第18話
夢
その日、夢を見た。白い白いところで灯君と一緒にいる夢だった。
「コトちゃん、言わなきゃいけないことがあるんだ」
「なに?」
「…僕の人生、短い」
「え?」
「短いんだよ」
「どういうこと?」
「んー。寿命?」と首を傾げる。
「嫌だよ…そんなこと」
「だからいろんなことが分かるんだよ」
「分かる? それって、見えるから? 見えるから、寿命が短いの?」と私は繰り返して聞いていた。
「そう。これはね…命と引き換えなんだ」
私は驚いて、目を丸くしてしまう。
「光と仲良くしてね」
「…そんな…。そんなの知らなくて。ごめんなさい」と私は涙を零す。
私は何とか引き留めようと思ったけれど、私の言葉は届かないのか、そのままふっと消えてしまった。
そして目が覚めたら私の目から涙が零れてて、私は
「まさか」と呟いた。
(でも…)となんとなく、真実だという気がして私はそこから眠れなくなった。
怖くて、怖くて、早く夜が明ければいい、と思いながら私はじっとベッドの中で過ごした。
部屋が明るくなって、ほっとしたのを覚えている。トイレに出ると、ママも起きていた。
「コトちゃん?」と私を見て驚く。
きっと寝れてないし、さらに泣いたから目も腫れて、酷い顔だったと思う。
「どうしたの?」とママが抱きしめてくれる。
「…ママ。怖い」と私はママの腕の中で泣いた。
「何が怖いの? もう大丈夫よ?」
「私、灯君の…命を…」
「命?」
その後は何も言えずに、ただ嗚咽だけした。
その日、学校を休んだ。光君に連絡したら心配してくれたけど、私は返事もできなかった。何をどう聞いたらいいのか分からない。ママには夢の説明をした。ずっとソファで寄り添ってくれてる。
「…コトちゃん。夢の話でしょう?」
「うん。でも…何だか妙にリアルで」
「灯君に来てもらう?」
「…。怖いよ」
ママの膝の上に頭を乗せて、ソファの上でうつらうつらと私はしていた。
「…トちゃん。コトちゃん」と声がした。
目を開けようと思うのだけど、重くて重くて開けられない。
「そのままでいいから…。双子はどうして、双子だと思う?」
かわいらしい声で私に訊いてくる。
「双子? 双子は…? 二人でいたいから?」
何とか目を開けようとしたんだけど、うっすらママのお腹が見えるだけで、また瞼を閉じる。
「そう。そう。…双子は二人で一つなんだよ」
明るい声がそう言う。
「そっかぁ。一つなんだ」と私は理由もなくその声で納得させられた。
「だからね、大丈夫」
可愛い声が言い聞かせるように何度も私に言う。
「大丈夫」
私の気持ちは凪いでいった。
「コトちゃん、ママ、しびれたからちょっとごめんね」とママの声が聞こえて、私は目を覚ました。
「あ、学校」と飛び起きる。
「今日は休むって連絡したわよ?」とママに言われて、自分がどこにいて、何をしていたのか、今は何時なのか把握した。
時計は十一時だった。
「ママ…」と私は光君と灯君に来てもらって、話をすることに決めた。
「コトちゃん、じゃあ、お昼食べたら、晩御飯の準備をしましょうか」とママはにっこり笑ってくれた。
心配した光君は学校帰りに寄ってくれた。
「もう大丈夫。あのね、怖い夢を見たの」と私は光君に見た夢の話をした。
「…寿命?」
「うん。そう言う能力は命と交換だって」
「そうかなぁ」と光君は言いながら、首を傾げる。
夢の話だから説得力がない。
「…でも、今日、灯、なんか変だったな」と光君が言う。
「変って?」
「いつもお喋りじゃないけど…。今日は『コトちゃんと仲良く』なんていうから」
「え?」
私は震えそうになった。夢の中で「光と仲良くしてね」と言われたことを思い出した。
「…やっぱり、あの夢って」と私は光君に言う。
「夢で灯と会ってたってこと?」
「…うん。分かんないけど、確かめたい」
「じゃあ、またここに来るように言うけど…」と光君はため息をつきながらメールを送ってくれた。
