第9話 出会い



 俺は宿屋から脱出した。

空はもう、朝焼けを映し出していた。

こんなにも空気が美味しいなんて生まれて初めて知ったかもしれない。


ただ、歩く人々はまるで、最悪の空気を吸わされたかのような顔で俺を見ている。

当然だ。こんな血まみれの姿をしているのだから。


その時、道の奥で白いローブをまとい、金の紋章をした"彼女"と目が合った。

一瞬、全身が痙攣した。

次の瞬間、俺は反射的に逃げ出していた。


「あ、ちょっと待って。」


しかし、徹夜したニートの体力なんてたかが知れている。

数秒も経たずに捕まってコケてしまった。

「もう、どうにでもなれ」と諦めた瞬間、意識が途切れる。



朦朧とした目覚めに曖昧な白と緑が写った。

俺は広い緑地の木陰で寝ていた。


「おはよう。」


その木に凭れて、分厚い本を読んでいる銀髪の彼女がいた。

ロングボブの銀髪が、ゆるやかに風に揺られて、木漏れ日を反射させていた。


「どうして俺を助けた。」

「貴方は私達の……私の被害者だから。」

「俺を殺すんじゃないのか?」

「貴方に暗殺の命は出ているかもしれない。

けど、私は転生魔法の研究しかまだ命じられていない。」

「詭弁だ。この状況がバレればお前もただじゃ済まないはずだ。」

「そんなこともない。

現に、転生魔法の結果が失敗でも、何の処分も出ていない。

この国には私が必要だから。」


彼女は俺に一瞥いちべつもくれず、独り言のように話していた。


「……取り敢えず、向こうで体洗ってきてください。血なま臭いです。」


ようやくこちらを向き、対話をしようとする気が感じられた。


ここはフェンスに囲われた四角い庭だった。

向こうのはしに外観の面でいえば無意味な噴水があったので、着衣したまま噴水のシャワーを浴びる。

滝行のようだったので、体を倒して、全身を洗浄した。

とても心地良くて、このまま寝てしまいたかった。


「死にますよ。」


水流が柔らかな背凭れへと変形、変質し、体が勝手に起き上がった。。


「別に死んだって良かった。」

「虚無的ですね。人殺しがそんなに堪えましたか?」

「いいや、よく分からない。」


テラス戸が開き、タオルが飛んできた。


「体が冷えますよ。」

「なぜ、俺にこんな待遇をする。」

「何度も言わせないでください。罪滅ぼしです。」


(そういえば、彼女が転生魔法に失敗したとか言ってたか。)


「なら、ベッドを貸してくれ。もう少し寝たい。」

「……はい」


彼女は少し照れくさそうだったが、初めての異性のベッドに興奮する余裕もないほど、俺は疲れていた。


彼女の赤茶色の魔法陣で体を乾かしてもらい、事前に用意されていた男性用の服に彼女の死角で着替え、再度、赤茶色の魔法陣で髪を乾かしてもらった。


「それではこちらへ。」


家は、庶民が暮らしてそうな平屋だった。

そこから、本で散らかったリビングを通り、寝室に入った。

そこも、本で散らかっていた。


ベッドを貸してくれた彼女はその隣にある散らかった机で、何やら勉強でもするかのようだった。


俺は横になり、いい匂いのするふかふかベッドで、深い眠りへと沈んでいった。

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