第2話

 敵ではないが、決して、味方でもない。

 物語を面白くさせるのは、大半がそういう者の登場だ。



 ◇



 かの『主人公』の『ライバル』こと彼女――長谷部はせべ斗市といちは、我が高校の中では、五年前に卒業した噂のOBとして、かなりの有名人だ。

 どういう意味でなのかは、これから語ろう。


 まず、多くの人が違和感を持っただろう、その名前。上の苗字はいいとして、下の名前のほう。北斗の斗に、市場の市とは、まるで星売りの市場が出来たような感覚を覚える。

 だから、彼女に対するぼくの呼び方は、ホシウリさん。そのままだ。

 しかし、深く聞いてみると、彼女のその名前は、市場に関するモノだったらしい。ただ、星はあまり関係がなく、北斗の斗は、一つの単位でありながら、柄杓ひしゃくを意味しており、要は酒売り屋だったご先祖さまが、柄杓なしに一杯を測る特技の持ち主だったとかで、それにあやかって付けられた名前らしい。

 なので、サケウリさんに呼び方を変えようかと、実は悩んでいたりする。


 そんなホシウリさんは、なぜかぼくの目の前に座っていて、なぜかぼくはファミリーレストランに居て、つまりホシウリさんもファミリーレストランに居るけれど、たった二人で来店するどこか可笑しに可笑し過ぎる状況を、随分と楽しんでいるらしかった。

 彼女の目の前に置かれているガラス製のコップの中身は、まるで人間の見た目とは程遠い異星人が、なんらかの攻撃を受け、吐き出すモノと似たような色合いをしていることからも、その楽しんでいる様子が伺えるだろう。


 一応、言っておくと、これが彼女が有名な理由の次の項目に当たる。

 いや、この場合は、原因と言ってもいいのかもしれない。本人は心底それを嫌がっているみたいだし、彼女の有名のなり方が、単なる人気からではなく、異質さを放っているから、否が応でも目に留まってしまうという、謂わばだからであることを考慮しても、やはりここはそう言うべきなのだと、改めて訂正した。


 そんな原因であるが、それは彼女が無類の変色好きだからだ。これと同じ読み方で偏食という、一般的に馴染み深めな言葉があるが、ついさっき訪れた店員さんに、ドリンクバーを注文するついでと言って、ハンバーグとライスを頼んでいた点で考えても、その様子は伺えないため、そっちではないだろう。

 で、ぼくが言った色の方の変色だが、それは彼女の爪やら髪やら帽子やズボンと服といった服装までを含んだ、残りは肌の色だけを残した色付くモノが、ことごとくとても常人には理解出来ない配色をしていて、試しに例を挙げると、彼女の瞳は片方が赤みがかった夕日のようなオレンジ色と、深夜で街灯が照らす地面から少し離れた場所の色をしているというモノだ。

 また、これは彼女の持って生まれたオッドアイではなく、その名前の由来からも判るとおりに純日本人の彼女は、なぜかわざわざ瞳に色を付けるためだけに、コンタクトを購入しており、それを瞳に付着させ、装着しているのだとか。


 非常に残念なことだが、ぼくには、持って生まれた黒色の瞳の色を変えたいと思う考えも、そのためだけに、お金を出したいと思う金銭的心理の余裕が、一体どこからやって来るのか、まったく見当もつかない。

 だから、彼女のことは、とてつもない美人な顔立ちも理由に、異世界人なのだと思うことにした。

 それに、なにかとぼくとは、過ごす世界にしても、縁の遠い人物らしいから、そうする方が賢明だと思われた。流石は、『主人公』の『ライバル』だ。ただそこに存在するだけで、なんでもない“他人”のぼくとは正反対だ。


「――で、ホシウリさん。なんだって、ぼくをこんなところに連れて来たんです?」

「んー? 逆にキミはどう思うの?」

「どう……って。そんなの分からないですけど、ただまあ、あり得るとしたら、ホシウリさんがぼくの血液をご所望だったり、ぼくから剥ぎ取った皮膚を、手袋とかにしようとしているとかかな」

「ふへっ! 面白いわね、キミぃー」

「いや、それほどでもないですよ。なんたって、ぼくは真剣で大真面目。最初から、ジョークじゃないですから」

「ふっ! へっへっへ!」


 なんとも独特な笑い方で、大して見栄えしない天井を見上げるほどに面白がっているホシウリさん。その、ぼくには分からない感性で、どうやら片腹を痛めたらしく、脇腹を抱えていた。

