第4話 職人と武器


 工房の主、ヴェルド・ニュートン。

 メイドルーツとは旧知の仲で、ヒグレの武具一式を制作している職人だ。


 職人界隈ではその名を知らない者はいない。並外れた技術力を用いて、名のある狩人の武具を制作してきた実績を持ち、メイドルーツの武器を制作もしている。


 少し、ほんの少し性格に難がある職人だが、凄腕の鍛冶師には変わりはない。あとで刺されても知らね、と呑気に思っていたヒグレも彼の餌食になっていた。


 半強制的に装備一式を新調された。注文はしていない。まあ、いつものことなのでヒグレは驚かずに受け入れている。


 装備のほうは多少の変化はあるが、比較しないとわからない程度だ。


 そして、頭部を覆う兜。西洋兜のデザインだが、構造は似て非なる物。開閉可能な口が存在し、下顎は取り外し可能。着脱法方も側面から開くという特殊な代物だ。素顔を見せない代わりの個人を象徴する兜ということもあり、デザインの変更はない。


「そうか。お前が気にかけてくれたシスターたちはみんな逝っちまったか。まあ、あの子らを弔ってやったのがお前なら少しは救われたと思うぜ」

「……。だといいけどな」


 廃墟の城塞都市に派遣されていたシスターの訃報にヴェルドは溜息をついた。

 多少強い程度のシスター。彼女たちを気にかけて装備を作製してきたヴェルドだが、その思いに反して訃報の多さに辟易していることが溜息の深さから伝わるほどだった。


「私も手を尽くしているのだがね。まだまだ彼女たちを煙たがる輩はいる」

「立場が危うくなると思ってんのかね。ヒグレはどう思う?」


 ヴェルドは着替え中のヒグレに話題をふる。


「……。さあ?」


 シスターを煙たがる輩に興味ないヒグレは素っ気なく反応する。


「さあ、ってお前、もうちょっと興味持てよ……」

「ヒグレらしいね。まあ、関心が湧くような輩じゃないから仕方がないね」 


 メイドルーツが微笑む傍らでヴェルドは溜息を吐いた。シスターの件は根深く、外野から邪魔する程度のヒグレが輩にとやかく言うことはない。話で済む相手ではないから。


「それでどうだ? 新しい装備の着心地は」

「……。うん、悪くない」


 話は変わり、新調した装備の話になる。ヒグレは新たに改造、カスタマイズされた〝仕込み籠手〟の動作確認をしながら感想を言う。


 ヴェルドの作製する物はどれも最高品質。性能だけでなく、デザインも細部まで凝っている。がさつに見えて、かなり拘りを感じさせる代物である。


「まいど。色よい返事がもらえて職人冥利に尽きるっつーもんだ。そしたら次は武器だな」


 ヴェルドはテーブルに置いた荷物を広げ、細長い布袋を手に取ってヒグレに投げ渡す。


「見てみろ」


 促されるがままヒグレは布袋の紐を解き、柄を掴んで引き抜く。現れたそれは、片刃の直刀。自分自身が映り込むほどの霞仕上げの武器だった。


「材料は一級品。注文通り剣鉈をモデルに刀身を制作。柄も同様のモデルに近いものに。俺お手製の浅黒の柄紐を巻いてある。今までに類を見ない傑作だ。銘は〝山狩やまがり〟だ」


 ヴェルドの言葉通り、見た目は剣鉈を刀剣サイズに拡大したかのような武器だ。だが、所々に日本刀の雰囲気を感じさせている。


 隣で覗き見るカルネアが「良かったね」と笑顔で言い、ヒグレは「ああ」と素っ気なく返し、刀身を鞘に戻して腰に差す。


「それと、これだ」


 ヴェルドは笑い、そしてまた別の武器を投げ渡した。


「直してくれたんだな」

「まあな。新しいのに変えてほしいのが職人の本音だがな」


 やや幅の広い鞘から武器をヒグレは引き抜き、その姿を見る。

 はばきから伸びる鉄板はむね鎬地しのきじを覆い、金具の関節によって繋がれた二つ折りの刀身。のたれの目、沸出来にえできの刀身はよく知っている武器だ。


「関節部分は弱いから気をつけろよ。引き金を引くと変形する仕組みだ」


 日本刀とさして変わらない武器。折り畳まれて三分の二の長さとなった武器だ。


「……。ありがとう。ヴェルドのおかげでまた一緒に仕事ができる」

「そう長くは持たねぇけどな。変わりができるまでの時間稼ぎだ」


 ヴェルドは手を鳴らし、アタッシュケースのような箱を取り出した。


「お次は刀剣の次なる主力武器、銃のお披露目だ」


 銃は大半の魔狩人まがりびとが所持する武器だ。鋼鉄弾こうてつだんという、組織内では幅広く親しまれている合金弾を発射させる特殊狩猟銃。殺傷能力が高く、常人には扱えない武器だ。


