第13話

ハプニング


 光君とファーストフード店で会った。灯君がいると、光君はちょっと不安定になると私は思ったから、外で会うことにした。


「昨日はごめんなさい」と私が言うと、光君は慌てて


「俺が…あんなことしたから」と被せる勢いで言う。


「ううん。私が勝手にいろいろ怖くなっただけなの。でもじゃあ…友達に戻ってって…メッセージもなくなって…そしたら淋しくなって。自分で勝手だって分かってるけど…」と私が俯くと、ポテトが目の前に差し出された。


「コトちゃん、ポテト好きでしょ?」


「うん。好き」


 唇に当てられるから、そのまま食べた。光君を見たら、温かい笑顔を見せてくれた。


「昨日、お母さんに怒られた。光のは愛情じゃなくて、独占だって」


「独占?」


「うん。…灯と喋ってるの見ると、すごくなんか…もやもやしてしまって、キスして…。それってコトちゃんのことを思ってしてないって。自分が不安になって、独占したい気持ちが強くなっての行動だから、怖いって思われたって」


 私は灯君と話すのは好きだし、勉強を教えてくれたり、尊敬している。でも光君が不安に感じるような気持ちじゃないと言ってもそれは伝わらない。


「灯に対しても、何だかイライラしちゃって」


「…そうなの?」


「うん。灯が余裕な感じだから余計に…。でもそれは置いておいて、俺がコトちゃんにしたことは愛情じゃなかったって分かったから」


 私は氷がいっぱいつまったオレンジジュースを光君の背中に当てた。


「…コトちゃん?」


「キスした時、背中にアイスが当たって冷たかった。外だったから気持ちよかったけど…」


「あ、ごめん」


「ううん。ファーストキスだぁって思いながら、背中冷たいなぁって。背中の方に意識がいっちゃってて。あんまり分かんなかった。でも…光君の気持ちが切羽詰まってるのは伝わってきて、それが怖かったの。好きなのに怖くて。でももう光君、謝らないで。私、光君好きだし、それにママがね、今日、パパのフレンチトーストに」と言った時、突然、すごい音がしたと振り返ったら、若い女の子が倒れていて、口から泡を吹き出していた。


 私は驚いて、椅子から降りたけれど、一緒に来ていた友達が駆け寄って、名前を呼んでいる。友達も倒れている子もゴスロリ服を着ている。


「なぎさー」と何度も繰り返し呼んでいて、清掃していた店の人が救急に連絡していた。


 不安で震えていると、光君が手を握ってくれる。若い女の子は血の気がどんどん失われていった。


 救急車が来るまで長い時間に思えた。でも十分くらいだった。そのまま女の子は担架で運ばれていき、友達も泣きながらついて行った。


「大丈夫かな…」と私は光君を見た。


 光君は「てんかんかな…」と呟いて、それ以上は何も言わなかった。


 私は胸がぎゅっとなった。でも光君の手が温かくて、それで何とか気持ちを保てた。人が倒れるのを見たのは初めてだった。しばらく落ち着かない店内だったが、徐々にまた元の空気を取り戻していた。でももう話すことが出来なくて、店を後にする。


「家に来る?」


「え? でも…灯君が」


「灯がいるから行こう」


 何だかよく分からないが、私は頷いて、光君の家に行った。ずっと手を繋いでいて、それが少しも嫌じゃなかった。


「光君。…さっき言えなかったけど、ママがパパに大好きってフレンチトーストに書いて…」


「あ、うん」


 少しぼんやりしている。


「どうかしたの?」


「ううん。それで…どうなったの?」


「それで二人ともラブラブになっちゃって。いいなぁって思ったの。私もそんな二人になりたいって思って」と私は光君に言うけれど、横顔が少し青ざめている。


「そうだね」と言った光君に私は「大丈夫? 何があったか教えて。もしかして…さっきの」と言いかけたけれど、光君は声に出さずに首を横に振った。


 でも明らかに変だった。絶対に、さっきの女の子が倒れたことに関係している。でもこれ以上は話してはいけないような空気を作っているので、黙ってついていった。



 マンションに着いた途端、灯君が呆れたような顔で


「ツインテールの黒くてひらひらした服を着た女の子連れてきて、何?」と言った。


 光君が「やっぱり」と言った。


 ツインテールのゴスロリの女の子はさっき倒れていた子だった。光君は見えなくなったはずなのに、感じるらしく、倒れた女の子を見た瞬間、非常に肩が重くなったらしい。


「成仏するように言ってくれる? トラは?」と光君が探すとトラちゃんはキッチンから出て来た。


「光、それは無理だ」と灯君が言う。


「え? なんで」


「その子、まだ生きてる」


「生きてるのに、なんで俺の横にいるんだよ?」


「タイプらしい」


「は?」と私と光君が同時に言った。


「早く戻った方がいいよ」と灯君が言うけれど、ちっとも動かないらしい。


「戻らなかったらどうなるの?」と私は聞いてみた。


「さあね。戻らなかったら、意識が戻らないってことじゃない? でも永遠にそうしてるわけにもいかないからねぇ」と灯君が言った。


 そして鋭い目で「そのままだと戻れなくなるよ?」と光君の横の空間に言った。


「…連れて行って、だって」


「はぁ? どこの病院かも分からんのに無理だ」と光君が抗議する。


 灯君は肩を落として首を横に振る。


「トラ、チュール、チュール上げるから」


 トラちゃんがとことこ歩いて、またジャンプした。


「あ、肩が軽くなった」と光君が少し喜んだ。


「うーん。でも残念ながらまた来るって。病院名調べたら、戻って来るってたよ」


 私と光君は思わず顔を見合わせた。そしてトラちゃんはチュールを光君に強請っていて、今度こそ、ちゃんとチュールをあげていた。


「それで仲直りできたの? 二人とも?」と灯君が聞く。


 私たちは顔を見合わせて「うん」と言いかけた時、


「早いお戻りで」と灯君が言った。


「あぁ。肩が」と光君はその場に座り込んでしまった。

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