第1話 王座の間




 ぼんやりと視界が開けていく。


一瞬、天国に来たかと思った。


自分が寝ていた真っ赤なカーペットには、自分を取り囲むように黒焦げた大きな魔法陣のようなものがある。


側面には西洋風の兜と鎧を着ている郡がびっしりと並び、その後ろに貴族のような人達が椅子に座り、訳のわからない言語でヒソヒソと話している。


正面には、最も豪奢な服装に身を包む、王冠をかぶる壮年の男性が玉座に座っていた。

その両後ろには、背中に大剣を背負い白い文様の描かれた黒い甲冑を纏う大柄の者と、プールポワンを着た姿勢の良い金髪角刈りの男性がいる。

その角刈りの男性が、こちらに手を向け、「ヴェラバ・トランスレイティオ」と唱えた。


そこから白い魔法陣のようなものが出現した。


俺は正直、期待を胸に膨らませていた。



「どうやら起きたようだな。具合はどうだ?」



王様にいぶかしげな顔で言われた。

いや、元からこんな顔なのかもしれない。


「少し、動揺してます。」


「それにしては、表情も顔色も一切変わらないな。」


「元々表情が希薄とよく言われます。

自分は楓月……アサヒ・フウヅキと言います。

貴方は、どなたでしょうか。ここはどこでしょうか。」


「我が名はラタン・グレグラス。

ここは、イシュカール連邦国、中央地区アストラ、王城アルカムの王座の間だ。」 


そう言われても全くどこか分からない。

が、異世界転移は確定したらしい。


念の為聞いておこう。


「なぜ俺は、ここに呼ばれたんですか。」


「お前には、勇者として尋常ならざる魔力、闘力、特力が与えられただろう。

その特別な力を使って、この世界を仇なす魔王を倒してほしい。

その暁には、お前を元の世界に戻してやろう。

それまで、豪勢な生活を私が保証し…」



<<バンッッッ!!!>>



その途端、突然大きな扉が開き、白いローブを着た女性の集団が、大股で歩き、自分の隣に来るやいなや、膝を付き、深く頭を下げた。


先頭に居る女性は、まだ高校生くらいの若さに見えた。

白いローブの左胸には金の紋章を付け、豪華な長杖ちょうじょうを携えている。

その白髪は、前髪ぱっつんのストレートロングボブで、頭には木製の髪飾りが飾られていた。

丸い目の奥には、灰色の虹彩に白い瞳孔が浮かび上がっている。


「グレグラス様。ご報告です。

オムニスフィアでオーラを確認したところ、転生者様の闘力のオーラを微力だけ感じ、その他、魔力、特力のオーラがいづれも全く感じられません。」


その先頭の女性が少し焦り気味で滔々とうとうう。

それは芯がありつつも儚げな声だった。


「それは…確かであるか?」

「はい。間違いありません。」

「原因は何だと考える?」


国王が気が抜けたように、体を背凭れに沈ませる。


「先日のご報告通り、転移大魔法レノヴァティオ・エクシステンティアが記述されていた古代遺物アルカヌムは、古紙であったため、摩れ、破れていました。

それを何とか我々で紡ぎ、補い、発動まではできたのですが、まだ、完全ではなく何かが不足していたのだと思われます。」


「やはりそうか……ただ幸い、魔法陣記述用のインクがある。」


「しかし……それは……」


そう言って、彼女は哀れみの目で俺に一瞥をくれた。


「ならん!今我々はそれどころではない!全国民の命が掛かっているのだ!」


正直、専門用語が多すぎて、二人が言ってることは分からない。

ただ、異世界転移に失敗して、自分の存在が無力ということは分かった。



気づけば沈黙が訪れていた。



何か話せ。といったの空気だったので、仕方なく言った。


「それなら、所詮自分には何もできないので、そこらへんで生きて、そこらへんで死にます。

ただ、自分がこの世界に馴染めて、稼げるようになるまで、数カ月分生きていけるお金をください。

それくらいは、責任取ってくださいますよね……」


どうせ最初の「豪勢な生活の保証」などが消えるのは確定している。

ならば、せめて相手も面子があるだろうし、タダで捨てられないようにしておこう。


皆の表情には、驚きと見下しと安堵が混ざっていたような気がした。


「……分かった。いいだろう。金貨100枚を小袋に入れてもってこい。」


並んでいる手前の騎士に命令を言い放った。


思いのほか太っ腹だったが、「早く出ていけ」とでも云うような目つきをしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る