【逃走】快楽殺人者ギルムガル軍:僕一人

 避難誘導完了、街にはもう人っ子一人確認できない。ここまでやれば逃げ遅れはもういないはず。これ以上ここに留まるのは賢明ではない。そう割り切ると、僕は城に向けて走り出した。


 敵軍に騎馬はいないのだから、今から走れば余裕で間に合う。いや、理屈ではそうなのだけど、殿しんがりを剣すら持たずに遁走する僕のハートはドキドキの初体験。下手をすれば速攻で捕虜、そこからの拷問もあり得るなと震え上がりながら、僕はとにかく走った。


 彼方にそびえるは僕が築いた城、システム名称【御殿】。あそこにさえたどり着けば、僕は剣を握ることなく高見の見物と決め込める。


 城までの距離はあと500……400……300メートルほど。恐怖にもたつく足で、酸欠で苦しい胸と喉の痛みを堪えて、とにかく走る。


 しかし後方から馬のひずめが鳴り響き、2騎の騎馬兵が追いすがってきたきたとしたら、僕はどうするべきだろうか。


「止まれ、そこの者っ!!」


「おおっと、第一被害者発見伝っっ! なんだよぉっ、オスガキかよぉっ、斬り刻んでもおもんねぇーっ!」


 しかも片方の若い男が超ヤバそうなサディストで、もう片方が戦略RPG【ラングリシュエル】の騎馬系仲間キャラ【フィリップ・バートン】であったら、マジで詰んだんじゃないだろうか、この状況……。


「な、なんですか……貴方たち!? 僕、僕はアイゼンベフの街からきたただの旅行者で……っ、ここの人間じゃないんですっ、お願いです見逃して下さいっ!」


「残念ーっ、第一町民は死刑ーっ、裁判官は俺様だぁっ、ヒャハハハーッッ!!」


「お待ち下さい、ロブ様。見たところ身なりのいい若者です、捕虜にして身代金を請求するべきです」


「ああん? おい、フィリップッ! 大将の俺様に軍長ごときが指図すんじゃねぇっ!」


「ですがこの若者が大金に替わるのです、悪い話ではないでしょう!」


 軍馬の足に湿地帯の泥の跡がない。となると、こちら側で軍馬を調達したのか……? だが、敵国の者が、いったいどうやって……。


 軍馬なんて、アイゼンベフまで行かなきゃ――いや、待てよ、アインベフ?

 え、まさか、これってアイゼンベフ太守の手引き、なんてバカなことは、さすがにないよね……?


「わかってねぇなぁ、おめぇ……? 貴族も、平民も、仲良く皆殺しにしてやんだよぉっ!!」


「止めろっ! ザラキアという金の成る木を腐らせるつもりか!」


「テメェはっ、俺様のっ、たっのしーっっ、殺戮を邪魔してぇだけだろが! ヒャハーッ、景気付けにおめーを目刺ししてやんよ、小僧っ!!」


 な、なんだよ、コイツ!?

 サイコパスのシリアルキラーじゃないか!?


 当然、僕は逃げた。当然、僕は回り込まれた。鈍色の剣が僕の目玉を狙って繰り出された。


「怖ぇぇかっ、怖ぇぇだろっ、ヒャハハハッ!! 生かしてやってもいいぜ、その目玉俺様にくれたらなぁぁっっ!!」


「民間人に何をやっているっっ、いい加減にしろっっ!!」


 信じていたよ、僕のフィリップ・バートン……!

 フィリップは殺人鬼と僕の間に入り、剣を受け止めてくれた。


「親父に報告すんぞ、テメェ!!」


「ならば自分はその場で弁解しよう。自分は未来の領民を守ったのだと」


 現在の僕、絶賛手詰まり夏の陣。

 武器なし、戦闘能力なし。銀の目のチートパワーを使うには、月火水木金金金!! お金が僕のパワーだ、今は金がない!


 兵糧の売却をしようにも、それにはポンちゃんが必要不可欠!

 よってそれがし、またの名を、手詰まり侍ともうします!


「テメェ死んだぜ!! いいか、俺様の世界の法律では、民間人は皆殺しにすんだよぉぉっっ!!」


 こうなりゃダメ元で、とにかく隙を突いて逃げるしかない!

