第3話

 結局、ホシウリさんは、ぼくに要件を教えてくれなかった。いや、もしくは、用事なんてそもそもなくて、ただの気まぐれで、ぼくを連れ出しただけなのかもしれない。

 ただ一つ分かることは、彼女が今夜もそのを楽しんでいるだろうこと。

 それによって、少なからずとも犠牲者は出るが、無力で“他人”のぼくには、どうすることも出来はしない。

 いきなり、死ぬかもしれない人がいるからとか、警察に連絡しても、悪戯に思われるだろうし、悪戯に思わなくても、下手に彼女に関わって、より多くの犠牲者を出す事態になれば、それは少なからず、ぼくの責任にもなりそうだから、やっぱり“他人”のぼくとしては、なにもしないことにした。



 ◇



 今朝のニュースには、昨日話をしたあの戸辺さんが写っていた。戸辺さんとは、確実に身近ではないが、それなりに覚えもあって、もう一度顔を見るまでがあまりに早かったからか、自然とぼくの目を惹きつけた。

 その画面一杯に、“女子大生が死亡”と銘打たれた彼女を襲ったのは、あまりに悲惨な事件だったらしく、概要を大方に説明されたぼくでも、とても朝から見せるべきではないと思わせるほどだった。

 ニュースキャスターは犯人を非難し、被害者であった戸辺さんの死に嘆いていた。

 けれど、ぼくはコップに注いだ水が、僅かに冷たさをなくしたぐらいの反応で、少しの間を置いてから、平常運転で喉を潤すに至った。“他人”らしく、“他人”のままで。

 そうして、リビングのシンクの中に、コップを置き戻すと、急に変な手が伸びてきた。

 どうやら、水を欲しているらしいジェスチャーをする手の爪には、様々な色が塗りたくられており、お世辞にも普通とは言えない感性の持ち主なのだと判った。それと時を同じくして、ぼくの知り得る中で、そんな人物は、この世界でたった一人しか居ないことを思い出し、簡単な連想ゲームで、手の主を導き出した。

 その答え合わせとして、目を細めて、髪をぼさぼさにしたホシウリさんが、片手を伸ばしている状態で、さながら呪いのビデオの井戸から這い出る化物の動作をして、キッチン前のソファーで発見された。


「……ホシウリさん。どうして貴方が、ぼくの家に居るのかは聞きません。ただ、要件がなんなのかだけは、教えてください」

「要件ー? そんなのないよ。だから、なにも聞かないで? キミも、わたくしと同じになりたくないでしょう?」


 と。

 欠伸をしながらでされた問いかけに対し、ぼくは水を注いだコップを渡し、濡れた手を拭きながら、間髪入れずに口を開く。


「はい。まったく、そのとおりです。ぼくはなにも聞きません。ですから、一刻も早く、出て行ってくれませんか?」

「んーー。それは無理かなぁー」

「………」


 はたして、こんなにも嬉しくない美人からの帰りたくない宣言は、これまであっただろうか。いや、多分ない。

 というか、『人間嫌い』のぼくにして、帰りたくない宣言そのものが、ちっとも嬉しくない宣言であるのだから、相手が長谷部斗市だからといって、特別にこう思っているというワケでもない。

 改めて。基本的には、誰にも関わってほしくないし、誰にも関わりたいとも思わない。だからこそ、昨日亡くなった女性を助けなかったのだし、それを悔いることもしない。たとえ、それが完全なる善行であったとしても、無理強いはよくないと思うのが、ぼくだ。

 無論、人でなしと罵ってくれても構わないし、意気地なしだと煽ってくれても構わない。それもこれも、全て“他人”の戯言としか受け取らないから、ぼくなら華麗に無視出来る。

 こういった視点で見ると、『人間嫌い』と“他人嗜好”は、実に有意義であり、パズルの最後のピースみたいに、型にハマっている。それが生み出す相乗効果は、なにごとにも関わらずに済むという最高の防衛となるのだから、なにかと人と人とが互いに摩耗する現代社会の全人類に、声を大にして、おすすめしたいほどだ。

 現に、ぼくは目の前で、眠たそうに欠伸をしている昨夜の犯人と、同じ屋根の下に居て、同じ蛇口から捻った水道水を飲んでいたとしても、“他人”として接していられている。


「ところで、ホシウリさん。ぼくはこれから図書館に本を返しに行かなきゃいけないんで、家を出る時は、そのままで大丈夫ですから、好きな時に、出来れば早めに出てってくださいね」

