Episode003 『うちゅうじん』を連れて帰った。

俺たちは、ただひたすら走った。

迫りくる住民たちをかき分けるのは不自然じゃない様子をできるだけ装えるように意識し、誰にも捕まらないようにすることだけを考えて。

何とか家の前まで辿り着いた頃には、パトカーのサイレンの音がしていた。

そりゃ、あんな普通の公園に謎の物体が落ちて、警察が来ないはずがない。

……とそこで俺は、少し早合点していたことに気付いた。

別に、警察は宇宙人を捕獲する春暖ではないから、彼女は捕獲されなかった可能性だってあるし、こうして事態が起きてすぐに逃げ帰ってきたことの方が、より怪しさを引き立たせているのではないだろうか。

まあ、その辺に関して、今後悔したって、後の祭りでしかない。

だが、そんなことを考えている俺には、もう1つ、後の祭りと言えることがあった。

それは……。


「……なあ、ここまで連れてきておいて何だが、どうやって君を家の中に入れるのか考えてなかった」


……家の中にサリアを入れる方法というヤツを、1つも考えていなかったことだ。

俺はすぐに彼女に頭を下げると、とりあえず訊いてみることにした。


「なあ、これは地球人の短絡的な考え方と思って受け止めてほしいんだが、この星よりも化学とか進んで、それこそ、魔法も使えるようになってるであろう宇宙人さんには、こういうとき、透明になれる術とかってないのか?」


俺がそう訊くと、彼女は少し思い出すように考え、すぐに俺に言う。


「それなら、誰かにくっついた状態で使える、気配を完全に消す魔法ならあるけど。それと、今更なんだけど、あなたって何者? わたしをやたらと保護してくれようとしてるみたいだけど……」

「そ、その説明は後でだ! とりあえず、怪しいヤツとかが来る前に、君の安全を確実なものにさせてくれ!」


……恥ずかしながら、俺は「君に一目惚れしたから」なんて言えることもなく、とりあえず家に入るのを優先させることにした。

俺、もしかすると、今夜のうちに、心臓が爆発するかもしれない。


家の中に入ると、既に父さんも母さんも食卓の用意を始めていた。

どうやら、ジャストタイミングだったようだ。

そういえば、こうして今夜サリアを匿うとしても、食べさせてあげられるものなんて特に持っていないことを忘れていた。

まあ、このことに関しては全くの不測の事態なのだから、多目に見てもらおう。

俺みたいに、正体不明の宇宙人を家に招き入れるヤツなんてそうそういないだろうから、言い方は悪いが、それだけでもありがたいと思ってほしいものだ。

……うーん、好きな人を相手にこの物言いはちょっとないな。

もし心の中を読める能力なんか使われていたら、俺の恋はもうすぐに終わってしまうことになるなぁ……。

それはそれとして、俺はササッと2人に「ただいま」と言って、部屋へ駆け上がる。

サリアには土足で家の中に入ってもらう形になったが、どうせ宇宙人の持ってるアイテムのことだから、砂が付いてるなんてことはないだろう。

少なくとも、そう信じさせてほしいものである。

俺が自室にサリアを入れ、自分も入ると、彼女は驚いたような、興味深そうな、わくわくしている子供の顔をした。

そういう表情も可愛いな……と俺は思いつつ、とりあえず、怪しまれないように行動することを優先させてもらった。

怪しまれてバレた時点で、どう反応されるのかとか分かんないし。

俺は、しばらく部屋を空けることをサリアに話しておくことにした。

じゃないと、もし窓から出ていかれでもしたら、大変なことになるからな。


「なあ、サリア……って呼んでいいんだよな? 俺、ちょっと晩御飯食べてこなきゃだから、しばらく待っていてくれないか?」

「え? うん、いいけど」

「そう言ってくれると助かる。あと、もし部屋に誰か来ても、絶対に応答しちゃいけないし、何か反応を示すようなことはしちゃいけないからな。特に、窓から訪ねてきたヤツには絶対反応するなよ?」

「りょーかい!」


俺が色々と指示すると、サリアはビシッと敬礼をキメてきた。

その満面の笑みはあまりに輝きが強く、俺は倒れそうに……なったが、そんなことですぐに気絶していては、これから先の生活もままならなくなってしまう。

これからは精神を強く保っていこうと心に決め、俺は部屋から出たのだった。


リビングに行くと、すぐに晩御飯になった。

少し門限ギリギリだった件に関しては、あの公園での出来事で何とか説明がついた。

パトカーの音だけで信じてもらえたのはいいが、何となく、そんな単純に信じてもらえていると、罪悪感がしてくる。

でもまあ、どれもこれも愛を守る為なのだと考えたら、俺としては、そこまで苦にせずに済みそうであった。

そして、いつも通りの何気ない、他愛ない会話がされる。

俺は、その空間が嫌いじゃないし、むしろ好きだ。

俺の家は、家族仲はいいとも言えないが、悪いとは絶対に言えないという、すごく微妙なラインの家族関係である。

……だからこそ、この会話は想定していなくて、むしろ意外すぎた。

それは、父さんから繰り出されたのだが。


「そういえば愛枢人あすと、お前はそろそろカノジョとかはできないのか?」


俺はその質問の意味を理解した瞬間、思い切りむせてしまった。

だって、父さんからその手の話題が出るのは、とても久しいことだったからだ。

というか、このタイミングでそんなことを言い出すのは、とてもじゃないが、親子という間柄じゃないと無理だと思う。


「ゲホッゲホッ……きゅ、急に驚かさないでくれ父さん!」

「まあまあ、そこまで驚くとは思ってなかったからな……」


そう言って父さんは、悪気がないことを示すような顔をしてくる。

その表情は、たまに俺にも出るものだ。

何というか、本当にそういうところは親子だと思う。

だが、そんな理由だけで分かったんじゃないんだろう。


「……何だか父さんにしては珍しい話題だけど、どうかしたのか?」

「いや、何でもないさ。ただ、お前が普段よりも嬉しそうな表情をしている気がしたから、そんなところなのかなー、と勝手に希望を馳せてしまっただけさ」


父さんは、飄々とした態度でそう答える。

……やはり、父さんには勝てる日が来ることはないのかもしれない。


次回 Episode004 『うちゅうじん』の正体、『ちきゅうじん』の提案

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