「こいつはコルト・アナコンダをベースに制作したマグナムリボルバー。弾は四四ミリマグナム鋼鉄弾こうてつだん。ダブルアクション。重いがどたま吹っ飛ぶほどの高威力だ。反動のことを考えればこの重さは愛嬌だと思え。名は〝シルバー・リーパー〟だ」


 開けられた箱の中から姿を見せる銃。分厚い銃身、その上下のアンダーレールが敷かれ、注文通りにダブルアクションが採用されたリボルバーだ。


 ヒグレは様々な角度から受け取った銃を確認し、シリンダーの開け、回した。

 初回用の六発が装填されており、いつでも弾くことが可能な状態だ。ヒグレはシリンダーを閉じ、手で軽く遊んだ後は付属品のホルスターに収納した。


 次にヴェルドは、二丁の黒い銃をヒグレに投げ渡した。


「〝ブレイク・ウォーカー〟。威力はさっきの銃より弱いが連射に長けている。外観の厳つさはさることながら、スパイク付きのストライクプレートフェイスには反射の術式を組み、近接戦闘にも対応している。殴られるとまず怪我じゃ済まない」


「銃でも唐突な接近戦に対応できるのか」

「狭いところでも役立つだろう」


 ヒグレはマガジンを取り出し、試しにコッキングして引き金を引いたり、角度を変え、銃を構え、などをしながら使い心地を確認し、マガジンを戻して収納した。


「さて、オーダーメイドされた物はこれで全部だな」

「頼んでないのもあるけどいいのか?」

「顧客を贔屓(ひいき)しないでどうすんだ。説明書もつけとくぜ。後で読んどけ」


 ヴェルドは説明書をヒグレの懐に押し込んだ。


「なにからなにまでありがとな」

「良いてっことよ。魔力を宿した武器でしか魔物は倒せないんだ。武器や防具もろもろの準備は入念にしないとな。まあでも、今回の仕事には十分すぎるくらいか」


 魔物は魔力の宿った武器や道具でしか倒せない。魔物狩りには必須と言っていい。魔物は高い魔力を持ち、魔法の類はともかく、魔力を持たない武器では攻撃が通らないのだ。そのことから魔狩人の装備一式はすべて魔導具まどうぐ魔具まぐとなっている。


 便利な反面、高い魔力総量の魔狩人ですら、考えて使わないと魔力が枯渇してしまうという側面を持っているため注意が必要である。


「さて、準備も整ったところで、ヒグレにはアーテア地方という大森林に赴いてもらう。最もエルフの減りが顕著な地域だ。もしかしたら、そこに原因があるかもしれん」


「大森林? ずいぶんと大規模だな。長期間は勘弁だぞ」

「安心せい。ちゃんと短期間で済むようにしている」


 ヒグレはメイドルーツから依頼を受ける際、要望として短期間であまり難しい依頼は勘弁と伝えている。少し浮かんだ不安も、彼の言葉を聞いて安堵している。


「まあなんでもいいさ。俺は用が終わったから帰るが。頑張れよ、ヒグレ」


 ヴェルドは荷物を持って足早に退室していった。ドカドカと足音を鳴らしながら玄関先から物を崩す音とともに「痛てぇな! なにしやがんだ!」と彼の怒声が響く。きっと背後から刺されたのだろう、とヒグレは察しがついた。


「さて、ヒグレよ。向かう前に言わせてもらいたいことがある」


 メイドルーツは黒い目隠しをたくし上げ、


「――盲目を慎め」


 金色の瞳を覗かせながらそう言った。


「ああ。気をつけるよ。いってきます」


 どういう意味が含まれた言葉なのかは知らない。ヒグレは素直にその言葉を聞き入れた。


「いってらっしゃい。ヒグレ、カルネア。受付にいけばすぐに渡れるからね」

「いってきますね。メイドルーツさん」

「ナンパには気をつけて」


 ヒグレはカルネアを待って玄関へと向かい、エルに軽く挨拶をして目的地に向かった。 


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