リアの一人勝ち

弥月

リアの一人勝ち 練習

魔女の弟子としての生活を始めて、今日で十六年。

一番弟子である僕がこの工房から弟弟子たちを見送った数は、先週で三十人。

その上、三年後には三十歳を迎える。

正直に言ってこれは本当にまずい。

最近は歳のせいなのか寝ても寝ても眠り足りないというか、体の疲れが全然取れない。

椅子の上で黒のローブを着た茶髪の男が額に皺を寄せて思案していた。

目の前の机に両肘をついて寄りかかり、両手を組んで溜息を吐く。

最初は宮廷魔術師になれると信じて止まなかったのだが、今では…。


バァン!と破裂するような音を立てて、左手の部屋の扉が開いた。

男は小さく溜息をついて、やれやれといった様子でそちらを見やる。

扉の近くに現れた幾つもの小さな人影、それらはパタパタと音を立ててこちらに向かって走ってくる。

「ライアン先生!絵本読んでー!」

「ライアン君、ライアン君!外で魔法の練習したいの!」

「おにいちゃんおにいちゃん!ミリアとおよめさんごっこしよー!」

椅子の周りに集まった少年少女がぐいぐいっとローブの袖を引っ張って、ライマンを部屋の外へと引っ張っていく。

これじゃ魔術師っぽいおもちゃだな…。

ライアンは抵抗することなく、表情一つ変えずに廊下を力ない操り人形のようにずるずる引きずられていく。

階段までたどり着くと、階段は自分で歩けと四、五歳ほどの幼女にライアンは尻を叩かれた。


「ライ、今日も後輩たちに大人気だな」

中庭に通じる一階の渡り廊下で、ずるずると引きずられているライアンの背後から声がかかる。

ライアンはどこか遠い目をしたまま顔だけ後ろに向ける。

目線の先では白銀のドレスに身を包み、銀の長髪を太ももの辺りまで伸ばした少女が愉快そうに笑っていた。

凹凸に富んだ魅惑的な肉体が織り成す白いドレス上の曲線が美しい。


「わぁ!ユナ先生だ!」

「先生、先生!ライアン君じゃなくて先生が魔法教えてよ!」

ライアンを引きずっていた少年たちがユナと呼ばれる少女のもとへ殺到する。

ライアンが欠伸をしながらそれを眺めていると、助けなさいよとユナから声がかかる。

透き通った琥珀色の瞳と目が合って。数秒間見つめ合う。

「あ、あの、ライ…!そんなに見つめられると、なんというか…」

ユナの頬が赤らんで、視線がチラチラと揺れる。

ああ、駄目だ。眠気でぼうっとしてしまっていた。

「ふわぁ、すみません。なんだかここ最近寝ても疲れが取れなくて」

ライアンは目をぐーっと瞑って二度ぱちくりさせると、欠伸をしながら答える。

ユナの肩がびくっと跳ねて、ばつが悪そうに目線をずらす。

「そ、そうなんだ。…それは心配だね」

ユナが少し焦った様子で言葉を紡ぎだす。

何でそんな他人行儀なんだ?

ライアンはどこか様子のおかしいユナに疑問を感じつつも、足元からの視線を感じてそちらに視線を向ける。

未だ足元にくっつく幼い少女がローブを引っ張って口を尖らせている。

「もう!おにいちゃん、せんせいなんてほうっておいてリアとあそぼ!」

「ああ、行こっか」

ぷうっと頬を膨らませるリアの頭を優しく撫でると、リアは満足そうに笑った。

弟弟子二人をユナに押し付けて、その場を離れようとするライマンは一度足を止めて振り返った。

「あ、先生もしかして…」

「えっ、わ、私はライが寝ている間に何もしてないよ!」

「いえ、それは疑ってませんよ。大体先生が寝ている俺に何をするっていうんですか」

何故か冷や汗をだらだらと流すユナだったが、ライマンは気づいた様子もなく笑いながら手をひらひらさせて否定する。

ライマンはそうじゃなくてと続けて言葉を吐き出す。

「ユナ先生、そのドレス非常にお似合いですよ。この後お出かけですか?」

「ふぇ?あ、いや、その。そういうわけじゃ…なくて」

間の抜けた声を出して、ユナの頬が赤く染まる。

「そうなんですね。とても似合っているし、ユナ先生の魅力がより引き出されていて本当に素敵ですよ」

「ッ…!」

ユナは顔を隠すように両手を当てて、思わず顔をばッと下に向ける。

「あの、その、今日は、だな…。ライに、ライに会いたくてこの服を着てきたんだっ」

叫ぶようにユナが言葉を吐き出して、顔を真っ赤に染めたユナが恐る恐る顔を上げる。

「…って、あれ?」


顔を上げるとそこにはライアンの姿はなくなっていた。

「先生、ライならリアに引きずられていったよー」

「先生、先生。たぶんリアちゃんがいないときにやった方がいいと思う」

ユナは幼い弟子二人に肩をポンポンと優しく叩かれた。

「あの馬鹿妹おおおおおおおおおお!」

ユナの声が周囲に木霊した。


「いまユナ先生の叫び声が聞こえたような…?」

先ほどまでいた方から断末魔のような叫びが聞こえてきて、ライマンが足を止めて振り返る。

「…お姉ちゃん、悪いけど私の勝ちよ」

「あれ、リア、いま何か言った?」

「ううん、なにも!そんなことよりはやくいこ!」

リアがライアンの手を引いて廊下を走る。

「はいはい、わかったから廊下を走らないの」

これじゃ魔術師じゃなくて保育士だよ。

ライアンは小さく溜息をついた。


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リアの一人勝ち 弥月 @yazu9696

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