第2話
キス
光君の家に着くと、すぐに私は家に電話した。ママは心配症で、私に何かあったんじゃないかとすぐに大騒ぎするから、光君の家に立ち寄ることを伝える。
「光君? じゃあ何か夕飯を持っていってあげるね」とママは言う。
光君の両親は共働きで、帰宅が遅いのと、お母さん同士が友達なので、ご飯も一緒に食べたりする。
「え…と。でも十子さんが何か用意してるかもしれないし…。聞いた方がいいかも」
「あぁ、そうね。じゃあ、聞いたらまた連絡するね」と言ってママは電話を切った。
灯君の学校は終わるのが遅いし、電車に乗って帰ってくるので七時くらいになると言う。私たちはリビングで宿題をすることにした。足元にブルーグレーの猫のトラちゃんがやって来た。
「あー、ちゅーるを強請ってるなぁ」と光君は戸棚からチュールを取り出す。
私は虎ちゃんを膝にだっこすると、キスをしてくれた。
「可愛い」と私は思わず抱きしめようとしたら、するりと腕を抜けていった。。
「あー、トラ、ずるい」と光君がこっちを向いて言った。
トラちゃんは光君の足元に寄ってチュールを強請っているが、光君はなかなか渡さないから可哀そうになる。
「あげてよ」
「じゃあ、コトちゃんとキスしていい?」
「え?」
「だってトラとキスしてたじゃん」
トラちゃんのキスは挨拶じゃない、と思いながら何も言い出せないでいると電話が鳴った。光君が取るとママからだった。
「ご飯持って行っていいって聞いたから、今から作って持っていくね」とうきうきした声が聞こえてきた。
「うん。灯君は七時に帰ってくるって。うん。だからその頃に」と言って、私は受話器を置いた。
「コトちゃん、キスしていい?」
まだ忘れてない。
「光君…目をつぶってて」
そう言うと、素直に閉じてくれる。私は彼の頬に唇をつけた。
「これでいい?」
「うーん。いい。すごくいい」と言って、光君は床に転がった。
そしたら手にしていたチュールをトラちゃんに奪われる。そして私に持ってくるから、端っこを開けてあげる。
「コトちゃん…。俺と灯とどっちが好き?」
トラちゃんが必死にチュールを食べているのが可愛い。
「え?」
「あいつ、なんでコトちゃんを呼べって言ったんだろ?」
床に転がって天井を見上げる。
「顔一緒で、あいつの方が頭良くて…。本当に俺のこと好き?」
そうやって拗ねているところは全然違う。灯君はそんなこと絶対言わない。トラちゃんがチュールを食べ終わるのを待って、私は光君の横に行って「宿題しよ」と言った。
「…うん」と言ったものの起きて来ない。
顔を覗き込んで、
「好きだよ」と私は言った。
面倒くさいところもあるけど、私は光君のことが好きだった。まっすぐに伝えてくれる気持ちが嬉しくて、ずっと側にいたいと思ってた。
「…でもね。ちょっと距離を置きたいの」
何も言わずに上体を起こす。
「今、クラスで浮いてて」
「知ってる。だから…先生にも言ったし」
「うん。でも…やっぱり男の子と通学してくるのって目立ってるみたいで。クラスの人だけじゃなくて、上級生からも嫌われてるみたいで」
見たことのない上級生に通りすがりに「ブス」と言われたこともある。
「…コトちゃん」
私は微笑もうとしたけど、涙が零れた。涙を指で掬ってくれて、真面目な顔をして言う。
「可愛いからいじめられるんだな」と盛大な勘違いする光君に思わず吹き出してしまった。
「そんなこと言うの、光君だけだよ」
「なんで? 本当のことなのに」
きらきらしている瞳に私が写ってる。その瞳はどうしてちゃんと見えないのかな、と私は不思議になる。
「とにかく宿題しよう」と私が立ち上がろうとしたら、今度は光君が腕を掴んで額にキスをした。
「コトちゃんを傷つけるやつは許さない」
「傷ついてないよ…」
光君は私より怒っていて、すくっと立ち上がった。そして冷蔵庫からアイスを取り出して
「宿題しながら食べよう」と言った。
宿題が終わってテレビを二人で見ていたら、灯君が帰って来た。
「おう。お帰り」と光君がテレビを見ていただけなのに、私の肩を抱いて引き寄せる。
「ただいま」と無感動な声で灯君が言って、手を洗いに行った。
「喧嘩してるの? ちょっと恥ずかしいから、放して欲しいんだけど。ママも来るだろうし」と言うと、腕を外してくれた。
「コトちゃん…」と灯君に呼ばれたから振り向くと、私を上から下まで眺める。
「灯、何見てるんだよ」
「ふーん。トラが外したか…」と灯君は言って、トラちゃんの方に歩く。
するとトラちゃんが何かを話すような感じで鳴いた。それを聞いていた灯君は光君に
「おまえ、馬鹿なの?」と言った。
「はあ?」
「コトちゃん、いじめられてるっていうか、ハブにされてるのはお前のせいだよ」とはっきり灯君が言った。
「俺? 何もしてないけど?」
「やっぱり馬鹿なんだなぁ」と深くため息を吐く。
「なんだよ。馬鹿なのは分かってるけど、俺のせいってどういうことだよ?」
灯君は私にたくさんの生霊がついているのが分かっていたらしい。それは光君を好きだと思っていた多くの女の子たちのものだった。
「それに…ブスって言われてない?」
灯君には隠し事はできないから、私は頷いた。
「なんだとー? コトちゃんがブスなわけない。そいつは盲目か」と光君が声を大きくする。
盲目は光君の方だと私は思った。そんな私の目の前に来て、灯君はゆっくりと言った。
「川上コトはかわいい」
「人の彼女に何言ってるんだ」
光君が秒で灯君の首元を絞めている。
「ちょっと」と私は仲裁をした。
「川上コトはかわいい」と首を絞められながらも、もう一度ゆっくり言う。
なぜだか分からないけれど、目の奥が熱くなる。私の様子を見て、光君は手を離した。
「川上コトはかわいい」
涙が零れた。
「言葉は呪いだからね。人に言われて、自分でもそう思ってたでしょ?」と灯君が言う。
「俺は可愛いって言い続けててのに」
「お前じゃ無理なんだよ」と灯君は言う。
「なんでだよ?」
「ちょっと冷静になりなよ。シャワーでも浴びてきたら」と灯君が面倒くさそうに言った。
私は弁解ではないけれど光君が言ってくれるのは嬉しかったけど、それは好意があるからだと思ってしまったと言う。
「…コトちゃん」
「だから、悪意も好意も何にもない俺が言う方が有効なんだよ。っていうか、お前、潰すよ?」と最後はびっくりする台詞を言って、片手をあげた。
光君は慌てて、シャワーを浴びに行った。
「今の…何?」
「今のは光に憑いた悪魔に言ったんだよ」
「あ、く、ま?」
「そう。あいつ、憑かれてる」
「え?」
「ここんところ変じゃなかった?」
「変て言うか…」
「まぁ、いろいろトラに聞いたけど…」と言って、灯君が把握している話を教えてくれた。
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