第二話 風魔女ゾーヤから火魔女ターラー
沼地に手こぎ舟が流れていた。
乗っているのはゾーヤと気を失ったターラーだ。
辺りは深い森、陰気なその場所を時々ゾーヤは櫓を漕いで下って行く。
「沼を越えて街道に出てな、七干山脈を越えて大陸東部に渡る。イドンの街で四年に一度のワルプルギスの夜市が開かれているからよう、そこへいこう。派手な魔女のお祭りだ」
「目が覚めていることに気が付いていたのね、この体制の犬っ!」
ターラーは自分の杖を持ってゾーヤを狙った。
「ターラー、お前さんは魔女になりたてで何にも知らねえ。術も磨いてねえ、魔女は魔女に色々な事を教えて貰って初めて一人前の魔女になる、お前は私の弟子だよ」
「ふざけないでっ、眠りの風の魔法でみんなを眠らせた癖にっ、みんなはどこっ」
「今頃、兵隊が首を刈ってるな」
ギリギリとターラーの中に殺気が吹き上がっていく。
が、ゾーヤののんびりした雰囲気が逆に不気味だ。
殺すつもりなら寝ている間に何回でも殺せた。
どうする?
ターラーは自問自答した。
「い、今の世の中は間違っているわ、小麦を作り出す農民が飢えて死んでいき、一部の支配者だけが搾取をして肥え太るっ! これは正義ではないわっ!! 私たち農民は団結して、明るい社会を作るために支配者と闘争するのが正義なのよ」
ターラーの熱い言葉に、ゾーヤはふふふと笑った。
「お前さん、学があるねえ」
「農作業の無い夜に、労働者の勉強会があって、私はそれで社会活動に目覚めたのよっ」
「そうかいそうかい、わっしは体制の犬だけんどもよ、自分で考えて自分で行動する自由があるぞ、ターラーは活動家の生きている兵器に使われただけだあね」
「そんな、そ、そんな事はないわ、わ、私は目覚めて自分の考えで……」
「では、それが正しいか違うかも判断するために魔女の道々を覚えなさい」
「師弟制度なんて今時古いわ、こ、これからは進歩した個人が自由に魔法を使うべきだわ」
「魔女にならないで魔法を使う奴らはいる、私らは野良って呼んでいるけんどなあ。まあ、大体は狂い死にするよ」
「ど、どうして?」
「人が使うには、魔法は過ぎた力なんでなあ、最初のうちは楽しく上り調子に頑張っていけるんやが、だんだんな、だんだん、魔法で人を恫喝する事を覚えるのさ、そして恫喝するような奴の元に人は近寄らねえ、孤立して暴れる、最後は孤独の中で狂い死にだあなあ」
思い当たる事があるのか、ターラーは杖を握りしめて、ブルッと震えた。
暗い沼の上をカンテラの灯りが切り裂き進んでいた。
ゾーヤは川岸に船を寄せ、州に引き上げた。
「小舟はどうするの」
「騎士団の物だから、騎士団が回収するだろうよ」
「ふうん」
つまらなそうにターラーは言った。
「魔女になるのは気が進まないかえ?」
「私は進歩的な人間だから、旧弊な魔女とか興味がないんだけど、魔法はいろいろ覚えたいわ」
「ちゃっかりしておるな、現代っ子って奴かねえ」
遠くにちらちらとランタンの灯が広がった。
見れば三十人ほどの騎士団の兵士と騎士団長、そして身なりの良い子供がいた。
「なんですかい、騎士団長、これは?」
「それはなー、俺は反対したんだがなあー、お坊ちゃまがなー、どうしてもー、ターラーの首を欲しいとおっしゃってなあ、まったく、困った困ったんだよう」
だはは、と騎士団長は陽気に笑った。
「嘘つき……」
前に出ようとするターラーをゾーヤは手で制した。
「最初の魔女の交渉術のレッスンだよ。魔女とはエレガントにいくべし、が私の師匠の口癖だったねえ」
高い衣類を着けた片眼鏡の少年がマントを翻した。
