【風雲】僕んち城:防衛戦
敵の正体、および兵力が判明した。敵はラングリード王国の悪名高きギルムガル伯爵家の手の者だった。
その兵力は騎兵2、歩兵200、全てが訓練された正規兵。大将はロブ・ギルムガル、副官はフィリップ・バートン。今日中に襲撃を仕掛けてくる。
それらの情報を提供してくれたのは、降伏勧告の使者として城門前に現れたフィリップ・バートンその人だった。
「騎士フィリップ、貴方の申し出は嬉しいけど、それはできない。ロブ・ギルムガルに、僕の民を任せることはできない」
バルコニーから僕は眼下の騎士に返答した。
「ロブ様は自分がどうにか説得する。辺境伯殿、どうかここは自分を信じてはくれないか?」
騎士フィリップは信用できた。物語でも彼は、主君に裏切られ心折れながらも、高潔に戦い続けた正義の騎士だった。
「このままでは多くの血が流れる……。降伏ならば、ロブ様の虐殺を我々も止めることができる」
「騎士フィリップ、貴方は勘違いをしている」
「勘違い……どういうことだ、辺境伯殿?」
「僕たちは、端から負ける気なんてない!! 僕たちはギルムガル軍の襲撃を跳ね返し、ここにザラキア軍ありと世界に証明して見せる!!」
「バカな、勝算なんてあるわけない……。お前たちに援軍はこないのだぞ!?」
「百も承知!! 僕たちを見くびらないでもらおう!!」
交渉は決裂し、こうして現在の状況が形作られた。
ギルムガル軍200名はザラキア城を包囲し、大将からの突撃命令を待ちかまえた。
これは宣戦布告なき奇襲だ。すぐにでも襲撃を仕掛けてくる。
僕はこの戦いの大将として城の尖塔に上り、そこから城を包囲する敵軍を注視した。
「はぁ……最悪の状況ポン……。店を焼かれなかったのが、せめてもの救いポン……」
今のところ略奪、放火は行われていない。敵は電撃戦で勝利を収めたいのもあるだろうけど、騎士フィリップが止めてくれた面もあるのだろう。
「ごめんね、店長さん、こんなことになっちゃって」
「領主様の責任ではないポン……。ああ、でも、どうかうちの店を守って下さいポン……ッ」
たぬまの人たちは店の商品をカートに乗せて避難してきた。避難民に振る舞うためだ。
僕は尖塔を下りてゆく店長を見送って、差し入れのツナマヨおむすびにかぶりついた。
『なあ、領主はミュラー様の弟なのによえーのか?』
ところが急にルイーゼさんの声が尖塔に響いて、僕は気管に米粒を吸い込みかけた。
こんなふうに使うことになるなんて思ってもいなかったけど、僕はオモチャのミニトランシーバーを1組持っていた。
どこでそんなもの手に入れたのかと言われたら当然、ポンちゃんのガチャコーナーと答えるに決まっている。音質は値段相応にザラザラとしていた。
『はい、僕超弱いですけど、何か……?』
『ふーん……でもよー、お前、鍛えりゃつえーんじゃねーの? だって、帝国最強のミュラー様の弟だろー?』
『無理だね、平時の僕はだらだらするのが生きがいなんだ。地道な訓練なんて無理無理無理、僕って根性ないから』
『なんだよ、さっきは格好良かったのによー』
『え、本当……?』
『おう、幻滅だぜ。おまけに年上妊娠させるドスケベだしなー』
『く……っ、どうでもいい通信なら切るよっ!!』
ボタン電池はコンビニで買ったものが十分にあるので、別にトランシーバーを切る必要ない。
『見直したって褒めてやったのに逆ギレかよ、めんせくせーやつだぜ』
『人を褒めるときは余計な一言控えることを勧めるよ――って、待って、敵の弓隊が動いた!! みんなに警告を!!』
尖塔の下からルイーズさんの叫び声が届いた。志願兵を主体とするザラキア軍が警告に身を屈めると、敵陣から弓が曲射で打ち込まれ、それが雨となって城壁に降り注いだ。
『立て続けにハシゴ部隊がくるっ!! 防壁の東と西に兵を集めて!!』
『わかった!! お前、最初からそうやってしゃんとしてればカッコイイのに、なんでだらしないんだよーっ!』
『今は無駄口を叩くなっ、午後からは働かない主義の僕の献身に感謝してよっ!』
戦いはノワールさんの担当だけど、彼女のジョブはハイマスター。単独戦闘能力に特化した弓剣士だ、指揮能力は低い。弓の斉射が降り注ぐ戦場で、彼女は東部城壁から敵軍をボウガンで狙撃している。
コマネチさんは西部を担当し、城門から見て反対側の南部をグレテールさんに任せた。弓が使える者は弓を使い、剣を使える者は剣を使い、兵力200から構成される強襲を迎え撃った。
次々とハシゴが音を鳴らして城壁にかけられた。殺戮者が一斉に強行突破をはかろうとするその光景は、恐怖の一言だった。
それからすぐに斬り合いが始まった。男たちのときの声、刃と刃が打ち鳴らされる物音に、戦いではただの小市民に過ぎない僕は小さく震えた。
相手兵力はこちらの3倍。さらには全てが正規兵。それでも戦線の維持ができるのは、ノワールさんを中心とした優秀な人材と、この城の防壁の高さゆえだった。
そんな有利もあって僕たちの迎撃は成功した。城壁を頼りにどうにかだけど、迫るはしご部隊を押し返すことに成功した。
これなら大丈夫、兄上の救援がたどり着くまで持ちこたえられる。意外に手強いザラキア軍の前に、敵も突撃作戦をあらため、戦況は停滞したかと思われた。
「え、あれは……。まさか、伏兵!?」
けれど僕が相手をしていたのは、騎士フィリップ・バートンだった。計算外のハシゴ部隊が後方に突如姿を現し、各所の救援ですっかり守りが薄くなっていた南部に、鋭い強襲を仕掛けようとしていた。
『南からの不意打ちだっ、至急兵力を南に回すように言って!! そうだ、ノワールさんだっ、ノワールさんをあっちに回して!!』
『了解!!』
『…………よし伝えたぜ! へっ、このトランシーバーってやつがなかったら、危なかったかもな!』
『うん、ガチャのオモチャがこんなに役に立つとは思わなかった』
『さっきは幻滅したけど、また見直したぜ。お前、やっぱりミュラー様の弟だぜ』
『ありがとう、兄上は僕の誇りなんだ。その言葉は素直に嬉しい』
引き続き、僕は敵軍の動きを注視した。
伏兵たちは動きを見破られてか、後方からの突撃を止めて城壁東部に移動する。
その伏兵部隊は守りの薄いところを懲りずに突こうとするが、僕とこのトランシーバーと、下のルイーゼさんがそれを許さない。
ルイーゼさんは各地の戦場を飛び回り、戦いながら僕の命令を運んでくれていた。
やがて日が暮れ、空が赤く燃え上がった。それでも敵軍は突破を諦めず、僕たちの隙を突こうと防壁周辺を動き回り、矢の小雨を降らせた。
「大変ですポン、領主様……!」
そんな戦いを繰り広げていると、焦げ色の強いたぬきがきた。それはさっきのたぬまの店長だった。
「どうしたの、夜ご飯のお誘い?」
「ロゼッティアさんが破水したポン!」
「え…………ええええっ、こんな時にっ!?」
仕事か、我が子の誕生か。こんな命がけの状況で、僕は究極の選択を迫られた。
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