第5話 日本領界域・霧之猟会

 霧之猟会きりのりょうかい。日本国籍の魔狩人まがりびとおよび他世界の管理、収集品の売買を行う組織だ。


 その本部にヒグレは赴いている。玄関前広場を通り、玄関からその先はロビーとなっており、木製のテーブルと椅子が整列し、飲み食いするなり、待つなり、旅支度や装備点検ができる自由な空間となっている。


 ヒグレはその広間を通り過ぎて受付の前へと立った。


「こんにちは」

「こんにちは、ヒグレさん。メイドルーツ様のご依頼ですよね。話は伺っておりますのでこの場で少々お待ちください」


「わかりました」


 後ろに下がる受付嬢を見送り、ヒグレはその場で待つ。


 原点となる世界は枝分かれするように世界が広がっており、そのうちの太い一本から繋がる世界を管轄し、その領域を日本領界域にほんりょうかいいきと呼ばれている。その界域内で日本国籍の魔狩人まがりびとは活動しており、ほかの枝分かれした世界線には干渉せず、迷い込むこともない。


 魔狩人まがりびとは異世界を渡って魔物を狩りをするが、異世界には自由に渡れるわけではなく、特殊な方法を使い、登録されている異世界へと転移する流れになる。そのため、ヒグレは異世界に渡れる本部へと足を運んだのだ。


「相変わらずパッとせず物寂しいな、灰かぶり」

「……。名ばかりがよく言う。水害」


 ヒグレは素っ気なく言い返す。気づけば十文字の穴が開いた兜を被る魔狩人まがりびとがいた。


 同業者の名はニース・ハイドロ。〝水害〟と呼ばれる魔狩人まがりびと。ヒグレの装備と似通ったデザインの衣装を身に纏い、十字に空いた仮面を被った男だ。


「ここにいるっつーことは、またメイドルーツの旦那から頼まれたのか?」

「そうだな」

「ったく、人使いの荒いなぁ。人の良心に漬け込んで面倒な仕事を回しがやって」


「金は倍額貰ってるから問題ない」

「そうかい。お前がいいならそれでいいが。まあ、下手な奴に頼むよりかはヒグレに任せたほうが安心なんだろうけどよ。うちの親分は」


 ニースはそう言いながらほかの同業者のほうを見て顎で指す。

 その先には依頼に関して談笑している同業者がおり、少し耳障りな愚痴や文句を垂れ流している。あれらを一瞥したニースは鼻で笑った。


「いや、ホント、毎回考えさせられるよ」

「俺はどうでもいいな」

「命取りだぜ? 同業者が仲間だって保証はどこにもないんだからな」


 正直のところ、問題が起きなければあまり難しいことは考えず、深くは考えずにやっているため、その辺のことはどうでもいいのがヒグレの本音だ。


「よう、ニース。今日も〝無能〟さんとツルんでンのかぁ? 飽きないねぇ」


 会話の途中、ニースの身内らしき同業者がそう言いながら通り過ぎていった。


「言われてんぞ」

「なにが?」

「なにが、って。無能って言われて悔しくないのかよ」

「……、いや? 見てて面白いぐらいしか」

「感性どうなってんだよ」


 面と向かって〝無能〟と呼ばれることは魔狩人(まがりびと)の中では珍しくはない。関わりが少ないせいでしょうじた結果、ヒグレは訂正するのも面倒臭くなって放置している状態だ。むしろその状況を楽しんでいる


「お待たせしました、ヒグレさん。準備が整いましたので、身分証と羅針盤らしんばんの提示、それと書類にサインをお願いします」


 受付嬢に呼ばれたヒグレは受付に戻り、差し出された書類に手早くサインをして身分証と羅針盤らしんばんという魔導具を提示する。


「はい、確かに受け取りました。では、登録していきますね」


 受付嬢はヒグレの身分証と羅針盤らしんばんを半透明な板の上に乗せ、数秒の間をおいて淡い光に包まれる。受付嬢は手際よく登録作業をこなす。


 羅針盤らしんばんは方位磁石の形をした魔道具だ。目的地を示す道導の役割を持つ道具だ。また身分証も魔導具であり、これらに登録された場所、異世界を行き来が可能となるのだ。


 チン、という登録が終わった音が鳴り、透明な板から光が消えた。


「はい、登録が完了しましたので身分証と羅針盤をお返ししますね」


 受付嬢から身分証と羅針盤をヒグレは受け取り、懐へと収納した。


「いつもありがとう」

「いえ、これも仕事ですので。いってらっしゃいませ」


 ヒグレは彼女の笑顔に当てられながら受付から離れる。


「んじゃ、俺はこれから仕事だ」

「おう、頑張れよ。迷子なんかになるなよ」


 ニースに「ああ」と淡泊に返答したヒグレは、隅の扉を開けて入室した。

 小さな部屋。扉を閉めた瞬間、静寂に包まれる。控えめな装飾と蠟燭ろうそくの明かり。一見なんの変哲もない部屋だが、正面に鎮座する古めの扉が異様な雰囲気を作り出していた。


 扉は異世界へ渡るための転移魔術が施された魔導具だ。彷徨さまよわなければ目的地へ、霧が、彼女の力によって異世界へ運んでくれる特殊な代物だ。


 ヒグレはドアノブを掴んで扉を開ける。扉の先は濃霧で覆われていた。白く先が見えない世界が広がり、霧がこちら側に床を這って侵入してくる。


「カルネア」

『なにかな?』

「異世界での実体化は厳禁だからな」

『い、言われなくてもわかってるって!』


 勝手に実体化をするカルネアにヒグレは釘を刺して、濃霧の先へと足を進めた。

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