私と光君はすっきりしない気持ちでご飯を用意して、灯君を駅まで迎えに行くことにした。もう夜の七時はすっかり暗い。
「光君…幽霊見えるの?」
「うん。急に戻った」
「なんでだろ?」
「分かんない。あのソーマが見えてから…。不思議だけど」と自分でも分からないらしく首を傾ける。
「じゃあ、灯君みたいに、霊を消すことできるの?」
「あー、多分できると思うけど?」
「あ、でも辞めて。あんな夢みたから、何もしないで」と私は言う。
「大丈夫だと思うんだけどなぁ」と言いながら、駅まで歩いた。
駅で待っていると、人の波が出て、改札が混雑した。その中に灯君がいる。人込みの中でもすぐに分かる。
「おかえりー」と私は大声で言うと、灯君が柔らかく笑ってくれた。
「出迎えなんて、珍しい」と言うから、私はすぐに「今日、夢で灯君と会ったの」と言った。
「あぁ、そうだね。ごめん。泣いてたよね?」とごく普通に言われた。
「泣いた?」と光君が驚いて言うけれど、私はそれどころじゃなかった。
「同じ…夢を見てたってこと?」
「そうだね。何で、あんなこと言ったんだろう」と灯君が自分で首を傾げた。
「…え? 嘘なの?」
「嘘っていうか…。あの時、そう言ったのは…そうだと思ったから」
なんとも要領の得ない話だが、私たちは並んで家まで歩く。
「光が見えなくなってから、なんか、今まで以上にいろんなことが見えるようになって…」と灯君が言う。
「ごめんね。いろいろ…。頼り過ぎてた。でもそれが命を削ることになるなんて思ってなくて」
「うん。いいんだよ。だって、それが本当か分からなくて。あの時はそれが正しいって思ってて。ちょっと体がだるいのもあって」
「大丈夫?」と思わず灯君を覗き込んでしまった。
「…なんだろうね」と言って、そして真っ直ぐ前を見た。
「あ、あのサラリーマン」と光君も言う。
もちろん私には何も見えない。
「サッカーボールにされてる」と灯君が言う。
「情けないなぁ」と光君が言って、手をすっと上げた。
「サラリーマンは…逃がしてあげなよ」と灯君が言う。
「まぁ、そうだなぁ。だって、突き飛ばされてるし」
「突き飛ばされて…」と私が訊き返した時に、光君が真っ直ぐ伸ばした指を弾いた。
何も変わらない。でもすっと風が通った。
「え? 何が…あったの?」と私が訊くと、光君が答えてくれる。
人間でなくなったドロドロしたものが、サラリーマンの霊を蹴飛ばして、そして車の前に飛び出させて、事故を起こそうとしていたらしい。
「あ、昨日…パパの車も急ブレーキここでかけてた」と私が言うと、光君が怒って「もっと痛くしてやれば」と言った。
「サラリーマンは会社でのいじめがたたって、心労で倒れて、そのまま…。で死んでも、いじめられてるって」と光君が言う。
「え? 成仏してないの?」
「してない。悔しい思いもあっただろうし。だからそう言うところにつけ入れられて、変な奴に捕まるんだよ」と灯君が言う。
「変な奴? って?」と私が訊くと「まぁ、霊のチンピラみたいな? 悪意の塊っていうのかなぁ。そう言うのが、弱い霊を飲み込んで大きくなって…」と光君が教えてくれる。
「…それで、消したの?」
「うん。あぁなったら、成仏とかそういうレベルじゃないしね。取り込まれた弱い霊だって、もう自我はなくて、恨みしかなくなる」
「って言うか、その能力つかったら」と私は慌てた。
「いや、死なないよ」と光君は言う。
私はよく分からずに、光君と灯君を見た。
「とりあえず、お腹空いたから家に行こう」と灯君が言う。
私たちは三人並んで、夜道を急ぐ。ゆっくり話をしたい。私は灯君にも光君にも長生きして欲しい。何だか、妙に焦る気持ちが大きく膨らんだ。
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