「ああ、うん。おけー。了解ぃー」


 コップの縁を唇で甘噛みしながら、未だ眠たげに返された言葉口調に、はたして彼女が覚えていられるのか怪しく思って、ぼくは紙に同じことを書き記して、冷蔵庫に磁石と挟んで貼り付け、寝室に戻った。

 本は昨日仕込んだとおりに、自室の机に置かれていて、あとは持っていくだけなように、図書の借り出しカードも一纏めにされていた。

 それを手提げ袋に入れ、一応自宅のお風呂場を確認してから、自宅を後にした。



 ◇



 数時間後。ぼくが自宅に戻ると、そこはもぬけの殻というのになっていた。それはもう綺麗さっぱりと、冷蔵庫も、電子レンジも、ベッドやエアコンに至るまで残っておらず、まるで新築な様子なのに、物が置かれていた場所に埃や日当たりによって起きる色違いが、その痕跡を残していた。

 ぼくとしては、電子レンジがないのと、ガスが使えないのが、少し気掛かりなだけで、あとは新鮮さが上回っていた。

 試しに、ベッドが置かれていたはずの場所の地面で、寝転がってみると、もう二年も帰っていない実家を思い出した。

 別にホームシックっていうワケじゃないけれど、一度時期を見計らって、様子だけ見に行くのもいいのかもしれないと、なんとなく思っていると、甲高い呼び出し音が、微かに聞こえた。

 その聞き覚えのあるケータイの音を辿っていくと、キッチンの棚から鳴っているのが判り、棚を開くと、そこには随分と古めかしいガラケーが置かれていた。

 ガラケーに表示されている名前には、ホシウリと書かれており、ぼくは部屋の隅にカメラを探してながら、この新鮮でありつつ、非日常な光景を作り出した張本人であろう人物からの呼び出しに出る。


「――はい。ぼくです」

「――うん。わたくしよ」


 と。

 実に、簡潔な挨拶だった。

 同じく、簡潔な返答だった。

 けれど、その声質は男女だけでの問題だけでは留まらずに、台詞の裏側に隠された感情さえも巻き込んで、さながら陰陽のように違かった。


「それで、これはなんの冗談ですか? いくら『人間嫌い』のぼくだからって、自分が人間だから死にたいワケじゃないんですよ」

「へー、そうなんだー。まっ、わたくしとしては、キミを殺したいワケでもないから」

「ええ、価値がないんでしょう? それも理解してますよ。だから、意味が分からないんです。もしかして、お金に困ってるんですか?」

「ううん。今のところ困ってはないわ。それと言っておくけど、カメラも盗聴機も、わたくしは設置してないわよ」

「……分かりました。あるんですね。カメラも盗聴機も」


 言いながら、もう一度と部屋の隅々まで目を配らせると、変なところに鉛筆の芯くらいの穴があるのを確認出来て、これまで住んでいた時は、そんなのなかったという点から、これがカメラや盗聴機やらを機能させているんだろうことが察せれた。


「まあ、いいじゃない。カメラとか盗聴機の一つや二つくらい。誰だってあるものよ」

「いやいや、誰だってはありませんし、多分ですけど、一つや二つじゃないですよね。わざわざ確認するのも面倒だから、もう探しませんけど」

「うん。せいかーい! よく分かったわね。実際には、壁の数掛ける二で設置されてるから、そこのところ、よろしくねー」

「はぁ……。全然よろしくないですけど、話が進みそうじゃないんで、一旦置きときますよ」

「えー。それはちょっと、わたくし寂しいわ」

「ぼくとしては、ホシウリさんが寂しかろうが、知りませんよ。関係ないし、まったく興味ない部類です。とりあえず、部屋の荷物がどこにあるのかだけ教えてください。明日か、明後日に取りに行きますんで」

「じゃあ、明々後日までは教えないわね」

「………」


 ほんと、なんておかしなことを言うんだろうか、この人は。ここで明日か明後日と言って、まったく関係のなかった明々後日が出てくるってことは、明々後日が当日になっても、その次の日に変わるだけで、結局はなにも教えるつもりがないと言っているってことだ。


