ犯人。


 だがしかし、これは物語的におかしいのだ。この水ぶっかけ犯人はヒロインの友人たちが行うもの。まだヒロインは登場していない。つまり、犯人は一体誰なのか。


 そしてこの時に立つバッドエンドフラグは、ただ水をかけられることじゃない。この直後に分岐点があるのだ。


 一つはすぐさまヒロインが駆け寄ってきて、びしょ濡れのルークを介抱するバッドエンド回避ルート。そしてもう一つは、水をかけられて戸惑うルークの頭めがけて花瓶が落ちてくるバッドエンド。


 ルークがバッドエンドを迎えると、ヒロインもまたバッドエンド行き。目の前で人が亡くなるショックで、心を閉ざしてしまい、一生シエルの元で人形のように生きていく…というエンディングだ。


 あぁ、やっぱりルークはバッドエンド不可避なんだとため息をついてしまった。シエルと親しくなったことで何かが変わったのだろう。ヒロイン登場後に起こるはずの出来事がお構いなしにやってくる。


 ヒロインの友人たちが何か理由があってルークにそういうことをしているのだとしたら、ヒロインのいない今、駆け寄ってくる人はいない。シエルも部活動、レオナルドも家の用事で早退しているからだ。


 この場から動かずにいれば間もなく頭上から落ちてくるだろう。しかし、俺はこの世界を創った一人だ。


 これくらいタイミングを見て、後ろに一歩でも下がれば回避でき──



「ルークッ!!!!」



 その叫び声と共に足の動きが止まる。とっさに頭上を見れば迫ってくる花瓶らしきもの。


「ぁ………」


 金縛りにあったように動けなくなり、落ちてくるそれをただ見上げる。わかっているのに、避けなきゃいけないのに、そうすることができなかった。


「ッ……」


 花瓶がぶつかる。そう思った瞬間、力強いナニかに体が押し倒された。


 ──ガシャンッ……。


 地面に落ちた花瓶が音をたてて割れる。


 倒れる自分の体に覆いかぶさるその人は自分の腕を押さえつけて横たわっていた。

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