After The Great Prophecy ~ ノストラダムスの大予言は正しかった。ハルマゲドン後に復活する世界の英雄史談~
Youichiro
プロローグ
第1話 魔の山
六月下旬のヤクー山は、空気が澄み渡り、青い空が広がっていた。シン・タカヤは険しい山道を一歩一歩登りながら、深い森の中に足を踏み入れていた。目的地は、この地方で一番良質な鉄鉱石が採れる採掘場だ。
ヤクー山の標高は千メートルを超え、採掘場のある中腹まで行くのにも、急峻で未整備のけもの道を行かねばならず、なかなか骨が折れる。
二時間ばかり登ったところで、「今日も長い道のりだな」と、シンは自らを励ますように呟いた。
大木が立ち並ぶ森を抜けると、マゴラの町が一望できる丘陵に出た。目指す採掘場までは、もう一度森を抜けなければならないが、シンはこの場所の見晴らしの良さに惹かれ、少しだけ休憩することにした。
遠くに見える町の中心部には人家が建ち並び、小さくて分からないがその中の一つはシンの家だ。そこから歩いて五十歩の距離には、幼馴染みのリーシア・チェンバースの住む家がある。
リーシアはこの一年で、息が詰まるぐらい艶めかしくなった。痩せっぽちだと思っていた肢体に丸みが現れ、陶器のように白くて滑らかな肌は、しっとりと湿り気を帯びて妖しさを増した。
シンは共に育った幼馴染みがどんどん変わっていくことに戸惑いを覚え、自身の身体に衝動が走るのを必死で我慢してきたが、三月前、ついにシンはそれを止めることができず彼女を押し倒してしまった。終わった後で、初めての痛みを堪えながら、リーシアが微笑んで自分を許してくれた喜びは、これからの人生全てを彼女に捧げようと決意させるのに十分な対価だった。
「リーシアのためにもう一踏ん張りしなければ!」
身体に溜まった疲れを脳裏からたたき出して、シンはもう一度採掘場に続く森に入っていった。
***
シンとリーシアが住むマゴラの町は、広大なユラシド大陸の北西部にあるユラリア地方のさらに北端に位置し、三千人ほどの住民が厳しい自然環境に負けずに暮らしていた。
領主のリオエール伯爵は、広大なユラシド全土を治める大国、ロック帝国から派遣されて来たが、善政を行い町の発展に尽力していた。帝国の皇帝フィリップ十二世は、ユラシド大陸南西部の首都シャンハにあり、遠く離れたユラリア地方をうまく治めるために、統治者の選定には苦心の跡が見える。マゴラは北の軍事的な要衝として、ユラリア地方の中心地ロームと同様に、信頼できる人物が任命されたわけだ。
シンの父は腕のいい鍛冶師だったが、リオエール伯爵の前任者に無理矢理徴兵されて、遠く離れた南のアフガムの地で三年前に戦死した。残されたシンと母は、僅かばかり支給された見舞金で、細々と生計を立てていたが、二年前に学校を卒業すると、彼は消えていた父の工房の炉に火を入れた。
この国の職業選択は、必ずしも親の家業を引き継ぐわけではない。多くの若者は宇宙教の教会に行き、中央教会から派遣された僧侶にネイチャーフォースの属性を見てもらう。
宇宙教とは全世界十八億人の八割以上の人々が信仰する教えだ。そこでは、人類が豊かな暮らしを送れるようにと、絶対神であるコスミックウィルが与えてくれたのがネイチャーフォースだと言われている。
シンもリーシアと共に学校を卒業する前に、教会の僧侶メナム・ニコルソンに見てもらった。
「シン、君はとても強い金属性だね。君の希望通り、お父さんの跡を継いで鍛冶師に成っても成功するだろう。だが君の身体は膨大なプリムスを格納できる。士官学校に進学して知力と体力を鍛えれば、すぐにティタヌス級に成れるだろう」
この教会を任されるにはとびきり若い僧侶は、シンの隠された資質に驚き、このまま地方都市に埋もれさせるのは惜しいと思ったようだが、シンは尊敬する父を奪った軍に入る気はなかった。
「メナム様、私が軍人に成ったら、一人残された母が心配します。どうか領主様にはこのことを言わないでください」
母親を思うシンの気持ちが伝わったのか、メナムはあっさりと引き下がって、こう言ってくれた。