「……もしかして、ホシウリさんって、ドS嗜好の人なんですか?」

「ううん。どちらかと言えば、わたくしはMのほうよ。責めるのは、あんまり好きじゃないの。あ、でも、責められるのもあまりよ。わたくしとしてはやっぱり、責めながら責められたいのよ。SよりMなのは、割合の話ね」

「へー、心底どうでもいい情報を、ありがとうございます。けど、読者サービスにしては、プロローグあわせて三話目が初出とか、かなり早めだと思うんですけど」

「まあまあ、そう気にしないくていいのよ」

「はい。ぼくは、まったくもって気にしてませんよ」

「ミリも?」

「いいえ、ピコもです」


 断言する洗面所の鏡に映るぼくの目は、その声と同じで、死んだモノを見る時の姿をしていて、あざといくらいに見事な『人間嫌い』を発揮していた。

 そんな確認をしたここにも、どうせカメラはあるだろう。だから、ホシウリさんにも、この顔が見えているはずだ。

 で、普通の人なら、これだけ拒絶の意思が籠った目を向けられれば、自ずとぼくの意思を察し、身を引くものだけれど、ホシウリさんには大した効果がないのは、もはや百も承知の上だった。

 現に、ホシウリさんは、ぼくと会話を重ねる度に、少しずつ楽しそうな声質へと変わっている。なにが楽しいのか、ぼくにはさっぱり分からない。分かりたくもない。


「それはそれで傷つくわね」

「ご所望なら、謝りましょうか? ぼくって、ホラっ、大の素直な正直者ですから」

「あら、容赦なく傷を広げるのね。キミってば、女の子をなんだと思ってるのかしら」

「そっちこそ、なにを言ってるんですか。ホシウリさんは、こういうのが好きなんでしょう? この場合、ぼくが紳士と言われる謂れはあっても、甲斐性なしにされる謂れはないですよ」

「まあ、そうだけど。うーん。大方、七十点ってところね。将来に期待するわ」

「はあ……。どうでもいいですけど、わざわざそんなことしなくても大丈夫ですよ。ホシウリさんに期待なんかされても、ぼくからはなにも出てきませんから」

「それこそ大丈夫よ。いざとなれば、無理矢理にでも出させるわ。わたくしにして、強硬手段はお手のものなの」

「……ですか。その時は、手加減をお願いしますね。さっきも言いましたけど、ぼくだって、まだまだ生きながらえたいので」


 そうして、ぼくがお願いをすると、ホシウリさんは笑った。電話越しでも、相変わらずに変な笑い方なのは置いといて、誰しも、そろそろ判り始める頃だろうけど、こんなの茶番も茶番だ。いくら続けても構わないけど、なんの進展もなく、意味もない馴れ合いに過ぎない。

 ただ、初対面の時から一貫して、ホシウリさんと、これ以上関わりたくないというのが、ぼくの本音。

 それなのに、本題のことは決して話さず、くだらない与太話が変に盛り上がって、引くに引けなくなってしまった。

 多分、ホシウリさんも同じ感覚で居るだろう。

 つまり、ぼくとしては、これで幕引きとしたいワケだ。

 はたして、ホシウリさんが許してくれるだろうか。それは、“他人”のぼくには分からないけれど、試しに言ってみて損はない。世間一般では、やらない善より、やる偽善とも云うし、言わない損より、言う損のほうが、圧倒的にいいに決まっている。


「あの、ホシウリさ――」

「うん。いいわよ、教えてあげる。キミの家から奪った物の場所は、その携帯に送るわね」


 耳元で震えて、ピロリンと鳴る携帯。その空虚な受信音と似て、ぼくの思考もまた、空っぽになった。ぼくの記憶違いじゃなければ、お掃除なんて頼んでいないはずだったのに、どうしてだろうか。

 人は失って始めて、本当に必要なものを理解すると云うけれど、今となっては、あのもどかしい頃が、とても輝いて見えている。出来ることなら、時間を巻き戻してほしい。加えて、可能なら、ホシウリさんと出会う前の時に戻してくれたら、かなり幸福だ。


「……とりあえず、人の話を遮るのは、どうかと思うんですけど、もういいです。それより、本当ですか? 偽の住所とか送って、誰か待ち構えてないですよね。特にホシウリさんとかが」

