第7話 魔物狩り

 異世界へ渡って早々、魔物の群れに少女二人が襲われている場面に遭遇したヒグレ。一人は気絶しているが二人とも無事。だが、粘っていた獣人のほうも気絶してしまった。


「お、おい。大丈夫か?」


 ヒグレは軽く体を揺さぶってみるが反応はない。獣人の少女の背中が汚れている様子から、魔物の攻撃をもらって意識を保つのがやっとだったのが伺えた。

 幸いなのが命に別状はないということだ。


「ったく、来て早々これか。ホント魔物は時と場所を選ばねぇ。試し撃ちしてよかった」


 世界を渡り、目的の世界へときたヒグレは悪態をつく。そして、背中を見せても大人しく待機している異形に視線を移した。


「魔物……魔物、だよな? この豚は魔物で合ってるか?」


 異形は豚そのもの。だが、明らかにべつのモノが混ざったような容姿。下地は豚としても顔つきは豚と霊長類の中間的なものだった。


『魔物であってると思う。多分、メイドルーツさんが言ってた元凶だと思う』


 幻想化しているカルネアはそう答えた。


「そう、か。魔物にしてピンとこないけど、カルネアが言うならそうなんだろうな」


 ヒグレは悠長に呟きながら左手で抜刀した〝山狩やまがり〟を肩にかける。


 酷く醜い有象無象に視線を向ける。双方の睨み合い、静寂が訪れる。冷たく強い風が森に吹き抜け、残留していた霧が晴れていく。


「さて、仕事するか。丁度、新しい武器を試したいところだったんだ」


 魔狩人まがりびとの狩りは、魔力を用いた戦術を主体としている。卓越した身体能力に、さらに魔力操作による強化を施すというもの。武器、術、道具、知識、使える物はなんでも使う。

 まあ、ぶっちゃけ魔物を倒せればなんでもいい。万年魔力不足に陥る欠点に目を瞑ればなんでもありの自己流戦術で暴れられる。あとは自分次第。


 だが、そんな魔狩人まがりびとという反則級の相手でも、魔物は余裕の笑みを零している。


「随分と表情筋が豊かな魔物だな」


 魔物と対面するヒグレは〝山狩やまがり〟を地面に突き刺して〝シルバー・リーパー〟のシリンダーを開き、カラ薬莢だけを取り出して新たに弾を込め、軽く手を捻ってシリンダーを元に戻す。そして魔物に銃を向け、引き金を引く。


 銃声が鳴り響き、魔物の胴体に大きな風穴が開いた。


「ギィィ、イィッ!」


 魔物の形骸が地面に倒れるのを合図に、魔物は一斉に地を蹴った。


「狩りの時間だ」


 発砲。


 バァン、「ピギィィ――ッッ!?」


 一頭。


 バァン、「ピギャァァ――ッッ!?」


 二頭。

 三頭……四頭……五頭……。


 淡々と発砲し、魔物を確実に仕留めていく。


 バァン、カチッ――――


 ヒグレは即座にシリンダーを開いてカラ薬莢を排出。スピードローダーを取り出して一気に六発を装填するが、シリンダーを閉める頃には一頭の魔物が間合いに入った。


「ピギィィ、ギャァァァァッ――ッ!?」


 ヒグレは流れる動きで魔物に〝山狩(やまがり)〟を水平に薙ぎ払う。鼻の中心から刃が入り、尻から刃が抜ける。魔物の体は綺麗に二分割されて地に転がった。


「さすがヴェルドの武器。。切れ味は段違いだし、銃は凄まじい破壊力だ」


 ヒグレは銃をホルスターに戻し、左腰に携えた〝折刀おりがたな〟を抜刀する。天気の良い日を散歩するかのような軽い足取りで少女から少し離れ、迫る魔物へ刃を向けた。


 一頭ずつ間合いに入った魔物から確実に斬り捨てていく。袈裟斬りで、逆袈裟斬りで、横薙ぎで。単純に突進してくるだけの魔物を、斬り捨てるという単純作業を繰り返す。


 あらかた魔物が片づいた時だった。


「ん?」


 意識を揺さぶられるようなモスキート音がヒグレの耳を襲う。視界が揺れる。意識を保たなければ酔ってしまうほどの揺れ。


 その瞬間、



『助けテ……』



 脳内に声が響いた。



『ヤダッ! まだ死にたくないッ!』『お願いしますおねがいしますおねがいしまスお願いイシますオ願いしますっ!』『嫌だッ!』『死にタクナイッ! イヤアアァァァァッ!?』『殺さナイでッ!』『痛いイタイッ! 痛いヨッ!』『ギャァァァァッ、ああ……アああアッッ!?』『ウワアアァァァァッ、アア、あ、アアアアああッ!?』『タべないでッ! 食べなイでェェッッ!』『アシを返してッ!』『待ッテよッ!』『お願いしますッ! お腹のコだけはッ!』『ウギャッ!? アアァァァァッ!』『お願いミスてないでッ!』『殺して……コロして……』『タスケテッ! 助けてェ、エェ……』『ウワァァッ! 返して! お母さんをカエしてェェッ!』『お腹の……子が……嗚呼、ナイゾウがいっぱい……』『嗚呼ッ! アリゼルッ! ありぜるッ! 放せッ! アリゼルが、アリゼルがッ!』『嫌ッ! イヤッ!? 孕みたくないッ! ハラみたくないッ!』『お、叔父さん?』『ナンデッ!? 嘘だと言ってよッ!?』『どうしてどうしてドウシテどうシて』『嫌だッッ!』『ごめんなさいッ……許してッ! ユルして、エェッッ……』『目がッ! めがぁ……アァアあァァァァッ!』『許してくださいオネガイします……ッ!』『私がなにをしたというのよッ!』『ギャァァァァァァッッ』『意地汚い化物がッ!』『イヤァ!』『……ア……ウッ……アァ……』『私、どうなったの?』『あのね……あのね、私明日ケッコンするの……だから――キャァァァァァァァァッ!』『ガアァッ!? ウギャッ!』『殴らないでッ! おねがい――お願いします!』『嫌だァァァァァァァァァァッ! いやァァァァァァァァッ!』『たべないでッ! 美味しくないよッ!』『お父さんッ! おとウさんッ!』『ヤダッ! はなせッ! ハナせ化物ッ! 放せェェェェェェッッ!』『お願い息してないのッ!?』『アハハハハハハッ……あはハハハッ!』『助けてよッ! なんでみてるだけなのッ!?』『イタイ……痛いよ……』『逃げてッ!』『おいてかないで!』『どうして……どうしてナの』『殺さないでッ!』『殺してよ、もう……早くコろしてよ。お願いだから……ッ!』『私のあかちゃんを返して……アアァァァァッッ!?』『この子だけでもたすけてくださいッ!』『もうイヤッ! イヤだッ! 悪魔の子などはらみたくないッ!』『殺せッ!? 殺せェェェェェェェェ!』『お願いだ……』『見捨てないでッ!』『ウギャッ!?』『アアァァァァッ!』『母様――ッッ!?』『逃げ、て……ワタシが食べられてるうちに……』『痛い……ッ! 痛いあいやいやいやいやァ……』『アハハハハハハ……死んじゃえよ……しんじゃえよ化物ゥ……アアアアァァッ!』『娘を返せッ! 返しやがれッ! 娘もカナリアもッッ! 返しやが――』『痛い……痛い』『美味しくないよッ! だから食べないでッッ!』『喰い殺されてたまるか……喰い殺されてあま――ギャアァァァァァァァァァァッ!?』『ハハ……私の、赤ちゃん……』『キャァァァァァァッ!』『だずけでよぅ……ウワァァァァァァ!』『おいしい、の? ハハ……もっと食べナよ』『イヤァァァァ』『ウゥ……ダめ……』『内臓が……』『放せ!』『いたいッ』『やめテッ!』『お願いだから引きちぎらないでッッ! 痛いイタイ痛いいたいイタい痛い千切レる千切れチャうッ!? 痛い痛イヤアアアアァァァァァァァァッッ――――――アアアアァァァァァァァァァぁぁァァァァァァァァァァァァァァぁァァァァァァァァァァぁぁァァァァァぁぁッっ――――ッッっッ!?』





 意思とは関係なく頭の中に入り込んでくる悲痛な叫び。それと同時に声の主たちの感情が一斉に雪崩れ込む。苦痛を、屈辱を、恐怖を、絶望を、あやゆる感情が入り混じり、他人の体験が、まるで自分の身に起こったように錯覚してしまうような感覚がヒグレを襲う。


「術式を持ってる奴がいるな」


 ヒグレは淡々とした口調で言った。


 まれに魔物は術式を使うモノがいる。ヒグレを襲うのはテレパシーに近い術式。聞こえてくるのは魔物が喰らった者の記憶。推測だと効果範囲の全員に影響がある無差別攻撃だ。


「二人とも気絶してよかった。まともに受けてたら確実に廃人化する」

『まともに喰らってるヒグレは大丈夫そうだね。私はそろそろキツいかも』

「わかった」


 ヒグレは〝折刀おりがたな〟を脇に挟み、銃を引き抜き、発生源であろう魔物を射殺する。適当にそれらしい魔物五頭ほど倒したところでテレパシーがやんだ。


 だが、かわりに小ぶりの魔物が二〇頭ほど増えていた。


「テレパシーで呼ばれたか。まあ、三級程度の魔物だからいいか」


 ヒグレは銃をホルスターに戻し、刀を持ち直し、魔物の群れへと肉薄する。

 中には、棍棒や剣を振り回す腕の生えた魔物もいたが武術など皆無。体格に見合わない腕と剣術では振るう一撃は赤子も同然。剣もろとも斬り捨てられる魔物は呆気ない。


『コロサ ナイ デ!』


 突然、豚の魔物が言葉を発する。

 テレパシーではない、魔物の口から発せられた言葉だ。


「喋れるのか。とことん珍しい魔物だな」


 ヒグレは意に返さず淡々と魔物を狩る。


 言葉を発する魔物の行動は、捕食した他者の記憶から言語を習得したのだろう。言葉という人類が扱う技術を魔物が利用した。ただの戯言である。


『イタ イ! ……イ タイ!』

『オネ ガイ! コド モガイルノ!』

『カテア……、ニゲ テ』


 捻りのない攻撃。だが、一丁前に他人の言葉を利用している。最後の一頭ですらヒグレが苦戦することもなかった。所詮、三級にも満たない雑魚だった。


「………………」


 静けさが森を包んだ。騒々しかった魔物の声はもう一つとしてない。ヒグレの周囲には魔物の残骸が転がり、緑豊かな森の地に生きる草花は赤い血によって塗り潰されていた。


「誰の、言葉だったのかな」


 呆然と、血だまりに立ち尽くすヒグレは呟く。


『オカアサン ン カ オェ、カカ  エシテッ!』


 草陰から小ぶりな魔物が奇襲してきたが、ヒグレは首を斬り落とす。魔物の首から離れた頭部は、べつの魔物の頭部と寄り添うような形で止まった。静かに、血だまりの中に。


「虚しいな」


 ヒグレは武器の血を振り払って納刀する。首を刎ねたばかりの魔物の頭部の前に膝を突き、魔物の頭部に触れ、魔力を流し込み、意識を集中させる。


『視るの?』

「ああ」


 カルネアの問いに、ヒグレは肯定する。

 魔狩人まがりびとは記憶を覗く術式が備わっている。相手に魔力を流し込み、感応させることで記憶を読み取る。対象は生物や物と幅広いが、条件を満たさないとうまく発動しない。


 この術式はヒグレの物ではない。魔狩人には必ず施されている術式である。使用者が少ないマイナーな術式ではあるが、あるとないとでは大違いだ。

 ヒグレの意識は飲み込まれ、記憶の再生が始まる。



 ――――



 これはとあるエルフの一人娘、カテアの記憶だ。太陽が真上のある時間帯。例の魔物が村を襲った。住民の悲鳴が響き渡る中、カテアは母に手を引かれている。

 必死に逃げる光景。きっと大丈夫、そういう声と、不安と安心が入り混じるカテアの気持ち。だが、次に待ち受けていた残酷な光景は少女を絶望へ陥れた。


『……お母さん?』


 母親が魔物に捕食された。母親はアリゼル。カテアの母親。


『カテア……逃げ、て……』


 骨が砕かれた音ともにアリゼルは息絶え、徐々に魔物の腹の中へと消えていく肉体。咀嚼とともに聴こえる、骨の砕ける生々しい音が幼い彼女の耳をつんざく。


『やめて……お母さんが……い、いやぁっ!? お母さんを、お母さんを返して!』


 カテアの言葉が通じるわけがなく、茂みの中から新たなに小さな豚の魔物が現れる。

 わかり切ったことだ。カテアは子供の魔物に捕食された。


『イヤッ! お母さんッ! お父さんッ! 痛い! 痛いよ! 誰か助けてッ! イアァァァァァァァァァァ――――アアアアァァァァァァッ!』


 小さな子の断末魔とともに視界が暗転する。



 ――――



「……ッ!? クッ!」


 記憶は終わり、ヒグレの意識は現世へ強制的に引き戻された。

 彼女の感情が、痛みが追体験したヒグレを蝕んだ。鳥肌が立ち、冷汗が滲み、荒くなる息を強引に押さえつけて平常心を取り戻す。


『大丈夫? ヒグレ』

「……。あ、ああ……すまん、もう大丈夫だ」


 心配そうに問いかけるカルネアに、ヒグレは気の抜けた声で返答する。そして、転がっているもう一つの頭部に触れる。覗いた記憶の中にもいた母親を喰らった魔物だ。


『大丈夫だった?』

「……。さっきよりはな」


 精神的負担をかけたわりには有益な情報はなく、ヒグレは溜息を吐いて立ち上がる。


 自然とヒグレの視線は親子だったモノに向く。血だまりに転がる二つの魔物の頭部。親子の記憶が残る二つの頭部は真っ赤な血の鏡を通して、親子の面影を見た。記憶を覗いた結果の錯覚であろうが、虚ろな目はどこを向くわけでもなく、ただ虚空を見ていた。


 考えても仕方がない、とヒグレは意識を大木の下に横たわる二人に向ける。そのまま放置するわけにもいかず、介抱するために魔物の死体を避けながら近づく。


「消滅しないタイプか。勝手に消えてくんないから処分が面倒なんだよなぁ」


 ヒグレは愚痴を吐きながらも二人の様子を見る。


 まず、エルフの子供のほうは女性に守られていたおかげで外傷はない。

 つぎに、少女。年齢は一五歳あたり。まだまだ幼さが残る顔つき。そして獣人。黒いマントのフードが取れ、隠れていた獣人特有の獣耳が見える状態になっていた。


「エルフの領域で子供と一緒にいる獣人か。珍しい組み合わせだ」


 基本、他種族と関わり合いにならないエルフとの珍しいケースにヒグレは少し驚いた。


「……うっ、ん? あれ」


 獣人の少女を移動させようと体を動かした拍子に、彼女の意識が覚醒した。


「あっ、起きたか」


 まだ意識がはっきりとしていない少女にヒグレは声をかける。

 少女は、両耳を跳ねさせて薄く開いた目をゆっくりとヒグレに向けた。


「……。――ッ!」


 瞬間、少女は目を見開き、瞬時に抜刀した短剣をヒグレの目元に突き刺した。

 金属を削るような音が鳴り響くとともに、ヒグレはやるせない気持ちになった。

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