 ただ、そんな楽しさの姿は、おそらく偽物であろう。

 彼女は、ぼくをそうしたいのかどうかは言わないが、そうする人間であるのに間違いはない。現に、過去の自分は、そこまで突き詰めた。


「あー、笑った笑った」

「そうですか。それで、ぼくの予想は違いましたか?」

「うん。違うね。わたくしには、キミはそこまでの価値はないからさ。だから、安心していいよ」

「価値……ですか」


 かなり酷い言い方なのは、置いといて、ぼくは彼女の標的にはならないらしい。いや、標的になることさえ出来ないらしく、そこには彼女なりの感性が、良し悪しを振り分け、選別をかけているらしかった。

 そんな見事に振るい落とされた豆の一つの自分は、しっかりと安堵をしてみせる。肩は持ち上げ、ふうぅと息を放っては、上半身の力を抜く動作。

 誰からどう見ても、ザコっぽい動き。現にザコの自分には、相応しい行為だったはずだったが、なぜか、ホシウリさんはそんなぼくの動きを、神妙な顔つきで見つめてきた。


「あの……」

「ん?」

「えっと、なんですか?」

「いやー?」

「………」


 ホシウリさんは、ぼくをあしらうように適当に返しながら、ストローを挿した独特な飲み物をすすり上げ始めた。

 その様子に多少なりとも違和感を覚えたぼくは、自分の姿を確認してみて、至って平常な男子高校生らしい格好をしていることを、改めて認識した。

 だから、結局、ホシウリさんがぼくを見つめる理由が分からなくて、ぼくはとりあえず彼女と同じように、さっきドリンクバーコーナーで取ってきたコーラを飲み始めた。ただ、ストローは挿していない。

 そうして、コップを机に置き戻すと、ホシウリさんはなにやら含みのありそうな微笑をして、大好きな彼氏に問いかけるあざとい女子が見せるような、顎を絡めた両手の甲に乗せる体勢をとっていた。

 無論、ホシウリさんとぼくはそんな関係ではないし、彼女があざとい女子というやつなのかどうかなんて、未だ判別さえつかない。ただ、純粋にそういう体勢を取っているのだとしたら、さっきの人によっては貶しと捉えられる例えは、少し謝らなければいけないだろう。


「ねぇ、一つ聞いてもいいかな?」

「はい。なんですか?」

「キミってさぁ、一体どっちなのかしら? 相手がわたくしだからそうしているのか、そうじゃないのか」

「……後者ですね。ぼくは基本的に、“他人”とは距離を取りたいんです」

「ふーん。じゃあ、“他人”じゃなかったら?」

「知りません。というか、ホシウリさんはぼくについて、かなり勘違いをしているみたいだ。ぼくはね、“他人”かそれ以外かなんじゃなくて、“他人”か“他人”かで相手を見てるんです。だから、“他人”じゃない人なんてのは居ませんし、これからも出来ることはないと思いますよ」

「へー。だから『』かぁ……」

「ええ、はい。だから、なんです。勿論、ついさっきなにもしていないぼくに、わざわざ舌打ちをしてきた輩と同じで、ホシウリさんも嫌いですよ。そこは安心してください」


 それが、誰とでも“他人”で居たいぼくこと『人間嫌い』の発言で、なぜかその言葉を聞いて、ホシウリさんは口と脇腹の両方を押さえて、笑い声が出るのを我慢していた。

 ぼくとしては、決して面白みのある台詞ではなかったけれど、言葉は聞き手が九割だとか云うんだし、この場合の聞き手であるホシウリさんには、面白い話に思えたのだろう。だから、笑える場所は、ちっとも見当たらないけれど、これは面白い話なのかもしれない。

 それが、てんで分からないぼくは、下手をすれば、天然ってやつなのかもしれない。もし、そうなのだとすれば、時代遅れの自覚だったのが、実に悔やまれる。なんだか、流行りに遅れて便乗したやつみたいになってるのが、嫌にむず痒いし、恥ずかしい。

 それに、ついさっきから、ハンバーグとライスが乗せられたお盆を持って、このテーブルに行こうとしては、怖じけている店員さんも、くだらないダジャレを聞いたあとの苦笑いみたいなのを浮かべているのとかが、そんなぼくの中で生まれた恥ずかしさを、余計に際立たせている。穴があったら入りたいとは、まさにこのことか。


「それじゃあ、用事がないんだったら、帰ります。ぼくとしては、ホシウリさんと、これ以上一緒に居たくないので」


 もう既に、随分と堪能したコップの中身を飲み干したのを確認しながら言って、席を立つと、笑っていたホシウリさんが、ピタリとその行為を止め、冷めるように顔から笑顔を消し溶かした。


