第9話

 『JKB』ラストライブ。


 ステージに立てば『偃月』になれる。




 「今日は先にメンバー紹介しちゃいます!今更ですけどっ!まずは私、ギターの前澤 穂乃花です!」


 いきなりMC?メンバー紹介?フルネーム??


 「ベース!黒田 由香!」

 ゆかちゃんは頭を下げてフレーズを弾く。


 「ドラムス!峯 このは!」

 このちゃんも挨拶するようにドラムを叩く。


 「そしてヴォーカル……遠月 咲」


 ”ぅええっっっ!!なんでっ!?” 


 動揺して硬直した。

 おののく私に、ほのちゃんが近寄ってきて耳打ちする。


 「最後くらいは”咲”とライブがしたい。いいでしょ?」


 ほのちゃんはいたずらな笑みを浮かべた。

 ……先に言ってよ――


 「咲!いつも通りでいいよ」

 「さっちゃんがんばってぇ~」

 ゆかちゃんとこのちゃんから声援が届く。


 客席からも「がんばれ」と声援が聞こえてきた。


 まばらだった「がんばれ」コールは会場全体に拡がる。


 ……学芸会?

 声援をこそばゆく感じ、同時に”私”を実感させてくれた。

 『ああ。そうだ、こんな感じが"私"っぽい』と。


 マイクの前で姿勢を正した。


 「えっ……、ご、ご紹介に預かりました、遠月 咲です。きょ、今日は誠心誠意、歌わせていただきますので、よ、よろしくお願いいたましゅ」


 客席に一礼した。

 瞬間、メンバーの皆が笑い始めた。

 後に客席も笑った。

 ただそれは”私”を嘲笑するものではないと感じた。

 だから私は笑顔を浮かべられた。



  ♪  ♪  ♪



 全ての曲を終えた……。


 涙を流す力も残っていない。

 満足感も達成感もある。

 ただ、それらを飲み込むような喪失感。



 「遠月さん!!」


 ステージを去ろうとする際に呼び止められた。

 振り返った先に居たのは岡村さんだった。


 「あっ。来てくれてたんですね」

 「うん!凄く良かった!!」

 「ありがとうございます」


 笑顔で答えた。

 ただ、そこにどれほどの感情が籠っていただろうか?


 「あっ、そうそう。この二人がウチのバンドメンバー」


 岡村さんは、両脇に居た男子の背中を押して私の前に出す。 


 「あっ……と、初めまして保科ほしな まもるです」


 保科さんは戸惑いながら頭を下げた。


 「えっ、はい。今日はありがとうございます」


 私も戸惑いながら答えた。


 「あっ、初めまして。池上いけがみ 健介けんすけです。二人と一緒にバンドやる予定です」

 「あ……っはい。は、初めまして」


 イケメンさんでちょっと緊張。

 というか、初対面の男子と話す事に慣れてない。


 「えっと、もし次のバンドとか決まってないんでしたら……ウチで歌ってみませんか?」

 「へっ?」


 その瞬間、岡村さんは池上さんの背中をかなり強(く)そうに叩いた。

 池上さんは倒れそうになる。


 「なんで今言うのよっ!」

 「ってぇなぁ。早めに言っといた方が良いだろ?うちらもそろそろ動かないとだし」

 「にしたって、場を考えなよ!」

 「まっ、まぁ、二人とも……こんな所で恥ずかしいから止めようよ」


 仲が良さそうだ。

 岡村さんと池上さんってどんな関係なんだろ?

 もしかして付き合ってたりとか?……キャー!!

 って、今……?


 「なんかごめん。その話はまた後で……」


 岡村さんは、両脇二人の頭を下げさせながら、頭を下げた。


 「へっ?うん?」

 「あたし達は帰るから。今日はありがと」


 岡村さん達は立ち去ろうとする。


 「こちらこそ、有難う御座いました」


 私はそう言って頭を下げた。

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