「ないわ。住所は本物よ。わたくし的には、もう満足したからいいの。それより、そんな小さなことは、どうでもよくて、今度はわたくしの本題を聞いてくれないかしら」

「その、ホシウリさんの本題を聞くか聞かないかは置いといて、一応、言っておきますね。“他人”の家具を全部奪るってのは、小さなことではないですよ。物理的にも、意味的にも」


 窃盗は、小さなことではない。はたして、そんな初歩級のことを、ホシウリさんが理解してくれるのだろうか。それとも、やはり、ストーカー行為をした人間がポストを開いた次にする行為の大半が、住居侵入であるように、一度の犯罪をしてしまうと、そういう意識も薄れてしまうのだろうか。たとえ、そうだったとすれば、ぼくは一体どこに行けばいいのだろう?

 ホシウリさんが相手なら、ロサンゼルスとかじゃあ、ぼくとしては、かなり不安が残るから、やっぱり北極か南極とかになりそうだ。下手したら、火星とかかもしれない。もしくは、次に両親に出す安否連絡の文頭が、『拝啓もとい、背景、月面から』だったりで、そうなる可能性は十二分にあったりするのが、実に恐ろしいところだ。


「そうよね。流石に、全部は大問題よ。だから、残しておいたでしょう? 鏡とか、電球とか、窓とか、扉とか、壁とか」

「……色々言いたいことはあるんですけど、それはよかった。そこまでされてたら、流石のぼくでも、警察に直行してましたよ」

「そう? いいや、キミはそうしないでしょ? だって、警察なんかに行ったら、キミ……。わたくしとじゃなくなるんですもの」

「………」


 たしかに、そうなれば、ぼくはそうするかもしれない。いや、確実にそうするはずだ。

 それを判っているということは、ホシウリさんのこの犯行は、確実なる故意であるということ。ぼくが警察に行かないから、なにをしてもいいと思っている節があるということになる。

 これは、あまりよくない状況だ。決して、よくない状態だ。どうにか改善もとい、解消できないものか。……まあ、出来ないだろう。

 それこそ、“他人”でなくなる手段を取らなければいけなくなってしまう。

 ともすれば、とりあえず、ぼくはNASAへの連絡先を知らなければいけない。図書館のパソコンに乗っていたりすれば、幸い、随分と手は楽なんだけれど。



 ◇



「探ってほしい……ですか」


 何度も無意味な与太話を介し、本題へと戻り、また与太話に逆戻りしていって、ようやく掴んだ本題を要約して、ぼくが復唱すると、ホシウリさんは現在地で飲んでいるコーヒーのカップを受け皿に置き戻し、カチャリと鳴らした。

 対してのぼくは、そろそろ立っぱなのも辛くなってきて、リビングの地面に寝転がり、仰向け状態で片手に耳に当てた携帯電話、もう片手には掲げた借りてきた本を読んでいる。流石に心地よいとは言わないけれど、案外、固い地面も悪くはない。かれこれ十年くらいは、ベッドに体重を預けるばかりだったぼくは、復唱をしながら、素直にそう思っていた。


「うん。キミには探ってほしいのよ。物じゃなく、者をね」

「ですか。要は人を探して欲しいんですよね。それなら、多分ですけど、そういうのは探偵にでも連絡したほうがいいと思いますよ。ぼくみたいな素人が出しゃばるより、ずっと正確なはずです」


 多分というか、殆ど。いや、この場合なら、とんだヤブ医者ならぬヤブ探偵にでも当たらない限り、必ずと言っても差し支えないのは明白で、ホシウリさんも『でしょうね』と理解を示した。

 ただ、『でもね』と続けたのが、嫌な予感をさせた。


「正確さなんて要らないのよ。わたくしが欲しているのは、そんなのじゃないの」

「じゃあ、つまり、ホシウリさんが欲しがっているっていうのは、ぼくじゃなきゃいけないってことですか? もし、他の人でもいいのなら、どうかそっちのほうにして貰いたいんですけど」


 というか、本音で言えば、ぼくじゃなきゃいけなかったとしても、違う人に頼んで欲しいんだけれど。


「ええ、キミじゃなきゃダメなの。正確に言えば、別にキミじゃなくても、たしかに探偵なんかに頼んでもいいんだけど。ただ、それじゃあ、巧く噛み合わないの。彼らって、ホラっ、すぐ自我を出すじゃない? 熱意を持つプロ意識ってヤツかしらね。そんなくだらない私情で、わたくしの邪魔をされたくないの」


