探索
砂浜の上を裸足で歩いていたジェイドは、ふと自分の無防備になった足元を見た。次いでオニキスの頭から爪先までを見遣る。自分も彼も足を保護するものを身に着けておらず、もしこの先砂浜でない地面を歩く時に裸足でいては、怪我をする可能性が高くなるだろう。そう思い、ジェイドは砂浜に打ち上げられた廃材や近くにあるものを利用して二人分の靴を作ることにした。この島に来るまで履いていたブーツは道中捨てて置いてきてしまったので、今更来た道を探すのも億劫になり先へ進む道を選ぶ。すると急に砂浜が途切れ、密林らしき鬱蒼とした緑の塊が見えた。この先へ向かうのに裸足では、余計に危険だろう。何処に野生の猛獣や毒性生物がいるのかも分からず、これから暗くなれば足元も不安になる。辛うじて手が届く範囲に生えている、名前の知らない大きな植物の葉を採取して足に巻きつけ、靴の代わりにした。靴紐の代わりに伸縮性のある蔓を見つけて巻きつけ、二人とも不格好ながら少しだけ防御力が上がった気がした。歩き出すと肌と葉が擦れ、徐々に暖かく感じてくる。この葉を敷いた上に寝れば体温を保てるのではと咄嗟に判断したジェイドは、オニキスに同じ植物の葉を採って欲しいと頼んだ。
「二人分だから、十枚もあればいいと思う。採れるか?」
「任せな!」
オニキスが手の平を広げて指先を曲げ、力を込めると、突然黒い爪が伸び鉤爪のように鋭くなる。一体何が起きたのか理解できなかったジェイドは眼を瞬かせ、瞬時に腕を振るい大きな葉を何枚も採ったオニキスの姿に感嘆の声を漏らした。魔法や黒魔術の類ではなさそうだが、今まで見たことのない形態変化に思考が追いつかないでいる。
「…おまえ、そんなことができたのか…。…凄いな」
「知らん。気が付いたらできた」
「……」
無意識にそれが行えたと言うのなら、やはり彼は人間か人間と同等の生き物ではないのだろう。彼の正体が何であれ、味方でいる方が何かと助かることは確かだった。ジェイドは採って貰った葉を重ね、蔓で巻いて自分の背中に背負う。胴体に回した蔓を腰の辺りで結び、身体に密着させると両手の動きを疎外せずに運ぶことが可能となった。
「おい、ジェイド。ほかには何が必要だ?おれが捕ってやる」
「ありがとう。そうだな…食えるものを探す為にその力を使ってくれると助かる」
「ああ!…食えるものって、何がある?おれは骨さえあればそれでいい」
「それは俺も探しているところだ」
完全に闇が辺りを支配してしまう前に、せめて夜を明かす場所を見つけなければならない。目下の目的は食料、灯り、風雨を凌げる寝床だ。食と住に関するもの以外の探索は一夜明け、太陽が昇ってから再び周辺を探してからでも遅くはないだろう。そう、ジェイドが判断していた矢先のことだった。少し離れた場所から、オニキスがジェイドを呼ぶ声が聞こえる。
「おい!何か見つけたぞ!」
密林に沿って縦横無尽に歩いていたオニキスは、偶然現れた洞穴のようなものを見つけた。中は狭いが奥に続いており、生暖かい風が内部から吹いて来る。急いで彼のいる場所にジェイドが向かうと、この島にやってきて一番の笑みを浮かべた。
「でかしたぞオニキス!これで夜の間は雨風が凌げそうだ!」
「へへ…当然だろ」
嬉しそうに笑うオニキスの頭をぐりぐりと撫で、ジェイドはその中に入り夜を明かすことを告げた。その空間の中は薄暗く、岩壁には光を放つ苔と茸が映えているが灯りと言うには心許ない。道すがら目印にするために小石を拾い、洞穴を歩く途中で光る苔を小石に擦りつけ、地面に置いた。背後を振り返ると点々と続く蛍光色が一直線に続いており、ある程度は効果がありそうだと判断した。
広い場所に出るまでと決め歩みを進めていた二人は突如、海中に浮かぶ気泡のような円形状の空間に出た。うす明かりに眼が慣れた頃、ジェイドは火を起こせるものを探す為、辺りを見回す。オニキスは初めて見たであろうその空間や岩に生えた茸、発光する苔に驚き、声を上げている。
「ジェイド!なんだこれは!」
「さぁな。俺にも分からん。…食えないのは確かだろうが」
「そうなのか?」
「光を放っているのはそれを起こす微生物や、何らかの反応を起こしていると言うことだ。それを食べておまえの身体が光っても知らんぞ」
「おれの身体が光る…?ははっ!面白いことを言うな」
全身眩い光沢を放つオニキスを想像して笑いを噛み殺しつつ、ジェイドは
「…オニキス、おまえに頼みたいことがあるんだがいいか?」
「ああ、なんでも言ってくれ」
未知の場所に眼を爛々と輝かせている青年に、このことを言うのは少々残酷かもしれない。しかしこれ以上理由もなく動き回るのは体力を消耗してしまうため、苦肉の策で「お願い」することにした。
「…俺は火を起こすものを探している。小枝、枯葉、なんでもいい。燃えそうなものを見つけたら教えてくれ」
「わかった!」