「―――ダメよ。キミは聞かなきゃいけない。じゃないと、許さないわよ?」


 と、冷徹な声質で言ったホシウリさん。その、まるで別人にも見える豹変ぷりに、近くで観ていた店員さんは目をギョッと大きく見開いて、ホシウリさんを凝視していた。対してのホシウリさんも、ぼくの隣に見える店員さんに気がついて、彼女のほうへ目線を向けた。――こうして、二人は目と目が合ったワケだ。

 はたして、それがホシウリさんこと長谷部斗市にして、一体なにを意味するのか知らないのは、もう仕方がないとして、ぼくとしては、やはり助けられる人物は助けたいという想いが、まだそれなりにあったりするので、二人の視線が重なり合う場所に、遮るようにして立った。

 すると、店員さんは、急に人が現れたように見えたのか、ビクリと体を跳ねさせた。多分、幽霊にでも見えたのかもしれない。それくらい彼女と、ホシウリさんの目線は、合ってしまっていた。


「あ、えっ、えっと……」

「これって、もしかして、この席のですか?」

「は、はい。そう、ですけど……」

「だったら、ぼくが持つんで、ここで渡してもらえません?」

「え?」

「ぼくは、コレを頼んだ人の同伴者なので大丈夫です。そんなことより、貴方がさっさとどこかに行ってくれなきゃ、誰も幸せにならないんですよ。だから、いいでしょう?」


 かなり強い言い方になってしまったが、こうなったのも、時間に余裕がないからだ。

 人間が椅子から立ち、机を避けて、数歩の所要時間なんて、ものの三秒が限界。そこにぼくという障害物が立っていたとしても、一秒も稼げはしないだろう。

 そして、ぼくが考えていたとおりに、三秒もすれば、肩に手が置かれ、顔横から綺麗な、それでいて変色気味な笑顔をした女の顔が現れた。


「んー? いくら人間が嫌いだからって、そんな言い方はないんじゃない? ねぇ、


 その瞳。片方片方で違う配色が行われた目は、まるで骨董品を見守る美術家のように穏やかでありながら、同時に姿形だけでは捉えられない異質さを醸し出していた。

 どちらにしても、決して人間に向けるモノでないのは、たしか。だかしかし、それを止める術は、もう既にない。いや、なくなった。


「あ、い、いえ……。じゃあ、お渡ししますね」

「うんうん。ありがとうねー」


 笑う横顔。それは、人間が生まれながらに持つ本能か。あるいは、その目付きに覚えがあったのか。本人じゃないぼくには分からないが、ファミリーレストランの女性店員の戸辺さんは、焦るようにして、お盆ごとぼくに渡し、厨房に逃げ帰った。

 その様子を、目で追っていたホシウリさんは、まさに怖いくらいの笑顔のまま、下唇を舌で湿らせ、ぼくの肩を握る両手に、尋常じゃない力を込め始めた。


「ああ……欲しいわ。とてつもなく、この上なく、どうしようもなく、彼女が欲しいわ」


 意図してなのか、自ずと耳元で囁かれた言葉には、分かりやす過ぎるほどに、悪意なんて皆無で、ただただ純粋な欲望の意思が籠っていた。

 そんな聞く人によれば、呪文にも捉えれるその台詞を聞いただけで、ぼくは余計に彼女と関わりたくなくなった。


「……ですか。とりあえず、なんでもいいんで、ぼくの肩が変形する前に、その手を離してくれません?」

「ん。ああ、ごめんね。わたくしったら、丁度いいのを見つけて、舞いあがっちゃってたみたい。悪気はないのよ」

「はぁ……。それより、早く席に戻りません? そろそろ、ぼくの腕が限界なんですけど」


 言うと、ホシウリさんはぼくの震える両手を見て、また一つと笑った。なぜだか貶された気分だけれど、実際に自分でも、この体は貧弱すぎると思っているから、さほど気にしなくて済みそうだった。

 そうして、着席をはたしたぼくと、ハンバーグとライスにホシウリさん。ガチャガチャと音を立てて、フォークとナイフを箸入れから取り出すと、ホシウリさんは華麗な動作で、ハンバーグを一口大に切り分け始めた。


「キミはホントに面白いねぇ。まるで遊園地に来たみたいな華やかさを与えてくれる」

「褒めて貰えてるところ悪いですけど、生まれてこのかた、ぼくは遊園地とやらに行ったことないんで、その例えはあまりピンとこないです」

「そっかー、そうだなんだー。うん、そういうところが、わたくし的には、とても面白いよ。今だって、お腹がりそうになってる」

「ふーん。どうでもいいですけど、お腹って攣るんですか?」


 ぼくが尋ねると、ホシウリさんはいつもの変な笑い方をして、痛い痛いと嘆き始めた。

 その対面で、ぼくはデミグラスソースの匂いを嗅ぎながら、本当にお腹って攣るんだと、ぼんやり思った。

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