第6話
「ぇ……?」
高くか細いルークの声。だって、は? なんで? だってこんなのおかしいだろ…?
「シエ…ル…?」
シエルが俺を守った…? そもそもどうしてシエルはここに…? 部活は?
ぐるぐると頭の中に疑問が浮かぶ。だけどそんなことよりも…そう思って頭上を見上げれば覚えのある顔が四つ。やっぱり犯人はヒロインの友人たちだ。
そうか。そうだった。彼女らはシエルの熱狂的なファンの子だ。ヒロインと友人になったときに、シエルに好意を持ったヒロインを後押ししていたのも彼女たち。自分たちが認めていない友人ができた場合、嫌がらせをしたりしている…という設定だった。
つまり、ルークはその対象になったということか。
「ルー…ク、大丈夫、か…?」
その声にはっとしてシエルを見下ろす。シエルの押さえる腕は腫れあがっていて、顔から血の気が引いた。
何が起こっているんだ。何が起きているんだ。
今起こるはずのない出来事が起きて、いるはずのないシエルが自分を守ってケガをする。ヒロインがまだ登場していないのに、なぜか起こるはずのないイベントが……。
そのときハッとした。とあることに今更ながら気づいてしまったのだ。
「ルーク!? すまない、どこかケガでも…」
「まだ五年もあるの、か…」
「五年って…」
そのとき、この世界に転生して以来流していないものが目尻から流れた。
あのゲームのストーリーはまだ始まらない。そしてこれは省略したりスキップしたりすることができない。
ルークに転生する。それはつまり、ルークとして生きること。
それは理解していたはずだった。その覚悟も持っていたはずだった。
だからヒロインが転校してくる『物語≪ゲーム≫の始まり』に備えて登場人物たちとの関係を築き、バッドエンドを回避するために好感度をあげたりと行動していた。
でもそれは裏を返せば、ヒロインが現れるまでの『空白の物語』を進むことになるのだ。
そして物語を変えれば変えるほど、ルークにはバッドエンドが襲い掛かる。これはゲームの世界。ヒロインがたどるルートで物語が大きく変わるのだ。それはつまり、この先に起こるバッドエンドを把握している『ルーク』がそれを回避するために奔走すればするほど、全てのルートをたどってしまうということ。
全ての登場人物は、最初に基本のキャラ設定はされているものの、ヒロインが選ぶ恋愛ルートで全てのキャラの関係性などが多少なりとも変わる。
つまり、ルークが全てのルートの自分のバッドエンドを潰そうとすることで、ヒロインがたどる道がわからなくなってしまうのだ。
もしあのとき大人しくシエルに敵対心を持ち、レオナルドの不信感を買い、王宮入りになっていたら、物語はそこまで大きく変わらなかっただろう。それはすべてのキャラに共通するルークの過去だからだ。
しかし二人の好感度をあげてしまったことで、ルークの物語が大きく変わってしまった可能性がある。ヒロインが選ぶであろう王子らの判断がつかなくなってしまったことを指していた。
そして『ルーク・スペアード』はバッドエンドしか与えられていない、メインキャラを引き立てるためだけに創られたサブキャラクター。
どんなに意志があろうと、どんなにバッドエンドを回避しようとしても、これは変えられない基本のキャラ設定なのだ。
「ルーク…? どうして泣いているんだ…?」
心優しいのもそういう設定だから。人をあんな風にバカにする発言をしても、根は優しいという設定にしてある。だからこうして寄り添ってくれるのだ。
なんだかそれが今は腹立たしい。
でもここで手を払って暴言を吐いたところで、自分はバッドエンドを迎えてしまう。王子に守られていながら、ここに放っておけばそれこそ死亡フラグが立つだろう。
シエルを支えながら立ち上がる。ぐっと涙をこらえて、引きつりながらも笑顔を向けた。
「シエル、ごめんね。すぐに医務室に行こう。立てる?」
「ああ…ありがとう…」
これはゲームの世界。だけど、巻き戻しも選択肢の変更も、スキップも…できないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます