第8話 二人の少女


 二人の少女を介抱した後、ヒグレは討伐した魔物の処分をした。


 骨の折れる作業だが、消滅しない魔物は腐敗するのみだ。二次被害を防ぐためにも事後処理は入念にする。この場でできる処理方法としては火が手っ取り早いが、今から大量の魔物を燃やす燃料を集めていては日が暮れる。


 なのでヒグレは、〝火種ひだね〟と呼ばれる消耗品を使う。可燃物を必要とせず、指定した物だけを燃やす魔法の種子を使用して、一気に魔物の死骸を燃やした。

 あとは灰になるまで見守るだけである。


「私はね。ララエ・エルリリアっていうんだよ。お姉ちゃんはね――」

「……、ティン・アーブルム」

「お兄ちゃんはなんて名前なの?」


 二人の自己紹介を聞いたヒグレは口を開く。


「俺はヒグレ・シルヴァルトっていうんだよぅ」

「それじゃ、ひーにぃ、って呼ぶね」

「いいよぅ。こっちもララエって呼ぶね」


 ヒグレが魔物が燃えていく様を見届けているうちに、魔物に襲われていたうちの一人、十歳くらいのエルフの娘と仲良くなった。最初こそ戸惑っていたが、頭を撫でると喜んでくれるくらいには親密になった。


「二人ともなんともなくて、ホントに良かったよ」

「……、」


 ヒグレは火の様子を見ながら平坦な口調で言う。ララエと交流を深めているその隣では、獣人の少女が気まずそうにしている。


 黒褐色こっかっしょくの猫耳と尻尾。セミロングの薄いクリーム色に、黒褐色が薄くかかる髪。宝石のような蒼い瞳を持つ非常にミステリアスな雰囲気を漂わせている。


 細身な体格で華奢な印象に伺えるが、腹部の細さと反射神経を見るからにかなり動けるタイプだろう。昔、ヒグレの家族団欒にいた腹回りがだらしないシャム猫を思い出す。


 こちらも見た目はまるで、シャム猫を擬人化したような姿。身長はヒグレより低く、一六〇センチもないくらい。まだまだ幼さが残る美少女は不安そうな表情を浮かべている。


「ホントに、なにもなくて」

「ごめんなさい」


 ヒグレが兜に短剣が刺さったまま振り向くと同時にティンは顔を反らした。

 意識が覚醒したティンに目を短剣で潰されかけたヒグレ。不幸中の幸いなことに、短剣は目を逸れて金属の隙間に刺さり、なんとか死を免れた。


 それで済めばよかったのだが、抜けなくなった短剣を早々に諦め、首をへし折る気で掌底を本気で打ち込んでくるという徹底ぶりにはさすがのヒグレも驚いた。


「まあ、不用意に近づき過ぎた俺も悪かったし。おあいこってことで」

「そうは言っても、反射的とはいえ、助けられたのに酷い仕打ちしたのは事実」

「まあ正直、なんだかなぁ、とは思ったよ」

「うっ、ごめん……」


 ヒグレは少し意地悪なことを言うとティンは耳を下げて謝る。


 あまり感情が顔に現れないクールビューティーな印象の少女だが、耳はとても正直のようで感情がなんとなくわかる。こうして誠意をもって謝罪をしてもらっている。まあ、そもそもの発端は、ララエにこっぴどく叱られたことから始まった。


 最初こそヒグレを襲ったときは『あっ、ごめん』で軽く済まされた。


 ヒグレは軽い謝罪だけでも良かったのだが、ララエが許してくれなそうだったので少し付き合う形となった。気は済んだかな、とヒグレは思い、兜に刺さった短剣を抜き取る。


「まあ、もう気にしていない。次からは相手を見てから気をつけるんだよ」


 見てから刺してきたけど、とヒグレは思いながらも短剣をティンに返還する。


「……うん。本当にごめん。それと、助けてくれてありがとう」

「いえいえ」


 ティンは頷いて短剣を鞘に戻す。

 大事にならなかったことにヒグレは安堵し、火の中の死骸を棒でかき回し、崩して整える。あと少しもすれば火は消えて白い灰と骨だけが残る。そうなれば作業は終了だ。


「ところで、ヒグレはどうしてこの大森林に? 見た目からして人族の使いとは違うようだけど。もしかして、エルフに用事があってここへ?」


「いや、大森林に用はあるが、エルフに接触する予定はない」

「そうなの? それじゃ、ヒグレが来た目的はいま火に焚いてる魔物ってことでいいの?」


「そうだな」

「そうなんだ。なら村に来てくれる? お礼がしたい。それと、このことを族長に報告しないといけないから、ヒグレの目的も一緒に話せば森を気兼ねなく探索できると思う」


「……ん? なんかとんとん拍子で話が進んでるけど、余所者に親切にしすぎじゃない?」

「と言われても、助けてもらったことだし」

「……、それだけ?」

「それだけ。それ以外に必要?」


「……、」

「……。」

「そう、か」


 不思議そうに小首を傾げるティンに、拍子抜けするヒグレはぎこちなく返答する。

 正直エルフと関係持ちたくねぇ、がヒグレの本音だ。昔、エルフに手酷い歓迎を受けた苦い経験もあり、面倒事に巻き込まれるなら避けたほうがいいよね、で避けてきた経緯がある。今回もエルフをさけて魔物を狩るつもりだった


 だが、今回ばかりは避けては通れないらしく、人の好意を無下にすることができないヒグレは即行で諦めたのだった。


「ひーにぃ、村に遊びに来てくれるの! やったぁ!」


 ヒグレは胡坐の上で喜ぶララエの頭を撫でる。


「では、お言葉に甘えようかな」

「決まりだね。それじゃ、村に案内するね」


 ティンが立ち上がり、それに続いてララエも立ち上がる。


「早くいこ! ヒィ兄!」


 はしゃぐララエに手を引かれながらヒグレは立ち上がったときだ。

 遠くから枝が折れる音が森に小さく響いた。


 猫の獣人であるティンもその音に反応して振り向くが、その時点でヒグレは彼女の頭部めがけて飛んできた矢を瞬時に掴んだ。わずか約十センチのところで矢を阻止。反応が遅れていたら眉間を撃ち抜かれていた。


「敵!」


 目の前で停止している矢を見たティンは短剣に引き抜く。だが、そんな彼女をヒグレは手で制して敵の斜線に立った。


「やめといたほうがいい。ティンはララエから離れないように」

「えっ、わ、わかった」


 ヒグレの言葉を理解したティンはララエのそばに寄る。

 相手はティンを軽く屠ることが可能な相手。矢を受け止めたヒグレはそれを実感し、三等級ほどの実力者と断定し、ホルスターから銃を引き抜く。


 身内ではないことを祈りながらヒグレは銃の撃鉄を引き起こす。


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