「いいか、見つけたら教えてくれるだけでいい。何が起きるか分からないから、触るんじゃないぞ。それから移動するのはお互いの声が聞こえる範囲までだ。俺が返事をしなかったら、オニキスは来た道を戻ってくれ」
本当に分かっているのだろうかとやや不安に思いつつ、喜び勇んで再び歩き出したオニキスの背中を見送る。兄弟のいないジェイドは、もしかしたらこれが弟というものなのかと何となく合点がいったような表情を浮かべた。動きたくとも薄暗く、オニキスのように堂々と歩くのは少々恐ろしい。何故彼がそこまで自信満々に暗闇の中で歩けるのかは分からないが、どうしても心配になってしまう。
「…オニキス?大丈夫か?」
「ああ!ジェイド、こっちは凄い明るいぞ!」
凄い明るい、と言われてもオニキスの向かった先はジェイドの周囲同様に暗く、慎重に歩かざるを得ない。一歩一歩踏みしめるように歩き出し、同時に声を張り上げた。
「今行くから、そこを動くなよ!」
その声に、返って来る声は聞こえなかった。
× × ×
返事が返ってこないことに焦ったジェイドは、少しだけ前に動かす足を早めた。そして息を潜めると、伸ばした手の指先に何かが振れる。
「ジェイド、天井を見てみろ」
いつの間にかオニキスが直ぐ近くに立っており、耳元でそう言われ驚いたジェイドはよろめきそうになる。倒れてしまう前にオニキスが彼の背中を支え、その拍子に天井なのか壁なのか分からない突き当りがジェイドの視界に入った。
「…っ!」
星と見まごうばかりの細々とした明るさが、一面に広がっている。瞬いたり制止したりとその光の波長は一定ではなく、不意に消えたと思ったら再び灯り出した。
街の灯りと言えるほどの明るさはないが、確かにこの風景は先程居た場所よりも『凄い明るい』と言えるだろう。暗闇に眼が慣れて来たジェイドにも、その灯りは幾分か眩しく見える。光源は苔や茸と言うより、仄かに光を放つ蛍石や発光することにより求愛行動を取る、小さな虫のように思えた。
「…なんだこれは…」
「おまえは知らないのか?星だろ?」
「いや、俺の知っている星はここまで近い場所にあるようには見えない…それはともかく、ここなら大丈夫そうだな」
本当に星空なら安全この上ないのだが、何が居るとも知れない無人島で警戒することなく眠ることは無理だろう。ジェイド自身、剣術を極める為の冒険を進めている中で気が付いたら狼に囲まれていたり、盗賊に身包み剥がされ掛けた経験もある。故に、この島で出逢う生物自体信用していいのかどうか怪しい。
そもそもオニキスの正体は何なのだろう、と堂々巡りに陥りそうな気がした。
「…それで、これから何をする?どうすればいい?」
「今日はここで野営するんだ。日が沈んだのを確認しただけで、実際今が何時なのかまったく分からない…このまま起きていると体力を消耗してしまうからな」
そう言いながらジェイドが背負っていた大きな植物の葉を自分の身体から解き、足元に敷いていく。目論見通り採取した分を地面に敷くと、大人二人はゆうに眠ることができる寝床ができた。地面は岩盤質で硬く、寝心地はけして良いとは言えないが贅沢を言っている場合ではないだろう。ジェイドは簡素な寝床に座り、自分の隣を指差してオニキスにも座るよう促した。ここまで移動してばかりで休む暇もなく、疲労が溜まっているだろうと予想してのことだった。
「…この島、何もないと思っていたけど色々見つかりそうだな」
「ああ。そう言えば、この周辺に燃えそうなものは何も見つからなかった…おれのコレは燃えるか?」
「そうだな、とりあえず今日は火を諦め…って、おい!それはやめろ!」
オニキスが自分の腰を指差し、纏っている布らしきものを取ろうと手を伸ばした。ジェイドは慌てて制止したが、オニキス本人は何故ジェイドが慌てているのか理解できないらしい。容赦なく引き剥がすと
「これ、背中が温かいな…ぽかぽかする」
「…まったく、おまえには羞恥心ってものが無いのか」
呆れながら自分の着ている上着を脱ぎ、オニキスの裸体に被せてやる。
海水に濡れて乾いた後なので肌ざわりは悪いが、草の葉のベッドと同じく無いよりはマシだろう。今は空腹感よりも疲労と睡眠欲の方が勝り、ジェイドもオニキスの横に横たわった。
「…おやすみ」
「んん……」
既に寝息を立てはじめたらしいオニキスに苦笑いを浮かべ、何とも不思議な男だとつくづく思う。行動はまだ幼い弟のようでいて急に大人びた物言いをしたり、年齢も素性も明らかになっていない。
ひと眠りして起きたらここを拠点に島を調べ、自分の故郷に戻る方法を探ろう。しかし果たしてその時に、オニキスは着いて来るのだろうか。
未だに彼のことは何も分からずぼんやりとしたまま、ジェイドは眼を瞑り次第に深い眠りについた。
潮騒の唄 椎那渉 @shiina_wataru
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