第3話
───スペアード家
朝の身支度をしながらふと考える。なぜこの世界に転生したのか。それも自分たちの作ったゲームに。
まさかモデルにしたのが本人たちにバレたとか…? そこで恨みを買ったとか…。いやいやまさかな。そんなわけない。でもこれが逆だったと思うとぞっとする。
俺がアリアで、レオ先生がルークだったらと思うと吐き気がするわ。
そのとき、部屋にノック音が響いた。
「ルーク様、ご準備はできましたでしょうか」
「はいっ! 今行きます!」
そう声をかけるとため息をつく。
異世界転生。その言葉があることはあったが、まさか自分が体験することになるとは思わなかった。
これが作家のままだったら楽しんだかもしれない。でも自分は死んだのだ。間違いなく。だから今の自分は作家でもなければ、三十代のおっさんでもない。
おそらくこれから先、死ぬまで『ルーク』として生活しなければならないのだ。いい加減、覚悟を決めようと息を吐いた。
この世界を造った張本人だからこそできるサイアクなバッドエンド回避があるはだから。
とは言いつつも……。うん。ルークには最悪なエンディングしか用意してなかったからどうなるかはわからない。
でも今後がどうなるかを知っているからこそ、備えて対策することくらいはできるだろう。
「よしっ」
可愛い声で意気込み、可愛い自分の姿を鏡で確認する。
どう見てもルーク。間違いなくルーク。
だけどこの世界で生きていかなければいけない以上、ルークとして完璧なふるまいをして見せる。
そして今日はその第一歩を踏むんだ。彼との出会いが来るのだから。
………☆☆☆………
兄のレオナルドと学校に登校している途中、彼はそこにいた。
ようやくお出ましだ。
C王子こと、シエル・フォアード・ベルガモット第三王子。
シエルが校門に近づけば、生徒たちが一斉に道を開ける。そして女子たちは黄色い声をあげるのだ。それくらい王子は見目麗しく、艶やかなブロンドの髪をなびかせていた。
そしてこの出会いで彼はルークを辱めるのだ。だがしかし、今のルークは一味違う。そのようなことにならないように兄に取り入ったし、性格も作り上げてきたんだ。
ここで何も会話せずに過ぎ去れば何事も起きない。そう、起きないはずだ。声をかけられる理由それは、ルークのズボンが破けていた。という些細なもの。でも朝来るときも確認したんだ。絶対に破けてなどいない。
辱められるようなことなど……。
「これはこれはスペアード家のご子息ではないですか」
「っ…」
スルーして通り過ぎようとしたとき、クスクスという笑い声が観衆からも聞こえてきた。
え、これはまさか……。
「ルーク殿、パンツに穴が開いていらっしゃいますよ」
「え」
「ふふっ…。愛らしい失敗ですね」
………。
うん。冷静になれ。
これは俺が創った脚本だ。それを王子が口にしているだけ。そう、怒るな。
いや無理だろ!?!? こんなにむかつくものなのか!? ああ、むかつく、むかつく、むかつく!!!
「ッ、そんな──ッ!」
とっさに口をふさぐ。
そんな俺に王子は不思議そうに首をかしげた。恐る恐る隣の兄を見れば、目をぎょっとさせて俺を見下ろしている。
そう。ここでルークが素面で反発することで、『こんなのは自分の弟じゃない』とレオナルドは言い始めるきっかけになるのだ。
あっぶねぇ…。
ってか、この王子の性格が悪すぎる。あんな言い方されれば誰だって怒るに決まってるだろ。
でもここでルークは反発してはならない。それは絶対に。
「………そ、そんな大声で言わないでほしい…です」
可愛さを忘れるな。あざとい天使を忘れるな。
そう言い聞かせながら、瞳を潤ませて王子を見上げる。
「こんな失敗…恥ずかしい…。うぅ…おにいさまぁ」
そして俺は隣のレオナルドに手を伸ばした。
するとレオナルドははっとして、着ていたジャケットを脱いで俺の腰に巻き付ける。そしてぎゅっと抱えた。
「ルーク、気づいてあげられなくてごめんね。着替えに戻ろう。ね?」
「はい…。ご迷惑をおかけしてごめんなさい…」
「そんなことないよ。可愛い俺のルーク。さあ、行こう」
ルークはレオナルドの首に抱き着きながら、ぐすんぐすん…と声をこぼす。
ちらりと王子を見れば、彼はぽかーんと口を開けてただ立っていた。
ふぅ…なんとか最悪な事態は免れた…かな。でもここでストーリーを変えたことでどんな影響を及ぼすかはわからない。
だけどこの調子なら養子入りは回避できるはずだ。レオナルドは可愛い可愛いルークを手放したくないはずだから。
このまま順調にいけばいいけど…。とりあえず最悪な出会いは回避できたはずだからなんとかなるだろう。
あとはアリアの登場までどれだけ好感度をあげれるか。そして王子たちとどれだけ良好な関係を築けるか。それがカギとなってくるだろう。
しかしあの言い方むかつくな。プライドの高いルークにはあれが許せなかったのだろう。ルークになってわかる。あれは自分を忘れるほどキレてしまうと。誰がそこにいようと関係ない。あんな風に笑われれば誰だって怒るに決まってる。
……引きずっててもしょうがない。むかつくけど今後に備えなければ。むかつくけれど。
とにかくシエルとの最悪な出会いは回避した。今日の収穫はとりあえずこれで良しとしよう。レオナルドの好感度もあがってることを確認できたし、この調子なら問題ないはずだ。
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