第二章 ワルプルギスの夜市

第3話 ワルプルギスの夜市

 イドンの街の校外にガスパル山という禿山があって、時々ワルプルギスの夜市の開催地に選ばれる。


 ガスパル山が見える位置に一軒の酒場があり、色っぽい女性がカウンターでエールを飲んでいた。


「あんた魔女だろ」

「そうかもね」

「おいらは街で飾り物を作っている工房主なんだけどさあ、ワルプルギスの夜市に出られないかねえ」

「男は無理だわ、女でも魔力が無い者は駄目ね、逆に子供でも魔力があれば入れるわよ、まあ、市の終わりに掠われて誰かの弟子になっちゃうけどね」

「だめかあ、魔女以外入れないんだなあ」

「飾り物、見せてごらんなさいな、良い物なら私が買うし、夜市で見せびらかして、お店に誘導するわよ」


 男はポケットから小箱に入ったネックレスを出した。


「あら、意外に良いじゃないの、名のある工房?」

「あはは、こいつはハンスって言って、この春ミッチ親方から独立したんですよ」


 ウエイターが笑って言った。


「値段は金貨五枚ですが……、高いですか」


 魔女は笑って金貨を五枚、彼の前に置いた。


「貰っていくわ、魔女はお金は持ってるからね、お店の場所も教えてよ」

「裏通りの、三軒目の赤い家だよ、本当に魔女に売れると思うかい?」

「うん、魔女は光り物好きだし、宝石に術を込める属性もあるしね。じゃあ、明日、弟子と一緒にお店に行くわ。私はソーニャよ」

「あ、ありがとう、ソーニャさん」

「よかったなハンス」

「あ、ああ」


 ペンダントを付けて店を出て行くソーニャを見て、ハンスは祝杯を挙げた。


 キラキラ光るペンダントはとても目立って、明日、ハンスのお店は大繁盛なのだが、それはまた別の話。


 ゾーヤとターラーはイドンの街に通じる、つづら折の峠を降りていた。

 夕暮れ近く薄暗いが、ターラーが灯りの魔法で足下を照らしてくれるので案外楽であった。


「おお、あの街がイドン」

「そして、あの山がガスパル山だよ、今年のワルプルギスの夜市の会場だあね」


 近くに街の灯り、そしてその奥、はげ山を囲むように無数の灯りがあった。


「もう夜市は始まってるの?」

「まだだ、明日からだな。開会式が明日あって、一ヶ月、夜市だ」

「うわあ、凄いなあ凄いなあ、あの灯りの下にはみんな魔女がいるんだね」

「そうだな、ワルプルギスの夜市は魔女しか入れねえ、居るのは魔女だけだあ」

「わあ、凄いなあ、あ、じゃあ、今の時期、大陸の魔女は少ないの?」

「そうだな、ワルプルギスの夜市の時期は魔女は大陸から少なくなるべよ」


 ゾーヤとターラーの師弟はテクテクと夜道を歩く。

 二人はクーニッツ伯爵領を出発し、一ヶ月かけて山脈を越えて東側にやってきた。


 ターラーが空を見上げた。


「光点……、おお、人が箒にのって飛んでるよ、師匠!」

「飛行術だーな、夕暮れに危ないなあ」


 良く見れば一人だけではなく、二人、三人、四人ほどの魔女が空を飛んでいた。


「いいなあいいなあ、師匠も飛べるんでしょ? 風属性だし」

「箒飛行術はなあ、土属性魔法だよ」

「え、えええっ!!」


 通りがかりのキラキラしたペンダントを付けた女性が笑った。


「地属性の魔法で地面が物を引っ張る力を減らして飛んでいるのよ、お嬢ちゃん」

「そ、そうなんですかっ、先輩っ!」

「ゾーヤのお弟子さん?」

「おう、新弟子、二つ名ももう付いてる『付け火のターラー』だて」

「まー、農民反乱の」

「そ、その二つ名、恥ずかしいんですけど、師匠」

「付いちまったもんはしょうがないべ」

「私なんか『浮かれ女のソーニャ』よ、酷く無い?」

「な、何をしたんですかソーニャ師匠……」

「ひみつよん」


 笑いを含んでソーニャは答えた。


 イドンの街に三人は入った。

 田舎町だが、なかなかの繁栄ぶりだった。


「なかなか良さそうな街ですね、今日は宿ですか?」

「うんにゃ、夜市の近くでテント泊だべな」

「そうですか~」


 ターラーは旅に出て、自分が宿屋で泊まるのが好きだと解ったのだった。

 上げ膳据え膳で寝台があってお姫様になったような気分で気持ちが良かった。

 農村だと、泉で体を拭くぐらいだけど、宿にはお風呂がある所もあって、本当にそういう時は幸福を感じ、そして、いや全世界の農村労働者の苦労を思って自己反省したりしていた。


 イドンの街を出て、少し行くとガスパル山である。


「うわあ」


 夜市という事だから、今の時間からが本番だった。


「もう始まってるんですか?」

「まだよ、さて、ここに名前と属性を書いてね」


 どうやらソーニャは夜市の役員みたいな事をしているようだ。


 ターラーは字が書けなかったので、代わりにゾーヤが書いた。


「テント場は西側の三十三番を使ってね」


 ソーニャは書類を持って大きなテントに向かって歩いていった。


 二人は西のテント場に行ってみた。

 まだ夜市は始まってないからか、あまりテントは立ってなかった。

 二人は手分けをしてテントを張った。

 昨晩は峠で泊まったので少し湿っぽい感じがする。


「さてさて、明日から一ヶ月、夜市だわ、みっちり楽しもう」

「一ヶ月、ずっといるんですか?」

「ああ、ターラーの魔法の勉強やら色々あるでな」

「お金とか、大丈夫ですか?」

「坊ちゃんから沢山もらったでな、心配すんな」


 ゾーヤはカカカと笑った。

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