第19話
嫉妬心
美味しいグラタンを作ったというのに、全然箸が進まない。でもそれは私だけで、光君も灯君もすごく一生懸命食べていた。
「美味しい。これ、光が手伝ったの?」と灯君が言うと光君が「簡単なやつだから」と言う。
ママは「もっと食べる?」と嬉しそうだった。
パパも帰ってきて、イケメン双子を見て、少しため息をついた。
「聖ちゃん…」とママをキッチンに呼ぶ。
ママがパパに怒られるのかと心配したけれど、ママがパパに抱き着いているのが見える。
「?」と私は思いながら、こっそり見ていると、ママが「パパとアイス買ってくるね。好きな味、教えて」とにこにこしている。
そしてみんなそれぞれ、味をオーダーすると、ママとパパは二人で仲良く出ていった。
「ほんと、コトちゃんとこの二人って仲良いよね」と灯君が言う。
「うちだって、仲良いじゃん」と光君が言う。
「うん。そうだよ。すごく仲良く見えるよ」と私が言った。
「コトちゃん、全然食べてないけど?」と灯君が言う。
「食べてる場合じゃないよ」と私は思わず大きな声で言った。
二人が驚いた顔でこっちを見る。
「だって、灯君が…私のせいで…」と言い出すと、夢の話をリアルに思い出して、涙が零れだす。
「ま、そういう話あるよね?」と灯君は平然とした顔でハンカチを差し出す。
「聞いたことねーよ」と光君は言って、同じようにハンカチを差し出した。
どっちのハンカチを取っていいのか分からず私は両手で両方のハンカチを掴んで、左右の涙をそれぞれ拭く。
「嫌だよ…。本当に…」
「コトちゃん…」と灯君の声が聞こえる。
「お前のせいで泣いてるんだから」と光君が言う。
私はハンカチを顔から離した。
「ごめん」と二人が同時に謝ってくれる。
「寿命の話…」と私が言うと光君が「大げさだよ」と言う。
「まあ…少しはあるよ。光が見えなくなって、その分まで見えるような感じで…負担だったのは本当。どっちかって言うと、光の方が力強いし」
「負担?」
「うん。例えるなら、急に太り過ぎたみたいに体が重くなる…みたいな?」と灯君は説明してくれる。
「それって、命を削るくらい辛いの?」としつこく聞いてしまう。
「そんなやわな奴じゃないだろ。まぁ、ちょっとしんどそうなの知ってたから…俺、見えるように努力した」と光君が言った。
「…見える努力?」と私と灯君の声が揃った。
「寝る前に瞑想したり…」と言いながら大口でグラタンを食べる。
「瞑想? 三秒で寝るのに?」と同じように大口でグラタンを食べる。
「で、見えるようになったら二人ともどうなるの?」と私は怖くて怖くて聞いてみる。
「どうもならないよ。俺は元に戻っただけだし」と光君が言った。
「おかげで少し楽にはなった」と灯君も言う。
私は二人を交互に見て「私に何かできることない?」と聞く。
「光と仲良くして」と灯君が言うから、私は目を大きくする。
あの時と同じ台詞だ。
「ばーか」と光君が言って、最後のグラタンを口に放り込む。
灯君は最後のグラタンを口にはしなかった。
「今の俺に分からないことはない」と光君が突然立ち上がって、灯君の頭に両手を落とす。
「痛」と言って、灯君は頭を抱える。
私は唖然として二人を見比べた。
「光君?」と恐る恐る声をかける。
「光…お前」と灯君が怒ったような声を出す。
「ほい、これで、お前についてるの外した」と言う。
「何? 何がついてたの?」と私が訊く。
「…こいつの優しさと弱さ…。そこに漬け込むやつがいるんだよ」と光君が言う。
「そうなの?」
「俺はわがままで、灯はいつも我慢してた。知ってるよ、そんなこと」と光君が言う。
灯君はじっと残り一口のグラタンを見ている。
「…今日はもう帰る」と光君が言う。
「え? アイス…」と私は慌てて、引き留めようとすると、灯と話したいことあるから、と言って、そのまま灯君を引っ張って出て行ってしまった。
私は空っぽのグラタン皿を一口だけ残ってしまったものを眺めた。
ママたちが帰ってきて、二人が帰ったと知ったら、すごくがっかりしていた。それでも夜に十子さんからお礼の電話が来た。私はママにお願いして電話を変わってもらう。
「あの…二人の様子はどうですか?」と聞いてみる。
「二人? えっと…またちゃんと話すって言ってるけど、今日はもう寝るって…。ごめんなさいね。コトちゃんに心配かけて」と十子さんが謝ってくれる。
「いいえ。あの…」
「コトちゃん、もし困ったことがあったらおばさんに言ってね」
「あの…灯君が死んじゃうなんてこと…」
「え? 灯が?」と慌てた声を出すから、言うんじゃなかったと思った。
「あ、変な夢を見てしまって」
「そうなの? うーん。じゃあ、トラちゃんにお願いするから。大丈夫よ」と十子さんだって驚くような話をしたのに、私を安心させてくれる。
「ごめんなさい」
「あ、もしかして…心配して今日は学校に来れなかった?」と優しく私の心配までしてくれた。
「えっと…」
「大丈夫よ。あの子たちはなんだかんだと言って、元気だから。明日は学校に行けそう?」
そう言われると安心出来て、私は「はい」と返事した。そしてママに電話を変わると、空腹を覚えて、冷めてしまったグラタンを食べることにした。
そして疲れがどっと襲ってきたのかその日はすぐに眠ってしまって、夢も見なかった。
朝、光君がいつものように迎えに来てくれる。
「おはよう、コトちゃん」
「おはよう。昨日…」と私が言いかけると「眠れた?」と聞いてきた。
「うん。すごくぐっすり。光君は瞑想したの?」
「三秒ね」と言って笑う。
「それで灯君、何がついてたの?」
「あいつ我慢しすぎなんだよ。蛇がついてて」
「へび? 蛇って、蛇?」
「まぁ、蛇の形してるけど、嫉妬かなぁ」と光君が言う。
「…灯君が嫉妬? 何でもできるのに?」
「何でもって、俺だって何でもできるから。これからは俺に頼って」と言い切る。
私にはその能力がどう作用するのか分からないけれど、二人に何かあるのだとしたら、分からないことは分からないまままでもいいのかもしれない、と思った。
学校に行くと、渡辺さんが嬉しそうにあの迷い犬を家で飼う事になったと教えてくれた。
「ソーマが会わせてくれた気がして」と元気になっている。
「うん。そうだよ」と私も頷いた。
中田さんはそれを新聞の記事にしようと必死に文章を書いていた。
「編集長に私の持ってるネタがやばいと言われっぱなしだから、たまにはこういうハートフルなネタで」と言っている。
「ネタ、やばいの?」と私が訊くと、軽くウィンクをした。
「前の担任のその後を取材中」
前の…担任のその後? 想像もしなかったけれど、中田さんはご近所のスピーカーおばさんと仲が良いらしく、いろいろ話を集めているらしい。
「コーチとはどうなったの?」と思わず私も聞いてしまった。
「そこなのよ」と頭を低くして小さな声で話し始めた。
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