第22話

データと


 手を振っていた光君が走ってきた。

「アイス…」と言って、コンビニの袋を覗き込む。


「家、帰ってから…」と私は二人に言った。


「うん」と灯君も返事をする。



 そうは言ったものの、家で光君の前でデートの返事を灯君にすることはできなかった。ママと一緒に二人をいつものように送って、二人で夜道を歩く。


「ママ…」


「どうしたの?」


「好き…って気持ちが分かんないよ」


 ママは立ち止まって、じっと私の顔を見た。


「ママも人を好きになる気持ちが分からなくて…。でもパパに会えたから」


「パパに会えて、すぐに分かった?」と私が訊くと、少し困ったように笑って「分からなかった」と言う。


「それで…どうしてパパと結婚しようと思ったの?」


「それが、まぁ…ゆっくりなんだけど。いい人だなぁって」


「え? じゃあ、ママはいい人だったら誰でもいいの?」とまるで幼児のように質問を繰り返してしまう。


「うーん。誰でもっていうわけじゃないけど…。パパと会って…、その時のタイミングみたいなのかな。その時が来たら分かると思うの。今すぐ決めなくても…」


「その時?」


「自然と、この人と一緒にいたいなぁって思える日がくると思う」


「…う…ん」と私はそんな日が来るとは思えなくて、少し俯いた。


「コトちゃんはまだ人生のパートナーを決めるには経験が足りないの。ゆっくりでいいと思うし、待ってくれない人だとそれはそれでいいのよ」とママが言ってくれるからほっとした。


「…灯君からデート行かないって誘われて…。どうしようかなって。私…二人を比べるようなことしたくない。ただ遊びに行くだけなら…いいんだけど」


「うん。そうだね。よく話をして、お互い納得する形で決めたらいいんじゃないかな。二人とも話が通じないタイプではないと思うし」と言うママに頷きながら、でも二人

から頬にキスされたことは言えなかった。


「ママ…大好き」


「わー、嬉しい。私もコトちゃん大好き」とママは私を抱きしめた。


 柔らかくて温かいママに包まれていると安心する。ママが言う通り、私はまだ子供だ。



 家に着くと、光君からメッセージが届く。


「一度だけ灯と行っていいよ。俺も行ったし」と書いてあって、私は笑ってしまった。


 膨れた顔がすぐに思い浮かんでしまう。そう言うところがかわいいなぁと思いながら、私はどっちも好きで、選ぶことができない。


 返事をどうしようか迷っていると、見透かされたように灯君から待ち合わせの時間が送られてきた。


 私は行くことに決めたけれど、甘い考えかもしれないけれど、片方を傷つけることになるのは嫌だった。





 駅で待ち合わせた灯君は少し恥ずかしそうに手を振ってくれる。チノパンに黒いシャツが少し大人っぽく見えた。私は白黒のギンガムチェックのワンピースにママがポニーテールにリボンをしてくれた。お互い二人きりで会うのが恥ずかしくて、はにかんでしまう。


 灯君とのデートは光君とは違っていて、私が喜ぶようなことばかりだった。もちろん光君も考えていてくれて、楽しいのだけど、本当に穏やかで落ち着いた時間だった。動物園に行ったり、カフェに行ったりとのんびり過ごすことが出来た。


「じゃあ、またね」と家の前まで送ってくれる。


「寄って行かないの?」と聞くと「光がイライラして待ってるから帰るよ」と言う。


 そんな優しい気遣いもいいなと思う。


 帰っていく後ろ姿を見て、私はやっぱり二人とも選べない、と思った。私が男の子だったらいいのにとすら思う。


 私も帰ろうとした時、灯君が振り返って走って来た。


 どうしたのだろうと思っていると、慌てて私の名前を呼ぶ。私も灯君の方に走った。


「どうしたの?」


「あ、ごめん。これ、渡すの忘れてた」と鞄から小さな袋を取り出す。


 動物園でいつの間にか買ってくれていたようだった。象のマスコットのキーホルダーだった。


「え? いいの?」


「なんか、記念に。って渡すの忘れてたけど」と灯君が照れていた。


「嬉しい。ありがとう。鞄につけておくね」


 私は小さなキーホルダーを手のひらで受け取った。


「じゃ、本当に。またね。今日は楽しかった」


「私も」と言って、手を振った。


 何か私もプレゼントした方が良かったな、と少し反省しながら見送った。日が暮れていくせいで、胸が切なくなる。きっと赤くて重たい夕日のせいだ。

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