 という、ホシウリさんの台詞から察するに、どうやらぼくの嫌な予感は的中していたらしい。

 ホシウリさんの云うくだらない私情とは、他でもない完全なる善意で、悪意はなくても、悪者であるホシウリさんにとって、それは単なる邪魔なお節介でしかなく、排除したい障害なのだろう。

 つまり、ホシウリさんがこれまでしてきた犯行の中には、少なからずとも、彼女の嗜好とは関係なく、純粋な悪意で皮を剥がれた探偵が居るということになる。そして、その探偵役に、ぼくを推しているというのが、ホシウリさんのしていることだ。


「まあ、その気持ちは分からないでもないです。ただ、ぼくとしては、まだホシウリさんがぼくに固執する理由が、いまいち理解出来てません。どうしてですか?」

「だから、何度も言ってるでしょう? あくまで、“他人”のキミなら、くだらない自我を出して、変なところに首を突っ込まないからって。察しの悪い男の子は、嫌いじゃないけど、わざとなら容赦なく苛つくわよ。それとも、キミも昨日の子みたいになりたいの?」


 昨日の子。それは昨日、ぼくとホシウリさんが入って、席に着いたあのファミリーレストランの店員さん戸辺さんのことを言っているんだろうと、なんとなくは察しがつく。

 そんな彼女の死因は、大量出血による酸素欠乏よりも先に、犯人が行った皮剥行為によって生じた痛みによるショック死だったと思われている。それが昨日、十中八九の確率以上で、ホシウリさんこと長谷川斗市が行った犯行――“皮剥嗜好”の殺人概要だった。

 で、それと同じことをすると、ぼくは言われている。つまり、わざと鈍感なフリを行っていたとしたなら、皮を剥いで殺すと脅されているというワケだ。


「一体、どういった経緯があって、そう思ったのかは分かりませんけど、ぼくにそのつもりはないですよ。というか、それ以前に、ホシウリさんを煽るようなマネ、“他人”と関わることさえ出来ない小心者のぼくには、とても出来ませんよ。そこは安心してもらって結構です。それで、まあ、大方の理解は出来ました。――お断りします」

「そう……。理由を聞いても?」

「はい。理由もなにも、さっき自分で言ってたじゃないですか。ぼくとホシウリさんが、“他人”だからですよ。普通に考えてください。赤の“他人”が誰かを探しているからって、わざわざ介入しようとするなんて、それは“他人”と繋がりを持ちたい人間か、“他人”という存在に好意を持つ聖人のすることですよ。そのどちらでもないぼくなら、断るのは当然です」


 どこまでも変わらない“他人”を主張するぼくが言ったのは、本音を交えながら飾った言葉。その飾りを外せば、なんてことはない。ただ、下手に関わって、死にたくない。それだけだ。

 そんな、ぼくのなんとも人間らしい純粋な生存意識の意図に、気づいたのか。もしくは、あらかじめにそう言うことを察していて、まったくそのとおりになったからなのか。ホシウリさんは、微かに笑ってみせた。


「分かったわ。うん、そうね。たしかに、そうじゃなれば、単なる“他人嗜好”で、『人間嫌い』じゃないわよね」


 そう。ぼくという存在は、二つの象徴によって形成されている人間であり、片方だけを優先することなんてできない。

 現に、電波越しだけれど、たしかに会話をしているホシウリさんも、“皮剥嗜好”という言葉だけでは表現できない。彼女の内側にある残虐性だけを披露したところで、それは長谷部斗市を知るために必要なことの一角にも満たない。

 それこそ、彼女が『主人公』の『ライバル』だからこそ、こうして“他人”であるぼくを殺すと脅してまで頼ってきたのだから。


「分かってくれたなら、光栄です。――で、そんなことより、とりあえず家具を取りに行くのは、明々後日になりそうなのを報告しときますね」

「ええ、オーケー。了解よ。わたくしとしては、ちょっとした計らいだったけど、気に入ってくれたのなら、光栄よ。――じゃあ、また明日にでも会いましょうね」

「いえ、それは未来永劫に遠慮しておきます」

「あら、キミならまさにそう言うと思ってたわ」

「ですか。ご理解のほど、ありがとうございます」

「いえいえ、それほどでもないわ。だって―――」

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