マゴラへの帰還
第27話 旅立ちのファンファーレ
「大きいな、道行く人も多い」
リュウ・クジョーは初めてのロームの町に足を踏み入れた瞬間、その壮大さに圧倒された。人口三千人のマゴラしか知らないリュウにとって、十万人の大都市は人間の数、商店の数、何もかもが桁違いだった。
「このぐらい大きな町になると、いろいろな人がいます。例えば!」
ローガがいきなり、すれ違う人の左腕をねじ上げた。
「ア、イタッタタタ」
男は悲鳴を上げるが、ねじ上げられた方の手には、リュウの財布がしっかりと握られていた。
「あっ、いつの間に!」
リュウが驚いて叫ぶと、ローガは男から財布を取り上げて、リュウに返した。
そのまま、男の腕を後ろ手に回し膝を突かせて、ローガは言った。
「どうしますか? 普通ならこの腕を一本頂くところですが」
「ヒー」
男は悲鳴をあげた。
「すまん。初めての大都会で浮かれていた。その男は話してやってくれ」
リュウが照れくさそうに謝ると、ローガは男の腕を放した。男はバネ仕掛けのように立ち上がって、もの凄い勢いで逃げていった。
「気をつけてくだされ。先ほどの男は目配りからして詐欺ですが、下手に殺気なんかあると、この中の誰かが斬ってしまいます」
ローガに言われて、後ろを振り向くと、みなニヤニヤ笑っていた。おそらくリュウ以外は常にリュウに近づく危険を警戒していて、いつでも抜き打ちにする用意はあるのだろう。それだけの力を持った男たちだ。
「分かった。気をつける」
いきなり都会の洗礼を浴びたが、それでもリュウは驚きと興奮を隠せなかった。ガリレア鉱山を旅立つと、宣言した日から既に三ヶ月が経過していた。
その間、ドニーはリュウのネイチャーフォースで倍増した産出量の見返りとして、ローガや主要メンバー六人の恩赦を政府に申請した。帝国はアルバインに大敗して以来、疲弊した国庫の立て直しに躍起になっており、ガレリア鉱山の産出量倍増は願ってもない朗報だった。
財政再建の責任者であるシャルル皇太子自ら、特例としてこれを許可した。これでローガたち六人は、晴れて鉱山を出て自由に帝国内を歩けることになった。
「ドニーの政治力は本当にすごいな」
ロームの町を大手を振って歩くローガたちを見ながら、リュウが感心しながら呟いた。
自由の身になったことももちろんだが、帝国政府の状況を冷静に分析し、つけいる隙があれば躊躇なく食らいつく。そういうドニーの敏腕政治家チックな着眼点や、行動力は、経営者的なハリーにはない要素で、ここに来て改めて感嘆したのだろう。もちろん、ドニーにかかれば、中央政府の役人など、大人が子供をあやしているようなものだった。
リュウのつぶやきを聞きつけたマットが、半分笑いながら言った。
「いや凄いのは、政治力ではなく、手の速さだろう」
「女房の件か」
モーガンがいち早く反応して、苦笑する。
ドニーはトンネルでつながったトレノの町で、いの一番に女性を口説き落とし、妻として鉱山に迎え入れていた。
「ドニーの妻帯は山の中でもブームになったからな」
ローガが笑いながら言った。妻子を呼び寄せる者、トレノの町から女性を連れて来る者などが増加し、ガリレア山は一挙に集落の様相を成していた。
「あそこは環境こそ厳しいが、政府の干渉が下手に入らない分、暮らしやすい場所になるかもしれないな」
実際、昔の仲間に誘われた形で、今の社会に絶望した政治犯たちが、入山してくるケースも出始めている。山のキャパシティは大きく、ハリーが始めた鉄加工品の闇売買により、財政も潤ってきたから、今後数千人の町となる可能性は大いにある。
何もかも順調に進んでいたが、リュウの出所はリオエール男爵との関係から、恩赦を勝ち得るのは難しいと、ドニーは断念した。これにより、リュウは顔を変えることを決心した。執刀はチャーリーが行い、これが旅立ちが遅れた主原因だった。
「これで準備は整った」
リュウは新しい顔を鏡に映しながら呟いた。顔を変えることは、裏切りの過去と決別することであり、新たに授かった指導者への道に専念することにつながった。
ローガ、モーガン、マット、クロードの四人にモーガンを加え、帝国のユラリア地方政府があるロームを、最初の活動拠点としてリュウは山から旅立った。
「娘さんの手術も上手くいったようで良かった」
モーガンの顔を見て、リュウが嬉しそうに言った。
チャーリーとハリーは、リュウの指示で皆とは別かれ、マゴラに向かった。そこで病院を開業し、開業記念と題してモーガンの娘メリーを手術したのだ。手術は無事成功し、一月後には退院できるだろうと、昨夜連絡が入った。
