第21話

苦い恋


 陽がゆっくりと落ちて行く街の中を中田さんたちと別れて、三人で歩く。でも灯君だけ少し先を歩いていた。


「高坂さんは…最後は佐々木コーチとお別れできたの?」と私は二人に聞いてみた。


 丁度、公園に入った時だった。灯君が振り返って私の横に来た。


「止まって」と光君に言われた。


 止まった瞬間、左右から頬にキスされた。


「え?」


「キスして行った」と光君が言う。


「キスって両頬に?」と私が訊くと、二人はなんとも言えない顔をする。


 光君が目を逸らしたから、灯君に訊こうと横を向く。


「好きだよ」


 そう言ったのは高坂さんの台詞をリプレイしているのだろうか、と私は思ったけど、何も言葉が出ない。


「…コトちゃんのこと…好きだ」


 柔らかく言われて、私は驚いた。そんな素振りを私に見せたことなかったから。三人でいても、灯君はいつも少しちがう場所にいた。私と光君がゲームをしていたら、同じ場所にいてもトラちゃんと遊んでいたりしたのは灯君だった。


「…灯君? いつから…」


 そんなことは本当にどうでもいいのに、なぜか聞いてしまう。


「ずっと前から」


 二人がキスした頬に残る柔らかい感触が消えない。


「今日は、それが言いたくて」


「ずっと灯に我慢させてた」


 光君はそれで今日、二人で学校まで来たんだ、と分かった。


「あ…の」


「いいんだ。言えたから…すっきりした。光と仲良くして」とまたあの夢で聞いた台詞を言う。


 私は「どっちかなんて…選べないよ」と最低な事を言った。


「灯はさ…。小さい頃からそうだった。俺がなんでも我を通して…。欲しいものを欲しいって言うタイミングもなかったんだなって」


 あの日、アイスも食べずに二人で帰って、ちょうどこの公園で話をしたらしい。


「まぁ、だからってコトちゃんを譲るっていう気持ちにはなんないけど。でも言って諦めろとかじゃなくて…。灯はいろいろため込んでしまうから」と光君が言う。


「ごめん。困らせたくなかったし」と灯君が謝る。


 私は本当にどうしていいのか分からなくなる。ずっと一緒にいて、二人のことは好きだった。光君は「好き好き好き」といつも言ってくれてて、それは本当に嬉しかったし、恋人って何か分からなくても、一緒いたいと思ってた。灯君は一緒にいる時間は少なくなったけど、話しをしたらいつも心が落ち着いて穏やかになれた。


「二人とも好きだし…私…の方が…なんか…ふさわしくないから…。二人と…友達で…いたいけど…無理だったら…」


 何だろう。私は虫のいい話をしている気がする。


「いいよ」と光君が言って、私の左頬にキスをする。


「もちろん」と右頬に灯君がキスをした。


(あれ? なんだろう。この二人、話、聞いてたかな)と思ったら、鞄を取られて、空いた手は小学校の頃みたいに左右で両手を繋がれた。


「じゃ、帰ろう」と光君に言われて、私はうっすらとした疑問が消えてしまって、そのまま昔に戻った気持ちで頷いた。




 食べ終わった後、灯君にコンビニに行こうと誘われた。コンビニに用事はないとは思うけれど、きっと話があるんだろうな、と思って私は玄関に出たし、光君は家で待つと言っていた。


「灯君、どうしたの?」


「謝ろうと思って」


「え?」


 灯君は夢の話をした。あの日、二人で見た夢の話だった。


「コトちゃんに頼られて嬉しくて…光の力…盗った」


「え?」


「光も僕もお互い、何を考えてるのかすぐわかる。それを言うのが光で、言わないのが僕で…」


 光君は灯君の気持ちを知ってて、不安になっていた。私はそうとは知らずに灯君に普通に話しかけていて、嫉妬にかられていた。


「蛇が来て」


「蛇? 蛇って…八虫類の?」


「まぁ、よくない蛇だよ。神様とは言えないけど、そういう力のある土着の精霊? っていうのかな。…盗っちゃえって。コトちゃんは光のこと好きだから、その能力を取

るようにそそのかしてきた。同時に蛇は光に僕への嫉妬心を植え付けられた。でも容量以上の能力は結構体に来て…」


「どうして…そんなことするの?」


「まぁ、人の心の弱さに漬け込むって感じかな」とため息を吐く。


「それで…能力を使うと命が削られるって…」


「夢でコトちゃんに会って…。卑怯だけど、コトちゃんは僕を心配してくれるって分かってて言った」


 灯君は俯きながら言う。間違いなく心配したし、怖かった。


「だから…最低な事したって自覚してる」


「…で、その蛇はどうしたの?」


「光が消した。能力は少しずつ返してた。一気に返すと光にも影響あるかと思って」


「光君…瞑想してたって…」と私が言うと、灯君は笑った。


「その効果は分んないけどね」


「そっか」と私は何だか人を好きになるって良い事だと思っていたけど、複雑な思いをするんだ、と思うと胸が苦しくなる。


「だから…光と仲良くして欲しい」と灯君が地面を見たまま言った。


「仲良くするよ」


 灯君が私を見た。


「でも灯君とも仲良くしたい。だって…私はまだ分かんない。今の好きという気持ちが恋人とかだと違うのかなっていうのも分からない。恋人に終わりが来るなら、友達のままがいい。私、二人のこと好きだし…」


 驚いたような顔で


「光のことが好きだと思ってた」と灯君が言う。


「好きだけど…。灯君のことだって、好きだし。友達として二人のこと…」と私は言いながら


「私だってずるいとこあるんだよ」と言った。


「ずるい?」


「二人といて楽しかったから…頼ってばっかで」


 何を言ったらいいのか分からない。でも灯君が自分を責めるのはやめて欲しい。それに本当に灯君の命が削られるって考えたら怖かった。


「だから、あぁ言うことはもうしないで欲しいけど…。でも私は嫌いになんかならないし、そもそも好きじゃなかったら気にもしない…のに」


「ごめん」


 私は結局どうしていいかは分からない。


「コトちゃん…。好きだよ」


 もう一度柔らかい声で言ってくれる。


「私も…。でも…」と言いながら、本当に自分の気持ちが分からなくなる。


「今は決めなくていいよ。光もそう思ってる」


 私は灯君に「…うん。あ、アイス食べそこなったでしょ? 買いに行こう」と言って、手を引いた。


 初めて灯君とだけ手を繋いだ気がした。もう月が高くなっている。私はどうしていいのか分からない。コンビニに行って、二人でアイスを選ぶ。途中で電話して光君の欲しいアイスを聞いた。


 帰り道、もうすぐマンションが見えると言う時に、光君が下にいるのに気が付いた。私が手を振って急ごうとした時、


「…コトちゃん、テスト終わったら、デートしてくれない?」と灯君が言った。

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