第3話
初めての劣等感
元々、双子のお母さんの
最近、光君にもやがかかり始めて、そしてそれが次第に濃くなったから、意識を飛ばしてみると、私にたくさんの生霊が付いていることや、学校での立ち位置、そして暴言を吐かれている様子が見えたと言う。意識を飛ばすというのがよく分からないが、灯君には全て分かると言うことだろう。
だから私の生霊を送り先に返そうと思って呼んでくれたらしい。でもすでにトラちゃんが返したから、今、私には何もついていないと言う。
「トラが何かしたでしょ?」
「あ…うん。キスして」
あれで飛ばされたんだ、と納得した。すると灯君はくすくす笑いながら
「光のも飛ばしてやろうと思ったら、意地悪されたからしてあげないってトラが教えてくれた」と言う。
そう言えばチュールあげてなかった…と私は納得する。
「後、コトちゃん自身がくすんでたから…。言葉って呪いだからね。近くの人に言われるのも辛いけど、遠くの存在の人に言われるのも結構堪えるよね。コトちゃんは可愛いから大丈夫だよ。明日、学校行ってみて」
「え?」
「学級閉鎖になったりして…」と灯君は言う。
「インフル流行ってるの?」
「流行ってないよ」と穏やかに微笑む。
「あの…光君の靄は取らなくていいの?」
「あー、あれね…。悪魔だから。コトちゃん変な事されてない?」と聞かれて肩が上がる。
キスしたいとか言われたことはばれてるかもしれないけど、一応、内緒にしておく。
「ううん」
「もしされそうになったらぶっ飛ばして良いよ。あいつもそういう下心はあるだろうけど、そうさせてるのは悪魔だから」
「え? じゃあ、早く外さないと…」
「うん。でもさ。大元を探ろうかなあって思ってて。だって、考えても見て。おかしくない? 今まで小学校が一緒だった子まで集団心理っていうのかな、そういうみんな
で意地悪したら怖くないみたいな…。きっと何かある気がして。学校に?」と自問自答していた。
「学校? でも…灯君は違う学校だから」
「うん。そうだね。だから…どうしようかなぁ。夜に忍び込むか…」
私は光君がずっと出て来ないのが少し気になっている。
「光君…遅いね」
「シャワー?」と言って、灯君はバスルームに向かった。
丁度その時、チャイムが鳴って、お母さんが下に来たと言う。私は勝手にオートロックを開けて、玄関に向かった。
しばらくするとすごい大荷物でママが来た。
「コトちゃん…」と言って抱きしめられる。
ママの匂い。柑橘系と少しだけスパイシーなものが混ざってる。手作りの香りミストで私にもくれる。
「どう…かしたの?」
「あのね…大丈夫ならいいの」と言って、大荷物を持って家の中に入ってきた。
すると、裸の光君を灯君が引きずり出しているところだった。大事なところにはタオルが掛けられている。
「…どうしたの?」
「湯あたり? 倒れてたから」と灯君が床に寝かせる。
「ちょっと。コトちゃん、お水持ってきて」とママが光君に駆け寄る。
私が灯君に断って冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。コップに注いで持って行くと、
「光君…臭い」とママが言っていた。
「え?」と私は驚いて近寄る。
「あ、ごめん。コトちゃん。お水ありがとう」とママはコップを受け取って、光君を起こして飲ませる。
意識が戻ってきたようで、水を自力で飲み始めた。
灯君が服を持ってきて着させる間、私とママは後ろを向いていた。私は小声で「臭いってどういうこと?」と聞いた。
「うーん。なんかねぇ。腐ってて、それでいて重たい匂いがしたの。電話でもね、最初は光君が取ってくれたでしょ? 声が割れて聞こえてきたの…だから、ちょっと心配で」
それで玄関で抱きしめられたんだ、と私は思った。
何か良くないことが起きてる。
「ママ…」と言うと、手をぎゅっと握ってくれた。
灯君が「もういいよ」と言うから二人で振り向く。
「…ごめん。急に立ち眩みかな」
「大丈夫?」と私は光君に近寄った。
「うん。ごめん。なんか…少しだけすっきりしてる」と光君は濡れた髪にタオルを掛けられている。
「ご飯持ってきたから、食べましょう」とママが明るい声を出す。
無理してる気がして、私はママのことも心配だ。食べようと準備をしていると、十子さんが帰ってきた。
「あ、遅くなってごめんなさい」と言って部屋にはいって固まっていた。
「…光」と声をかけたものの動かない。
十子さんには何が見えるのだろう、と私は光君を見た。見た目は少しも変わっていない。
