第12話

愛情表現


 自分のベッドの上で、何度も寝返りを打つ。何度打っても変わらない。小窓から差し込む月あかりがうっすら部屋を照らした。彼氏彼女じゃなくなったから、私と光君はメッセージも頻繁にしなくなった。いつも「おやすみ」とか「おはよう」とかしていたのに、何となくしていいのか分からなくなる。友達に戻ろうと言っても、今度はどういうのが友達だったのか分からない。でも何だか淋しくて堪らない。私は眠れなくて、お茶を飲もうとキッチンに行った。


 ママが起きて、お茶を飲んでいる。


「ママ…」


「コトちゃん、どうしたの?」


「どうしよう…光君…どうしよう…私」


 何をどう説明したらいいのか分からない。ママがそっと私の肩を抱いて、お茶を飲ませてくれた。


「ママね…。何だか人を好きになることが嫌だったの。若い頃」


「え?」と言って、私はママの顔を見た。


「どうせ、いつかは終わるって…。どれだけ一生懸命にしたって、いつかは終わるって漠然と思ってて。一度も付き合ったことなかったの」


「そう…なの?」


「うん。勉強して、大学行って、会社入って、一人でずっと生きて行こうって思ってたの。だから恋愛に関して、いいアドバイスなんてできないけど、コトちゃんの気持ちを聞いてあげることはできるから…。辛いことは言っていいからね」


 ママに抱き着いて泣いてしまった。優しい匂いがする。ずっとその間、私の背中をゆっくりぽんぽんと軽く叩いてくれる。


「一緒にいたいって思うのに…どうしていいのか分からないの」


「分かる。ママも分からなかった」


「ママも?」


「そう。パパと一緒にいると何だか、どうしていいのか分からなくて。嫌いじゃないのに」


 私は驚いてママを見上げた。恋愛経験がないとは言え、ママは随分大人なのに私と同じ気持ちでいたことに驚きと同時に安心感を覚えた。


「ママはどうしたの?」


「どうもしなかったの」


「どうもしなかったの?」


「うん。パパが優しかったから。ママが嫌な事、何もしなかったの。ただ一緒に側にいてくれたらいいって…」


 パパらしいな、と思いながら、光君だって何も望んでいなかったと思う。


「ママ…。今日ね…光君にキスされたの。それで怖くなっちゃって」


「それはコトちゃんが悪くないわ。急にされたら怖くなるわよねぇ」とママまで憤慨する。


「ううん。キスは嫌じゃなかったの。でも…恋人の付き合い方って、友達と違って…なんか」


「駄目よ。コトちゃん。それはね、お母さんが許してくれないからって言って断って」とママは前のめりで言い出す。


「あ、それは私が勝手に考えてるだけで…ただの妄想で」と慌てて否定する。


「まだ中学生の恋人ってね。私は付き合ったこともないから分からないけど、友達と同じでいいと思うの。一緒に遊びにでかけたり、メールでメッセージ送ったり…。コトちゃんがあれこれ考えるようなことは大学生になってから…にして欲しいな…いや、でも…やっぱり…結婚して…」とママは最後の方はぶつぶつと呟く。


「友達と同じでいいの?」


「いいわよ。不安に思うこと、ママに言いづらいと思ったら、いつでも聖ちゃんとして相談にのるからね」とママが言ってくれるだけで、気持ちが明るくなる。


「明日、光君に会って、ちゃんと謝る」


「そうね。きっと喜ぶと思う」


「喜ぶ? どうして」と私は不思議に思って聞いてみる。


「…あのね、十子さんからメッセージが来てたの。『光が悪いことをしてしまったって、すごく落ち込んでいてご飯も食べてないから、コトちゃんはどうですか? 明日、謝りに行きたいけど、連絡も取りたくないかな』って」とママはメッセージを見せてくれる。


「ママ…私、メッセージ今から送る。きっと光君も眠れないはずだから」


「そうね。そうしたらいいわね」とママは私のおでことおでこをくっつけて「頑張って」と言ってくれる。


 ママの柔らかい匂いが大好きだ。私は頷いて、部屋に戻って、メッセージを送った。


『光君。おやすみのメッセージも送れなくてごめんなさい。今日は驚いて、勝手にいろんなことを考えてしまって、それで友達なんて言って、でも淋しくなって、わがままだって反省して、眠れなくて、ママとお話しました。それでメッセージを送ることになりました。


