第5話

──シェアピーノ王国──



 さて、と今日も頑張りますかねー。とぐーっと伸びながら意気込むのは前世からの癖…なのだが、こんなことを使用人の前でやるわけにはいかないのが現状だ。


 そんなことをすれば『偽物』だのなんだの言われるから。清廉潔白でおしとやかで愛らしいアリアでそんなことをするわけにはいかない。


 使用人に着替えをさせてもらいながら、心の中でため息をつく。


「王女様…どこか体調が…」


 その声にドキッとする。鏡を見れば顔から笑顔が消えていた。


 これはまずい。


 そう思ってにこっと微笑むと、おしとやかに静かに照れたように言葉を紡ぐ。



「おなかが…なってしまって…その…聞こえてませんでしたか…?」

「そうだったのですか? 急いで準備をいたしますね」

「すみません…。うぅ…恥ずかしい…」

「そんなことありませんよ! 体調がすぐれないのかと思って心配をしてしまいました。とても愛らしい理由で安心いたしましたよ」


 ………はぁ。めんどくさい。

 でもこんなので騙されてくれるんだから楽っちゃ楽か。


 にしても南雲先生…じゃなかった。ルークと出会うのはまだ何年も先。あのときあの場所でぶつかって出会ったのが奇跡だったかも。まあ、そのせいで前世を思いだすきっかけにもなったが…。


 だけどなぁ。自分も先生も不運というかなんというか。まさか自分たちの作品に転生するなんてなぁ。


 それもバッドエンドしか用意していないキャラクターに。こんなことってあるんすねぇ。なんて。


 正直ルークのことはあまり心配していない。先生の幼少期はルークに似てるし、脚本をしたこともあってルークのことをわかっているだろう。だからそこはあまり心配していないが、一番の心配どころはルークの死亡フラグの多さだ。


 ルークはとにかく死ぬ。本当に死ぬ。とことん死ぬ。アリアと関わる部分は少ないが、とことんとことんとんとことん死ぬ。それは異常なくらいに。


 確かにルークの『飼い殺しエンド』や『スラム街落ち』など生きてるエンディングはあるが、最終話を迎える前の分岐点では、事故でヒロインと共に崖から落ちそうになってヒロインだけ助けられたり…という何とも言えないストーリーもあるのだ。


 あくまでこの物語はヒロインと王子が主役。脇役のアリアやルークが途中で亡くなろうが関係ない。それでも物語は続行されるのだ。


 まさかアリアと出会う前にルークが死んでる…とかないっすよね…?


 先生、そこは頑張ってください。アリアを一人にしないでください。



………☆☆☆………



 朝食を食べ終えて庭園へと出ると、ベンチで一休みした。この城に来てからというものの誰かが付きっきり。それは想像以上の苦痛で一人になりたいときがあった。


「ふぅ……」


 息を吐いて空を見上げる。


 なれない作法になれない服。なれない言葉遣いになれない世界。魔法があり、半獣半人がいるこの世界はいったいなんなのでしょう。


 そしてバッドエンディングしか用意されていないキャラクターが二名。さて、誰がこの世界を創ったのでしょう。


 恨みをゲームで晴らそうなんてしちゃだめでしたねー。大間違いでした。と言ってももう遅い。


 きっと学生になって、成人して、卒業して、おばさんになって、おばあさんになっても、自分はアリアのまま。それは変わらない現実だろう。


 まあそこまで生きていればの話ですが。


 今度こそ幸せな死に方をしたいなーとか思ってみる。……うん、アリアで思うことじゃなかったな。アリアじゃ無理だ。この子じゃ無理だ。


 ルークだけじゃない。アリアだって同じくらい死亡フラグがたっているんだ。バッドエンド不可避なキャラクターなのだ。


 ルークの心配ばかりしてないで自分の心配もしなくては。ルークに出会うまでは持ちこたえてみせよう。でも物語が始まる前にアリアが亡くなるということはないだろう。


 ヒロインのライバルキャラで、ルークと違ってヒロインと関わることが多いのだから。


 でもこの物語の面白いところはライバルキャラが悪役ではないところ。アリアは清廉潔白という言葉が似合うほどの純粋で穢れのない少女なのだ。なのにバッドエンドしかないという不思議な子。


 簡単に言うと運が悪いってことかもしれない。そうだ。きっとそうだ。


 とにかくバッドエンドを回避しよう。姉になったシャルの好感度もあげて、自分の味方をしてくれる人をたくさん作ろう。そうすればギロチン刑は回避できそうだ。


 ヒロイン登場に向けて、まずできることから始めよう。それが大事だ。


 そう心に決めて、「頑張ろう」とぐーっと伸び……そうになる手を押さえて心の中で意気込んだのだった。

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