「まったく、うちの大将は凄腕の人たらしだな。もういつでも死ねますよ。何でも言ってください」
元マゴラ騎士団のモーガンは、すっかり死にますが口癖に成っていた。
また出たと皆が苦笑した。
突如、辺り一帯にファンファーレが鳴り響いた。それは、ユラリア南方のスパニアに進行したNAC軍を破った帝国元帥ジョージ・エッフェルトのシャンハへの帰還を祝うものであったが、リュウには自分たちの新しい旅立ちに向けてのように思えた。
「いよいよだな」
リュウがそう呟いた直後、異変が起きる。
ファンファーレが鳴り止んだ直後に、大きな爆発音が起こって、帝国軍の先駆け部隊が吹っ飛ばされたのだ。
動揺する帝国軍は隊列が崩れ、警備の薄くなったエッフェルト元帥に向かって、二百名程度の武装した兵士が突撃してきた。
陸戦で大敗し本国に逃げたはずのNAC軍が、エッフェルト元帥の命を狙って、特殊工作部隊を送り込んできたのだ。
NAC軍の鋭鋒は、虚を突かれた帝国軍を圧倒し、元帥の間近に迫った。奇襲は完全に成功したと思われた瞬間、斬りつけた兵士と元帥の間に、厚い鉄の壁が立ち塞がった。
「ちっ、錬金の法か」
特殊工作部隊の隊長は、大魚を逃した事態に舌打ちした。
諦めきれずに、壁を迂回して将軍に向かおうとした工作兵が、ズタズタに切り刻まれた。ローガが放ったカマイタチだった。ついでマットとクロードが斬り込んでいく。
「退け」
特殊工作部隊の隊長は想定外の手練れの出現で、即座に撤退を決めた。この部隊は純粋な戦士ではない。奇襲と暗殺を生業にしている反面、本格戦闘に成ったら、帝国の精鋭に勝ち目はない。
「追え、一兵も逃すな!」
「よい。深追いはするな」
若い将校が命じた追い討ちを、エッフェルト元帥が止める。特殊工作部隊であれば、退路にどんな仕掛けをしているか分からないからだ。
「あの者たちをここに」
エッフェルト元帥の関心は追い討ちよりも、自分を救った集団に向いた。
リュウたちが目の前に来ると、元帥は観察者のような目で一行をじっと見た。
「お前はローガ・メルボではないか。横にいるのはマット・ホランドか」
元近衛騎士団の二人の顔を、元帥はよく覚えてたようだ。
「ご無沙汰しております」
あくまでもリュウの家臣として、前に出ない二人に、元帥は興味深げに尋ねた。
「政治犯としてガレリア鉱山に送られたと聞いたが、いつ出てきた?」
「つい最近でございます。鉱山の採掘量が跳ね上がり、そのおかげで恩赦をいただきました」
「おお、そうであったか。お前たちほどの手練れが囚人として生を終えるのは惜しいと常々思っていたところだ。どうだわしの軍に来ないか?」
エッフェルト元帥は兵を大事にする名将だ。だが二人には、リュウと共に堕落した貴族社会を打ち壊す誓いがある。
「申し訳ございません。たいへんありがたいお言葉ですが、鉱山を出て食うに困っているところを、ここにいるリュウ・クジョー様に拾われた恩があります。我々はクジョー様に惚れ込み、この一命をかけて恩に報いたいと誓いました」
元帥は怪訝な顔をした。そこはやはり公爵家に生まれた生粋の貴族であるから、自分の誘いを断る者などいないと思っている。元帥の興味は俄然、二人の主人となるリュウに向いた。
「おお、懐かしい顔に気をとられ、救われた例も言わず、たいへん失礼した。余が帝国元帥ジョージ・エッフェルトである。先ほどは見事なネイチャーフォースで、窮地を救っていただいた。厚くお礼を申し上げる」
帝国元帥とは思えぬほど、丁寧な言葉だった。それほどの窮地であったし、何よりもリュウの行った錬金の凄まじさに感心したのだろう。
リュウは一言、「身に余るお言葉です。お役に立てて光栄でございます」と答えた。
この功を誇らない物言いが気に入ったのか、元帥が笑顔で言った。
「爆弾の被害にあった兵士の手当もある。また被害に遭った民家の復興もなさねばならぬ。後しばらくはこの地を離れることができなくなった。今夜我々が泊る地方政府の宿舎で、一緒に食事でもどうだろうか?」
思いもよらないアクシデントで、元帥と関係を持つことができた。野望のために、この機会をリュウが見逃すはずがない。
「ありがとうございます。ぜひお伺いさせていただきます」
「うむ」
リュウの返事に元帥は満足し、兵の様子を見るために去って行った。
後に残されたリュウの横顔を、秋の陽射しが柔らかく照らしていた。
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