第8話 葛藤
彼の胸の紋章には、「アルタ ヴェール」と刻まれていた。
道端で出会った子、「リア ヴェール」と同じ苗字だった。
偶然だと思い、顔を見た瞬間、既視感が走った。
(この顔……)
その顔は、迷子のリアを探していた男性の顔あり、浮浪者に絡まれたときの警備員の顔である事も思い出した。
そう考えると、色々なことが腑に落ちた。
なぜ、あの警備員は、介入も注意もしてこなかったのか。
それは俺自身が無力であることを知っていたからだ。
なぜ、昼間から母と一緒にあそこに居たのか。
それは俺のことを付いて来ていたからだ。
一緒に娘を探すふりをして、俺を見つけて、仕事の言い訳で去る予定だったのだろう。
しかし、彼は俺に偶然見つかって、顔を見られてしまった。
(娘をターゲットに任せるか、顔を見られるか、という二者択一で
彼は仕事を選んで、顔も見られた……ドジすぎる。)
その瞬間、リアが両親を抱きしめていることを思い出してしまった。
急に頭が重石が掛かったように重くなった。
無心になって、刺された革袋の修繕を試みた。
樹液で重ねたらなんとかくっ付き、持ち物の重量もないので、今のところは大丈夫そうだ。
続いて、厚手袋とレイピアで鋼糸をドアから引き外し、首なし死体からマント間の首元を結ぶ紐を入手した。
その紐を鋼糸の糸巻きに通し、紐の両端を左手の厚手袋に付ける。
紐の先に小石でもくっ付ければ、切れ味鋭い伸縮自在のムチが完成する。
最後にレイピアの鞘と矢の筒に毒を入れた。
どうせ、俺は国を相手にするのだ。
かすり傷が致命傷になるようにしたかった。
また彼女の笑顔が過った。
(何甘いこと想ってんだ。所詮は赤の他人だろ?
俺は子供を救って、幼少期の経験に意義を見出したかっただけだ。
俺の本性は、人殺しに優越感と快楽を感じるサディストに決まっている。)
頭を二度、
浅く吸って、深く吐いた。
(この血の匂いから、いい加減抜け出したい……)
ロビーを見た。おじさんは力が尽きたように眠っていた。
俺はこの瞬間を期に、宿屋から脱出した。
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