 大好きだからね。明日、会いに行くから。会って、もう一度、話をしっかりしたいな』と送った。


 すぐに既読がついて、電話が鳴るから慌てて取った。


「コトちゃん、ごめん」と光君の声がする。


「ううん。あのごめんなさい」と私も言った。


「コトちゃんが謝ることなんて何もなくて、本当に俺、なんか、不安で。コトちゃんが…俺を好きでいてくれるのか、不安で」


「好きだよ。それは絶対に」


 ふー、と長い息が聞こえる。


「もう遅いから明日話そう。宿題、終わった? 私もまだだから…また一緒にやろう?」


「うん。ありがとう」


 そして私たちは初めて「おやすみ」と言いながら、電話を切った。


 電話を切る時に「おやすみ」と言えるのと聞こえるのが幸せな気分になるって初めて知った。その後、すぐに眠ってしまった。


 眠る前に、ふとママが起きてたのはもしかして、私を心配していたから? と思ったけれど、そのまま眠りに引き込まれていった。


 


 朝、目が覚めると甘いフレンチトーストをママは作ってくれていた。


「ママ…おはよう」


「おはよう。コトちゃん」


 フレンチトーストの横にはぱりぱりに焼いたソーセージと焼きトマトが添えられている。


「すごい」


「へへへ。昨日、コトちゃんも晩御飯あんまり食べてないから、朝、頑張っちゃった」とママは微笑む。


「…ママ。ありがとう。私…心配かけて」と言うと、慌てて首を横に振る。


「嬉しいから。コトちゃんのためにすることは何でも」


 パパは仕事が遅かったのか、まだ寝ているらしい。


「ママはパパのことで何か気になることないの?」と私は聞いてみた。


「え? ないよ?」と即答だった。


 ないというか、あまりパパに関心が薄い気がしないわけでもない。ママは私が第一って感じだから、少しパパは時々寂しそうだ。


「じゃあ…お気に入りのところは?」


「それはたくさんあるわよ。まず、頼りになるところ。ちょっと何か壊れたら、修理に出さなくても自分で直してくれるし…。優しいし、賢いし、体も心も大きいし、後はねぇ」とまだまだ続きそうだった。


 でもパパには全然伝わっていない気がした。


「きっとパパが聞いたら、すごく喜ぶよ?」


「え? どうして?」


 ママは本当にすっとぼけている。


「パパはいつもママが私のことばかり言うから…」


「あ、だってパパは完璧だから、心配することないもん」


 私は目が丸くなるのが分かった。


「本当にないのよ? パパに対して不安とか、文句とか…だから…、つい…コトちゃんのことばかりになるのかな? パパのこと尊敬してるんだけど、伝わってない?」と聞くから頷いた。


「えー。そうなの?」


「嫌われてはいないって思ってるだろうけど…こう、積極的に好かれてるとは思ってないのかも」と言うとママは眉間に皺を寄せた。


「積極的に…かぁ」


「そう。でもまぁ…今の聞いて、私は安心した」


「待って、私も積極的に伝えることにする」と言って、立ち上がって、キッチンに向かった。


 ママが何をするのかと思ったら、フレンチトーストにチョコシロップで「大スキ」と書いている。そしてトマトをカットしてハートの形に並べ始めた。ママって美人なのに…恋愛スキルは自他ともに認める皆無だと思いながら、眺める。


 最後にホイップクリームまでハートにして、鼻息荒く「どうだ」と私を見た。


「パパを起こしてくる」と言って、私は部屋に行くと、パパは起きていて、もう着替えも済んでいた。


「パパ、おはよう。朝ごはんすごいよ」


「すごいの?」と聞き返して、こっちに来た。


 そしてテーブルに並んだパンケーキを見て、そして得意そうなママの顔を見て、パパは「え?」と驚きを隠さなかった。


「パパ、いつもありがとう」


「今日…。何の日だっけ」と慌てるパパに私は「パパへの想いだって」と言う。


 まだ状況判断ができないパパにママが


「伝わってないって聞いて…」と照れながら言う。


「ええ?」と驚くから、二人で「嫌なの?」と思わず聞いてしまう。


「あ、いえ。そうではなくて…。こんなに好きだって思ってもらってるなんて思わなくて」


「えー」とママは逆に驚いていたが、パパの気持ちは分る気がする。


 ママはクールビューティーで外面だけは、私以外には割とすんとして見える。


「お皿にあふれるぐらいですけど。なんなら、後十枚作れますけど」とママが興奮して言う。


 そんなママ、久しぶりで私とパパは目を丸くした。


 信用していないと思ったのか、ママが慌ててお皿を取りに行こうとするから、パパが追いかけて、後ろから抱きしめた。


「聖、すごく嬉しい」


 ママの耳が赤くなる。私は何を見せられているのだろう、と自分が発端なのにそう思った。そしてそんな二人をにやにや見ながら、甘いフレンチトーストを食べた。

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