第2話 ハッタリ



 王城の大きな玄関から出て、曲がりくねった長い坂からこの世界を一望した。

石造りの地面。少し古びた白い家々。くすんだ屋根の黒瓦。ぽつぽつと並ぶ屋台。

空気が澄んでてとても心地いい。

腰を精一杯伸ばした。

心做こころなしか、雲がとても近くに感じた。



散策していると、周りの人はジロジロとこちらを見てきた。


当然だ。


ここでは絶対に見かけない様相をしているのだから。

道の中央を歩いていたら、誰かが話しかけてきた。


「おい。てめぇ、もしかして転生者か?」


やはり、転移者の噂は一般にも周知しているらしい。


「うん、そうだけど……」


わざわざ立ち止まって返事をすることもないだろうと思っていたら、金貨の袋を持っていた右手首を乱暴に掴まれた。


「金いっぱい貰ってんだろ?優しい勇者様はそのお金を少しは恵んでくれねぇのかよ。」


気づけば周囲に野次馬の人垣ができる。巡回中の衛兵も足をとめたが、介入する素振りはない。異界人がどうなろうと知ったことではない、という態度がありありと透けていた。


相手の握る握力が強くなっていった。

自分がのことを強者だと信じ込み、弱者を搾取することに微塵みじんの疑いも持たない人種。

一番嫌いなタイプだ。


金貨の入った袋を左手に預け、掴まれた手首を軸にくるりと円を描くように回し、掴み返した。

小手返し。関節の構造を利用しただけの護身術だ。


そのまま手前に引っ張ったら、重心でよろめき、自分の足に引っ掛け、転倒した。


男は唖然あぜんとしていた。


前屈みになりながら、目を見開いて相手の眼球を凝視し、顔面に向けて手をかざそうと伸ばした。



「お前、殺されたいのか?」


即死魔法でも使えそうな形相で言ったが、当然ハッタリだ。


「ヒィ!」



尻を叩かれた馬のような声を上げて、逃げていった。


(良かった……これで逃げてくれなかったら、俺が全速力で逃げる方になってた。

 こういう手が通じるのは、今だけなのだろう。)


そんなことを思っていたら、周りの観衆が恐怖に満ちた顔でこちらを見ているのを気づいた。


衛兵が、正当防衛の脅しであると理解してくれたのか、関与してこなかったのは不幸中の幸いだった。



(さて、この2度目の人生、どう生きて、どう死のうか。

 やはり、現実では味わえないスリルと未知を体験できる冒険者が面白そうだ。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る