「いいだろう。君は鍛冶師になっても、きっと成功すると思う。精進しなさい」
シンはメナムに感謝して教会を辞した。
その後、シンは瞬く間に腕のいい鍛冶師に成った。メナムが言った通り、シンのネイチャフォースは他の誰よりも強く、金属性の特徴を十二分に発揮して、鉄の中の炭素の含有量を自在に調整し、用途に合わせた最適な鉄を生み出すことができた。
やがて、シンの評判を聞きつけた、領主のリオエール伯爵から直接発注が来るように成り、苦しかった家計も持ち直した。
***
シンはようやく最後の森を抜けた。採掘場までは後一息だ。そこには太陽の光を燦々と浴びたエーデルワイスが咲き乱れていた。シンはその白い星形の花を見て、高潔で美しいリーシアの面影を重ねた。
帝国では十八の年に成ると、成人を迎える式典を行う。今年、シンはリーシアと共にそれに参加する。
マゴラでは多くの若者がこの式典が終わるとすぐに、意中の相手の家に行き、プロポーズする。シンも、リーシアが他の誰かに取られないように、式典が終わったらすぐにプロポーズしようと決めていた。
この際、プロポーズする方は愛の証としてプレゼントを用意する。それはできるだけ自分という人間を、相手に知ってもらえるものが選ばれる。
シンは鍛冶師だから、プロテクションソード(護り刀)を贈ることに決めた。良い刀を打つためには、良い鉄が必要だ。そのためにシンは、今日この山に来た。踏み出す足にも力が入る。
「リーシア、待っててくれ、俺は必ず良い鉄を見つけて、君に最高のプロテクションソードを贈るよ」
シンはそう呟いて、目的地まで僅かな道を急いだ。
***
とうとう採掘場に着いた。そこには草木がまったく生えてない岩場が拡がっている。シンはここまでの疲れが滲んだ顔を喜色で染めあげ、背負ったリュックを岩の上に下ろして、採掘の準備を始めた。
この岩場はシンの祖父が見つけ、三代に亘って採掘場として独占している。他の鍛冶師もここの存在は見聞いていたが、いざ来てみると岩から鉄を取り出す過程が難しく、シンの祖父や父のように効率良くそれができない。
加えてヤクー山は、未開と言っていい北の大地との境となる場所で、北に生息する魔物まがいの氷獣がしばしば出現する。シンの家系が持つ人並み外れて強い金属性は、この山に豊富に眠る鉱山資源と共鳴して、これら危険な獣に対して結界を維持してくれる。
そうできない他の鍛冶師は、例え良い鉄が取れるとしても、命の危険を冒してまで、効率の悪いこの岩場まで来ようとは思わなかった。
それがこの岩場を、シンの家系が独占してきた理由だ。
しかし、この日のシンはリーシアへの贈り物に心を奪われていた。岩場の奥底に眠る鉄鉱石から、良質の鉄を取り出すことに夢中に成り、いつもなら氷獣を寄せ付けない結界が緩んでいく。
「よし、この辺でいいだろう。あまりたくさん採っても、重くて持ち帰れないからな」
リーシアのプロテクションソードを打つには十分な量を確保した時点で、シンはそう呟いて手を止めた。手に入れた鉄をリュックにしまおうと振り向くと、巨大なグレートベアが右手を振り上げていた。
「ウヮーーー」
その凶悪な身体から放たれる殺気に、シンは思わず悲鳴をあげた。グレートベアは躊躇なく強烈な打撃を振り下ろす。その瞬間シンは、手にした硬い岩盤を打ち砕くピックアックスを、反射的に振り上げた。
ガツンと鈍い音が響いた。ピックアックスのおかげで、凶悪な爪から逃れることはできたが、膨大な運動エネルギーをそのまま受けて、シンの身体は三メートルほど後方に吹き飛ばされた。
飛ばされた先はちょうど岩場の切れ目で、シンの身体は受け止める地面を得られずに、そのまま八メートルほど落下した。幸い生い茂る植物が緩衝材となり、落下のショックを和らげてくれたが、それでも背中に強い痛みを覚えた。
意識を失いそうになる中、シンは最後の力を振り絞って結界を張った。グレートベアの追撃防止と、他の獣や昆虫の攻撃が怖かったからだ。
「リーシア……」
最愛な人の名を口にして、シンは力尽きて気絶した。
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