【決断】全てを改変する:覚悟

「ここは任せて、奥さんのために早く行くポン! 行かないと一生擦られることになるポンよ!」


「……わ、わかった……ならちょっとだけ様子を見てくる! 少しの間だけ指揮をお願い、店長!」


「がんばるポン、領主様!」


 一声だけロゼッティアを励まして、すぐにここに戻ろう。そう決めて、僕は尖塔を駆け下りた。


 ロゼッティアは大広間にいる。そこまでの道中、数多くの負傷兵と、場違いにかわいいハート型のポーション瓶を見かけた。

 度量と声のでかい錬金術師アマルガム。彼女もまた頼もしい後方支援者だった。


「いたっ、ロゼッティア!!」


「う……うぅ…………え、ア、アルト……?」


 陣痛で苦しそうなロゼッティアが僕に驚く。それから安心したかのように微笑んだ。


<「 よかったもきゅ! ご主人様がきてくれたもきゅっ! 」


「やっときた! 遅いんです、旦那様!」


 ポンちゃんとオルベリア、それと産婆さんが付いてくれていた。


「大丈夫っ、ロゼッティアッ!? 心配で少し様子を――」


「ちょっとっ、持ち場ほっぽってなんできてるしっ!! 指揮の仕事はどうしたのよっ!!」


 けれどその微笑みはすぐに消えた。少しでも励ましになればと駆け付けたのに、彼女は激痛を堪えながらこちらを睨んだ。


「それはそうだけどっ、くるのは婚約者としてきて当然だよっ!」


「うっ、ううっ、うあ……っ!?」


「大丈夫……っ?」


「で、でも……アルトは領主様でしょっ!! あたし、大丈夫だから……っ、あうっっ……! は、早く、アルトは自分の持ち場に戻りなさいっっ!!」


「は、はいっ!!」


 あまりの剣幕に驚いてしまって、領主らしくない返しをしてしまった。そんな頼りない領主にロゼッティアはやさしく笑い返す。


「大丈夫……あたし立派な赤ちゃん産むから……今は戦って、アルト……ッ!」


 だらしなくて無責任な僕には釣り合わないほどに、ロゼッティアは強くていい女だった。


「わかった、戻りたくないけど戻って戦うよ……!! 僕は君とその子を、残酷な侵略者たちから守り抜くっ、この命に賭けてでも!!」


 できることならこんな場所でなく、安全で静かな場所で出産を迎えさせてあげたかった。なのにロゼッティアは僕たちの部屋を、病気の避難民に差し出すことを選んだ。


 ますますこの戦いに負けられなくなった。早くこの戦いを終わらせて、落ち着いた状態でお腹の子を産ませてあげたい。


「行ってくるよ」


「アルトなら大丈夫……。うっ、あうっ……あ、あたしもがんばるからさ……っ、外のやつら、やっつけてきてよ……っ!!」


「うん、任せて!」


 その返答とは正反対の行動を取った。厚布を背もたれにする彼女のすぐそばに寄って、さらに顔を近付けた。

 

 僕はこれまで自発的に彼女の唇を奪ったことがない。そういう奥手な気質なのもあるけれど、これまでずっと、改変され続ける現実を受け止めかねていたのもある。


 そんな僕だけど、たった今、初めて、自発的に、ロゼッティアの世界一かわいい顔に自分の顔を寄せて、痛みに苦しそうな唇を奪った。


 すると周囲の避難民や、ずっとロゼッティアに付き添ってくれていたポンちゃんたちから歓声が上がった。とんでもなく恥ずかしかった。でも今はこうするのが正しい行動だった。


 唇を離した。さあ、もう一度尖塔に戻ろう。指揮官として全力を尽くそう。そう決意を胸に僕は立ち上がった。


「大変ですっ、アルト様!! 敵精鋭が南城壁を突破っ、ここに迫ってきます!!」


 けれどそこに新しい状況が発生した。強行突破した敵がここに迫ってきている。そう言いながらザンダー爺が大広間に駆け込んできた。

 ロゼッティアはここから下手に動かせないのに、突入部隊がやってくる。非常にまずい状態だった。


「あーあ……惜しかったなー……。アルト……あたしはいいから、みんなを地下に逃がしてあげて……」


<「 そんなのダメに決まってるもきゅ! ご主人様、どうにかしてもきゃぁぁっっ!」


 さあ、どうする?

 その辺りの棒きれでも持って僕も敵と戦う?

 いや論外だ。そもそもこの人数は地下へと入り切らない。多くの民を見捨てることになる。


 もし、あの快楽殺人者そのものであるロブがここに現れれば、僕の婚約者とお腹の子は虐殺されるだろう。


<「 どうすればいいもきゅぅぅー!? 」


 だったら……するべきことはたった一つだ。関所で死者が出た時点で、この決断に踏み切るべきだった。


「僕はずっと怖かったんだ……」


「ダメッ、早く行って、アルト……!」


「君のお腹が大きくなるにつれて、僕は銀の目の力を恐れるようになった。せめてその子が産まれるまで、現実の改変をもらたす力を使わずに済めばいいと、いつの間にか段々と、そう考えるようになった」


 けれど現実、多くの被害者が出ている。

 内政画面を出した。そこにある兵員の死傷を確かめるのが恐ろしかった。


―――――――――――――――――――――

 【人口】1356  ( -22)

 【治安】 34/100(-66)

 【民忠】132/100(+ 0)

 【兵力】  43

  正規兵: 19  ( - 6)

  志願兵: 24  ( -13)

  負傷兵: 21  ( +19)

 【補足】()は先日比 

―――――――――――――――――――――

 【兵糧】2440

 【金】 1596

 【木材】144 【石材】102 【人材】9

―――――――――――――――――――――――


 治安暴落、負傷者多数、死傷者22名。倒された仲間から民が武器や盾を受け継ぎ、自ら身を投じてゆくのを、僕はあの尖塔から僕は心を殺して見下ろしていた。


「あの力で……何かを建てるの……? でも、今はお金が、全然足りないんじゃ……」


「そう、お金が足りない。僕の力はお金で動く」


 もう迷ったり後悔なんてしていられなかった。敵が迫っている。事態は火急も火急だ。すぐに説得――


 いや、商談に入るとしよう!


「そういうわけで皆さん!! こんな状況ですが、僕からお得な提案があります!!」


 お金がないのなら、お金を募ればいいじゃないの!

 僕たちは同じ死神に魅入られた被害者同士なのだから!

 よって、僕だけお金を出すのは不公平だ!


「どうか皆さん聞いて下さい! 僕は昼間、敵の大将ロブ・ギルムガルと遭遇しました! やつは快楽殺人者です! ここが陥落すれば、僕たちはヤツに肉片に変えられてしまうでしょう!!」


 領主からの最悪の報に悲痛な叫びが上がった。


「でも大丈夫、他でもない皆さんのためにっ、僕は特別なプランをご用意いたしました!! やることは単純明快!!」


 そんな大広間の人々の中心で、僕は両手を天に掲げた!



「皆さんは、僕に、お金をわけて下さーーいっっ!!」



 とにかく金をくれ。そう要求された皆さんの反応は『は……?』『へ……?』『もきゅぅーん……?」などなど、冷ややかさよりも困惑が圧倒的に勝るものだった。

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