「僕はこの地方を治めるクーニッツ伯爵嫡男ヴィンフリートだ、大犯罪者『付け火のターラー』を召し捕りに参った、大人しく捕縛されよっ!!」
「これは凄い坊ちゃんが出て来たねえ」
「そうだろう、困っちゃってよ、なるべく手加減してくれよ」
ターラーは杖を構えて悪鬼のような表情でヴィンフリートを睨みつけた。
「あんたがこの地方の悪鬼のよういな統治の親玉、クーニッツ伯の息子なのねっ!! この大陸の労働者に成り代わってあなたを犬のようにうち殺すわっ!!」
「あっちも凄えなあ」
「農村に活動家が紛れこんで勉強会やってるようだよ、すっかり洗脳されてこんな感じだね」
両者はにらみ合い、緊張感がどんどん張り詰めていく。
「ターラー、おどき、魔女の交渉術はこうやる」
しゃんしゃんしゃんと鈴のような音が鳴り響き、兵隊の首がぽろりぽろりと地面に落ち、鮮血が吹き上がり、生き残りの兵士の悲鳴が上がった。
「魔女、貴様の仕業か」
「はい、そうですよ、ぼっちゃん、私は一回で七つの風の刃で人間の首を落とせますので」
「ゾーヤ、そのまま、みんな殺しちゃって」
「何を言ってるのかね、この子は、交渉と言っているだろう。首にしたら交渉できないじゃないかい」
「支配階級の奴なんかっ、皆殺しにしちゃえばいいんだっ!!」
ターラーが火炎弾を放った。
ゾーヤーは風の刃でそれを叩き落とした。
「師匠の邪魔をするんじゃあ、ないよ」
怖い顔でゾーヤがターラーを睨むと、彼女はひいと言って身をすくませた。
予備動作も呪文詠唱も無かった。
ただ静かに風の刃が飛んでくる。
その気になれば自分なぞ、一瞬で八つ裂きになるんだと理解して、ターラーは魔女という物の恐ろしさの一端を理解した。
「さあ、ぼっちゃん、自分の首に値段を付けてくださいな。私らがあんたを見逃して、余所の地方に行くための値段です」
「わかった、三十、金貨三十だ」
「なっ! 犯罪者に追い金を送るのか、お前は」
「騎士団長、坊ちゃんに考えさせねえと勉強にならねえですよ」
「いや、朝まで粘っても金を出すって発想は出てこねえよ」
そして騎士団長は坊ちゃんに向き直った。
「坊ちゃん、魔女ってのは特別に怖い存在なんですよ、一度きめた約束をこちらの気分で反故にしたら、クーニッツ領に魔女が来なくなりますぜ」
「魔女のような下賎な者なぞ……、いや、確かに魔法は思った以上の物だな……」
「魔女たちに依頼が出来ないような領は敵国に攻められ放題ですよ」
「あっ!!」
「だから今回は勉強なんすよ、坊ちゃんは七人の兵士を死なせて、魔女には逃げられる、金まで取られる。何故かというと魔女に横紙破りを仕掛けたからでさあ」
「そ、それで、お前はしきりに反対していたのか……」
「まあ、やってみないと実感できねえ事も良くありますからな、あまり魔女を舐めてはいけませんよ」
「……、くそっ、金を出してやれ」
騎士団長から金貨袋を受け取るゾーヤを見てターラーは目を丸くしていた。
「ま、魔女は貴族にも尊重されているの?」
「そりゃ、魔法使えるからね」
「わ、私も色々な魔法を使えるようになる?」
「ターラーは火属性だから、傭兵に、戦争に、工業にと、引っ張りだこで、儲かるよ」
「も、儲かるの!」
「そりゃ、魔法が使えるからね」
ゾーヤとターラーは街道を歩き始めた。
「そいじゃ、山越えを急ごう、ワルプルギスの夜市が終わっちまう」
「そ、そうね、その、あの、ゾーヤ師匠……」
頬を赤くしてターラーはそう言った。
ゾーヤは目を細めてターラーの頭をぐりぐりと撫でた。
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