「トラちゃん」と十子さんはトラちゃんを呼ぶとトラちゃんはすぐに来て返事をしている。
「光を助けられる?」と十子さんは言う。
「だめだよ。トラ、怒ってるから。おやつくれなかったって」と灯君が言う。
「え? でも」
「…そもそも光が悪いんだから」
光君が俯いて
「聞こえるんだよ」と言った。
「最近、頭に訳の分からない言葉のような音楽のようなものが聞こえる。それが聞こえると自分がひどく駄目な人間に思えてくる」と続けた。
私は驚いた。いつも自信にあふれてきらきらしている光君がそんなことを思ってるなんて思いもしなかった。
「こんな…俺だからコトちゃんにも嫌われるんじゃないかって…不安が大きくなって…」
キスを強請ってきたりと、ちょっと様子がおかしかった。
十子さんが何か言おうとした時、灯君が遮った。
「初めて僕に負けたと思ったんじゃない?」
光君が灯君を睨んだ。
「だって今までずっと運動できる光は僕に負けたなんて思ったことないよね? 名門校に入学した僕が羨ましかった? でもさ、光はいつも何でも欲しいものを先に勝手に手にしてて、ずるいんだよ」
「灯…辞めなさい」と十子さんが言った瞬間、光君から黒いものが大きく広がったのが私にも見えた。
「え?」
「捕まえた」と灯君が言う。
灯君が右手を軽く上げて指を音を立てて弾く。その瞬間、光君が床に崩れ落ちた。
「あ…」と十子さんが駆け寄る。
私はどうしていいのか分からなくて、呆然とした。黒いものはもう見えなくなっている。
「光君…大丈夫?」とママが言って、十子さんの横に行く。
灯君が私に「馬鹿だから…奇跡的に何の劣等感も感じずに生きて来たんだよ。自分とそっくりな鏡がすぐそこにあって、自分が一番だと信じて揺るがなかった。僕はちょくちょく感じて、自分で折り合いつけてたたけどね。初めての劣等感にさっきのが寄ってきたから、ややこしいことになった」と言った。
「灯君、さっき言ったことは本当?」
灯君は私をじっと見て言った。
「本当だよ。ずっと負けてるって思ってた。でもそういう自分の卑屈なところを早めに自覚してたし、だから勉強で頑張ろうとも思えたから。ある意味、自分をコントロールできたから良かったのかな。光は…人を羨むことも初めてだったんだろうね」
確かにそれは分かる気がする。光君はいつでも誰にも優しくできた。きっと自分の嫌な感情なんて感じたことがなかったはずだ。
「…光君についてたのはとれたの?」
「とれたっていうか、消した? まぁ、あぁなったらどうにもならないからね。話もできないただの悪の塊だもん。…後ね、大元が分かった」
「大元?」
「うん。光の好意を利用して、周りの悪意をコトちゃんに向けさせた大元」
「私が…恨まれてるの?」
恐る恐る灯君に聞いてみた。
「…うん。まぁ、酷い逆恨みだよ。担任からの」
「え?」
中学生になって一月足らず、私は担任の先生とまともに話したこともない。灯君は「ご飯食べよう。お腹空いた。…ちょっといろいろするとお腹空くんだよ。だからトラにもチュール上げないと、そりゃ恨まれるよ」とぼんやりしている私に言った。
「…うん。ママの作ったの美味しから…。光君は食べれるかな」
「うーん。どうかなぁ」とソファに寝かされた光君を眺める。
ママが「あ、先に食べてて」と私たち二人に言ってくれたから、私はママが準備していたタッパーの蓋をあける。ポテトサラダや、から揚げ、卵焼き、おにぎりやお稲荷さんまである。お稲荷さんとから揚げは近所のお店で買ったものだった。
紙皿まで用意している。まるでパーティ見たいだった。私は灯君に好きなものを取ってもらおうとした。
「私…どうして恨まれてるのかな」
「ちょっと先に食べさせて。炭水化物」と言ってお稲荷を取って口に頬張った。
すごく切羽詰まったようなお腹の空き方で、私はお稲荷を食べている灯君の前にから揚げやら、卵焼きやらポテトサラダを取り分けて置いた。
「たくさん食べてね」と言うと、今度は黙っておにぎりを手にしている。
それを黙って食べ終わるのを見ていた。そう言えば今日、光君がお弁当を口に頬ばって私のクラスに来たことも思い出された。奇行と言えば奇行だけれど、今の灯君を見たら、そうでもないのかもしれない。
「灯君、よく噛まないとだめだよ」と一応言っておいた。
まだ口を動かしているから返事はしないけれど、首を縦に振ってくれた。その間にお茶をコップに入れて、差し出す。それを一気に飲んでから説明してくれた。
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