【募兵】籠城:ザラキア城
避難民は最初こそ恐怖におののいていた。けれど城に立て籠もるなり、彼らは状況を楽観視し始めた。ここで待っていればすぐにアイゼンベフ要塞からの援軍がくると、彼らはそう信じていた。
だけど残念、そうはならない。僕は大広間に千を超える避難民のうち半数を集めると、現在の厳しい状況を説明した。
「僕はアルト・ネビュラート、ここザラキアの領主をしております。早速ですが単刀直入に申し上げます、残念ながらアインベフからの援軍はここにはきません」
辺境伯アルトが太守グレンデルと不仲であるという事実は、この状況下では語ってもなんの意味もないので触れないでおいた。そしてそんなことよりも僕は、やつらが軍馬を使っていたことを避難民たちに指摘した。
「ザラキアでは馬の生産・販売はしていません。無論、領内で馬泥棒があったという報告も入っていません。そうだよね、ザンダー爺?」
「はい、そのような報告は現在のところ一件も。そもそも彼らが駆っていた馬は、まごうことなきコーサー種の軍馬にございます、駄馬ではございません」
フォロー『ありがとう、爺』と伝えると、ザンダー爺はうやうやしく後ろに下がった。
ザンダー爺がいてよかった。彼はこの城の管理者だ。こういった非常時には一際頼りになる。たとえばここに『成人男性』を集めるのだって、慣れない者には簡単な仕事ではなかった。
「要するにですね、敵は馬が越えられない湿地を抜けてきたのに、軍馬にまたがっていた。つまり、国内の勢力が軍馬を敵に与えた、ということになります」
ゆっくりと、民が飲み込めるように説明した。
「奇妙なことですね。『すみません、軍馬を2頭下さい』なんて注文しても、そうそう軍馬なんて買えるものではないというのに」
お堅くなり過ぎないように崩して、史実を告発した。
「そう、もう気付いた方もいらっしゃるようだ。そうなのです、この話、軍馬を手配した者がアイゼンベフ要塞太守と仮定すると、途端に現実性を帯び始めるのです」
避難民は次第に平静を失っていった。不審と動揺に目をギョロギョロとさせて、僕にいくつかの反論をしたが、僕はそれらに現実的な答えを提示した。
この事態を招いたのは僕だ。僕とグレンデルの対立がこれを招いた。けどバカ正直にそう伝えるほどに僕は愚かではない。
「戦闘経験のある方はいらっしゃいますか。狩人の経験がある方でもかまいません。この城には武器庫があります。どうか僕たちと共に、卑劣なラングリード軍と戦ってはくれませんか?」
「辺境泊っ! お前はこのために俺たちを城に避難させたのか!?」
「いいえ、皆さんの命を守るためです。敵は宣戦布告もなしに襲いかかってきた卑怯者たちです。ここに逃げ込まなかったら、皆さんは身ぐるみをはがされ、最悪は無惨に殺されていたでしょう」
まあ本当は、彼らを臨時徴兵する腹ももちろんあったけれど、バカ正直になる必要はない。
「頼まれるまでもねぇ、オレは戦うぜ! おい、コマネチの叔父貴もこいよっ!」
「やれやれ、もうおっさんは退役したんだけどなぁ……。しょうがねぇっ、いっちょ気張るか、ルイーズ!」
男勝りの冒険者志望者ルイーズ。そしてその叔父、退役軍人のコマネチさんが前に出てくれた。
ルイーズのような戦える女性は例外としてここに召集していた。
「ありがとう、2人がいれば百人力だよ!」
「オレは自分のために志願しただけだぜ! 戦わずに死ぬなんてお断りだし、リアーナ様には借りもあるしな!」
「おいこら、バカ姪……っ、すんませんねぇ、ご領主様、敬語もできねぇバカなんだよ、コイツ……」
僕は避難民の前で、コマネチさんとルイーズと握手をして見せた。
「大の男が敵にビビッちまって、情けないったらないねぇ……。おいクソ領主、あたいを加えな」
「グレテールさん! うんっ、グレテールさんなら力を貸してくれると思っていたよ!」
「はっ、当然じゃないかい! 普段威張りちらしているくせに、戦いとなると怯えちまうようなザコとはあたいは違うのさ!」
仁義を通す正義の任侠、実在したのか。暴力系ロリババァことグレテールさんは僕とハイタッチを交わし、それから耳打ちをした。
「礼はいつか競馬場を建ててくれるだけでいいよ」
「競馬場……競馬かぁ……。軍馬の育成も両立できて、いいかもしれないね」
とんでもないお金が必要になりそうだけど。でもそれ楽しそうだ。
「ほら野郎どもっ、普段の威勢はどこ行ったのさっ!? アンタたちは何かい? チワワかい? それとも臆病なウサギちゃんかい? ここでビビッてたら、アンタたちは一生臆病者扱いさっ!!」
グレテールさんが長ドスを肩にかけて男たちを煽った。
「くそ……っ、言うじゃねーかよっ、ばくち屋!」
「か、勝てるんだろうな……? 無駄死にはいやだぜ……?」
グレテールさんの賭場で見かけたちょいワルオヤジたちが、寿司詰め状態の列をかき分けて出てきてくれた。
「お前らっ、姐さんと一緒に戦おうぜっ! それにこんだけ堅固な城なんだ、俺らが力を合わせりゃどうにかなるって!」
「叔父貴の言う通りさ! これでもうちの叔父貴、帝都の大会で準優勝したことあんだぜ!」
コマネチさん、ルイーズさん、グレテールさんが僕の前に立ってそう主張すると、避難民たちの顔付きが変わった。
戦える者も、戦えない者も、一致団結してこの事態を切り抜けようと覚悟を決めてくれた。
こうしてみんなのおかげで臨時徴兵に成功した。それから大体のことを見届けてから場を離れ、銀の目で状況を確かめると、そこにはこうあった。
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【内政:辺境伯領ザラキア】
【兵力】 62
正規兵: 25
負傷兵: 2
志願兵: 37
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城を守れるだけの十分な兵力が集まったその陰で、関所で戦った兵士が3名もこの世を去っていた。
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