2.遭遇

目が覚めると辺りは真っ暗で、そこが病院や、まして天国でもないことはすぐにわかった。


手を動かすと、少し湿った冷たい地面に触れる。


 働かない頭のまま、無意識にポケットに手を伸ばし、入っていたスマートフォンを取り出す。目を細めて画面を見ると現在の時刻だけが無機質に映し出された。


上体を起こして握ったままのそれで辺りを照らすと、最後に立っていた場所から三十メートルほど離れた場所に僕はいた。


 徐々に意識がはっきりとしてきて頭が回りだすと、当然の疑問が浮かんだ。「なんで生きてるんだろう」と。

 誰かに助けられたことや、不思議な力に助けられたことも考えたが、どれも現実的なものではなかった。


 まず、誰かに助けられたとしたら、その人は多分死んでいる。よって崖から離れたこんなところに移動させられるはずがない。

 次に不思議な力に助けられたとしたら。いや、もし仮にそんな力があったら、この場所に「自殺の名所」なんて不名誉な呼び方をつけられることを拒否するはずだ。


 考え疲れた僕は、母が助けてくれた。ということで自分を半ば無理やり納得させた。十八歳の誕生日に命を助けてくれた。ということにしようと。


 思考を止めて、深く呼吸をした。

 立ち上がり背中、ズボンと順番に服についた汚れを払っていると、後ろから声がした。

「お、やっと起きた」

 どこかの学校の制服を着た少女は、こちらをみてニコニコと笑っている。年齢は僕と同じくらいだろうか。辺りは暗いのに彼女の顔が、やけにはっきりと見えた気がした。


「あなたが助けてくれたんですか?」と、一番の疑問をぶつけると彼女は言った。

「んー、助けたと言えば助けたのかな?」と。

「ありがとうございます」と短くお礼を伝え、続けた。

「もう大丈夫なので、暗いし帰ってもらって大丈夫ですよ」


それを聞いた彼女は、んー。と、何かを考えるような素振りをしたあと、こちらへ向かって言った。


「だけど私、帰る場所がないんだよね」


 ほら。と自分の足元を示しながら彼女は笑う。なるほど、全部の疑問が解けた。

 

 彼女の指が刺す場所に目を向けると同時に、本日二回目の視界が狭まる感覚を覚えた。

 その場所に人間ならあるはずのものはなく、彼女とその場所の境目は透明で。


 彼女の顔がはっきり見えたような気がしたのは、彼女が薄らと光を発していたからで。


 僕を助けることができたのは、彼女がふわふわと浮遊してるからだった。

 「ね」とまた笑う彼女。その声は僕には届かなかった。


 十八歳になった日、幽霊が見えてしまった僕はこれからどうなるんだろう。

 今回は走馬灯を見る間もなく、意識を失った。

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