4.自宅
家に着き、鍵穴を回す。
同居人に気づかれないよう静かに開けたつもりだったが、僕がドアを開けるのと同時に、玄関の明かりがついた。
中に入ると、仏頂面の叔父が立っていて「遅かったな」と言った。その声は怒気を含んでいて、どうしても萎縮してしまう。
「すみません、起こしちゃいましたか」と問いかけると、返事の代わりに「高校生がこんな時間まで遊ぶんじゃなねぇぞ」と小言が返ってきた。
面倒くさそうに僕のことを押し除けて、玄関の鍵を閉めてから自室へと戻っていった。
会話の途中で、家まで入ってきた幽霊が「ん?なんで敬語?」なんて言っていた。
しかし、叔父には彼女の姿が見えていないようだったし、声も聞こえていないようで、なんの反応も示さなかった。
自室へと戻ると、彼女は再度「ねぇなんで敬語だったの?」と聞いてきた。
「ちょっとだけ複雑でなんですよ」と、自嘲じみた笑いを見せたが「どのくらい複雑か聞いてあげるよ」と言ってきた。
僕だけに聞こえるその声は、何度無視しても止むことはなかったため、押し負けた僕は自身の生い立ちを話した。
彼女は意外にもずっと真剣に僕の話を聞いた。
時に目に薄ら涙を浮かべ、時にふんふんと頷きながら。気づいたら話すつもりのなかった父親の話までしてしまった。
ある程度話終えたところで「あの人は僕に興味がないし他人だから。だから敬語なんです」と言うと彼女は「でも起きて待ってくれてたじゃん」と言った。
「物書きだから、この時間まで起きてることは割とあるんですよ」自分のためじゃない。ということを証明するために言い訳をする自分に、少し笑えた。
「でもなるほど、私みたいな幽霊にも敬語なのは癖なのかな。じゃあこれから私には敬語使うのやめよう、年齢もきっと同じくらいでしょ」と一人で何かを納得したようにいう彼女。
「これからって、いつまでいるつもりなんですか」と聞くと「はい、それ敬語」と笑われてしまい、タメ口なんて使い慣れていない僕はそれ以上何も言えなかった。
ニヤニヤしている幽霊を横目にベットへ寝転ぶと、普段とは違う神経を使ったのか一気に睡魔が襲ってきたため、その日はそのまま寝てしまった。
次の日起きると午後二時半を回っていた。
数メートル先に目をやると、昨日の幽霊はやはりそこにいた。地面から少しだけ浮かびながら、腕を枕にして眠っていた。
顔を洗うため部屋をでると、珍しく叔父がリビングで仕事をしていた。
「遅いお目覚めだな。学校はどうした」と嫌味まじりに言う。
「今日から自由登校期間なので、家で勉強します」と伝えると、やはりめんどくさそうに「あぁ、そんなのもあったか」と言いながら自室へと戻って行った。顔も見たくないようだ。ただ今日に関しては僕にとっても都合が良かった。
「昨日どこでなにをしていた」なんて聞かれたとしても「崖で自殺しかけて死にかけました」なんてとても言えたもんじゃない。
部屋に戻ると幽霊はまだ寝ていて、なにやらうなされていたので起こそうと肩を叩いたが、その手は彼女に触れることなく空を切った。
それから幽霊は本当に僕の家に住み着いた。いや、僕個人に取り憑いたという表現の方が正しいかもしれない。近くまで買い物に行く時も、リビングでご飯を食べている時も、彼女は僕から離れなかった。
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