第4話



 シエルと出会った翌日、ようやくお昼休みになりふぅっと息を吐く。


 勉強ってこんなに疲れるものだったか…なんて思いながら午前の授業を終えた。本当は首をゴリゴリ回したいところだけど、そんなことをしたら『悪魔がとりついた』などと言われてしまう。


 おしとやかにあざとく可愛い天使でいなくては。



 ランチボックスを広げようとしたとき、廊下がざわついた。


 なんとなく視線を向ければ、教室の出入り口に彼は立っている。あのC王子ことシエル王子が。


 昨日のことを思い出し、むかつきが戻ってくるが冷静になろう。うん。冷静でいよう。


 自分に用事があるわけじゃないと思い、ランチボックスを広げると声が聞こえた。



「ルーク・スペアード」



 その声にドキッと心臓が跳ねる。


 ゆっくりと視線を向ければ、シエル王子がゆっくりと俺に手招きをした。これはもしかしなくても二回目のバッドエンドフラグ……。


 でも王子に呼ばれてる以上、出向かねばならない。王子様に対して伯爵家の子息が言うことをきかないわけにはいかない。これは覚悟していかねば。


 ごくりと息をのみ、俺は席を立った。


 そして一歩一歩とシエルへと近づく。拳を握り冷や汗をにじませながら。



「ボクにな、なんの用事でしょうか…?」



 うるうると瞳を潤ませながら、彼を見上げる。するとシエルはぐっと何かを一瞬こらえて、バッと頭をさげた。



「も、申し訳なかった…」

「……へ?」

「だから悪かったと言っているんです。あんな公衆の場で言うことではありませんでした」



 ……へ?へ?へ? 理解ができないぞ。何が起きているんだ。


 だってこうして謝るのは、ルークとシエルが和解したときだ。それもアリアが登場し、ヒロインが登場し、シエルとヒロインが結婚式をあげる目前まで迫ったとき。


 それがなぜ今謝罪を…?


 何かがおかしいぞ。考えろ。理解しろ。どう答えるのが適切だ? 間違えたら首が飛ぶぞ。一生懸命考えるんだ…!



 だけど答えは出ず、パチパチと瞬きをするだけだった。



「はぁ…。これで許してもらえますか」

「……は、はぁ」

「はぁ?」

「いやいやいや、王子様がボクなんかに頭を下げないでくださいっ! これじゃあお兄様たちに怒られてしまいます」



 慌てながらとりあえず頭を上げさせる。この状況はまずい。それもこんな人目に付く場所で。



「だったら許してくれますか?」



 そう言われると許したくない。うん。だってすごくむかついたし。


 でも天使ルークは許さなければならない。可愛らしさを忘れずに。


 あ、そっか。これは好感度をあげるチャンスだ。何かを提案すればいいのか。



「で、でしたら王子様、ボクと一緒にランチでもいかがですか?」

「ランチを?」

「ぜひ! ダメ…ですか…?」



 瞳を潤ませて彼を見上げる。このうるうる作戦で落ちない人などいない。別に男に好かれたいわけではないが。しかし、今後のために必須だ。絶対にバッドエンドを迎えたくないから。特に王様の愛人だけは避けなければ!


 すると王子様は一つ咳払いをして、視線をそらしながらこくりとうなずく。



「いいですよ。それから私のことはシエルでいいです。同い年なのだから」

「え…。いやでも…王子様をお名前でお呼びするのは…」

「その『王子』からの提案です。聞いてはくれないのですか?」



 これは素直に呼ぶしかないか。でも親しくなるチャンス…? なのか?


 ならここは素直に甘えよう。確かストーリーでも最後には名前で呼び合ってたし。ちょっと流れが早まっただけだろう。うん、なら大丈夫だ。



「よろしくね! シエル!」


 にっこり満面の天使笑顔。ふっ…上達したものだ。


「こちらこそ、ルーク」



 そして無事にシエルとの出会いを終えたのだった。だが物語はそう簡単にはうまくいかない。


 シエルと親しくなったことで、新たなバッドエンドフラグが発生していることをこの時の俺はまだ気づかなかった。


 ルークはバッドエンド不可避なのだと、再確認するまであと三日。


 物語では語られなかった、設定でしか作られていないヒロイン登場までの数年が始まることを、この時の俺はまだ気づいていないのだった。

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