 そう思い、活路を探して城の方角に目を向けると――そこにいるはずのない存在、そこにいてはいけない存在、僕の大切な存在、ロゼッティアがいた……。


 そう、妊娠9ヶ月半限界突破中のロゼッティアが、木陰から顔を出して婚約者と視線を重ねると、その足下にエアボードが落ちた。


 ちょ、待って、君、妊娠中! 今もし転んだら、お腹の中が大変なことになってしまう!

 なのに、なんで、君、こちらに音もなく爆走するのでございますかっ!?


 そんな超展開を前に僕は決断した。ロゼッティアとお腹の子を危険にさらすわけにはいかない。

 ならば、ここで僕がするべき行動は、ただ一つ――


「あっ、アイゼンベフ軍っっ!!」


「なっ、何ィィッッ?!」


 敵の目を欺くこと。サイコくんとフィリップは僕の嘘にまんまと騙されてくれた。


「アルトーッッ!!」


「何やってんだよぉっっ、ロゼッティアーッッ!!」


 エアボードから差し出されたロゼッティアの手にしがみついた。エアボードの不思議な慣性制御能力がロゼッティアのバランスを完璧に保ち、僕をエアボードの後ろに飛び移らされた。


「テ、テメェッッ、な、なんそりゃぁぁーっっ?!!」


「速い! だが、アルト……? お前が領主アルト・ネビュラートか!?」


 返答を返すもなく、時速144キロメートルを出せる魔法の乗り物で、ロゼッティアは追っ手をぶっちぎった。


「へへ、きちゃったーっ!!」


「きちゃったじゃないよっっ、その子に何かあったら大変じゃないかぁっっ!!」


「えへへへ……そういうの、すっごく嬉しーっ!!」


「ありがとう、でも、涙が出るくらいビックリしたよっ、心配で心臓が止まるかと思ったよっ!!」


 振り返れば、馬にまたがったサイコくんが僕たちを追ってきている。その差はさらに引き離されるばかりだ。

 それから視界を前に向けて城門を見上げると、昼間に食事をしていたバルコニーに、ボウガンを構えたノワールさんが立っていた。


「ヒャハハハッッ、待ちやがれよっ!! その腹のガキ、そいつの前で俺様が帝王切開してやんよぉっっ!!」


「お待ち下さいロブ様っっ、城門にっ、弓兵ですっっ!!」


 警告と同時にボウガンのトリガーが絞り込まれた。

 サイコくんの胸を狙ったボウガンが、彼の肩を貫き落馬させるのを僕は見届ける。すると――


「大技いくよっ、アルトッッ!」


「ちょっ、君っ、そこは城門っっ、う、うわああああっっ?!!」


「エアボードトリック奥義っっ、城門滝昇りぃぃーーっっ!!」


 ロゼッティアは開門を待つことなく、門そのものをエアボードで乗り越えるという離れ技をやってのけた。


 世界が90度ガクンッと折れ曲がると、また90度折れ曲がって、僕は慣れ親しんだバルコニーに到着していた。


「いえーいっ、アルト救出大せいこーっ!!」


 言葉はなかった。僕はただ膝を突き、とんでもない母親のお腹に頬を寄せて、我が子の無事を確かめた。


 やはり母親似なのだろうか……。

 僕の子供はスリリングな救出劇に怯えるどころか、母親のお腹を蹴って興奮めされていた……。


 驚きに口を開けっ放しにする僕にロゼッティアがはにかんだ。今こうして一緒にいられるのは、全て彼女の勇敢さのおかげだった。


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【内政:辺境伯領ザラキア】

 【人口】1380  (+165)

     (ドロイド人口 +75)

 【治安】100/100(+ 0)

 【民忠】132/100(+ 8)

 【兵力】  25

  負傷兵:  5

 【馬】    0

 【魔導師】  0

 【魔導兵】  0

 【求職者】100

 【施設数】7/7

 【補足】()は先月比

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【備蓄:辺境伯領ザラキア】

 【兵糧】2440   (+ 1063)

 【金】 1596   (+ 1070)

          返済(ー  700)

          (残り   5ヶ月)

 【木材】144 【石材】102 【人材】9

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