【視察】ザラキア:親切な押し売り

 街に出ると馬車駅の花壇にポンちゃんが埋まっていた。

 ポンちゃんはこちらに気付くと身を起こして、ごんぶとな尻尾を激しく振り回した。


<「 そこを行くのはご主人様! お昼のお散歩もきゅかっ!? 」


「何度言えばわかるんだ。これは視察、視察だってば」


<「 今はポンちゃんもお暇もきゅ! お散歩付き合うもきゅ! 」


 野生のポンちゃんが花壇から飛び出してきた。ポンちゃんはお散歩の構えだ。

 野生を捨てたたぬきは抱っこを求め、僕はそのもふもふを堪能しながら街を巡った。


「いらっしゃいませー……。あ、支部長と、領主様……今日もお暇そうで、羨ましいですポン……」


 コンビニの店長たぬきさんは、今日も疲れた顔をしていた。


<「 ポンちゃんこれでも忙しいもきゅ 」


「嘘ですポン……そこの公園で、昼寝ばかりしているポン……。いっそコンビニなんて止めて、クリーニング屋を始めたいポン……」


 コンビニあるある。撤退したコンビニの跡地がクリーニング屋。あるいはマッサージとか、エステ屋とか。どこの世界でもコンビニ屋さんは超ブラックだった。

 店長と少ししゃべってコンビニの視察を終えると、その次は街道向かいのモールに入った。


「ちょっとっ、そこのアンタ買い物していきなさいよっ!」


 モールのフードコートで何か頼もうとすると、ツインテールのロリババァに声をかけられた。


<「 ツンデールちゃんもきゅぅ! 」


「ここで会ったが2日ぶりっ、アンタたちのために乳母車を用意してあげたわ! どうせアンタとロゼのことだもの、まだ手配してないんでしょ、グズグズしてないで早く買いなさいよっ!」


 ツンデールさんはツンツンしているけど、本当は心の綺麗な押し売り(?)だ。実際、ロリババァ8人衆の中では最も商品のお値段が良心的だった。


「う、うん、それは助かるけど、まずロゼッティアとザンダー爺の意見を――」


「何よっ、せっかくあたしが用意してあげたのに買わないのっ!? アンタたちのために最高の乳母車を用意してあげたのに、何よもうっ!!」


「か、買う、買うよ……っ、わかったから泣かないで……!」


<「 ご主人様はチョロいもきゅ 」


 まだ産まれてもいないのに、幸せムードいっぱいの乳母車を転がしながらモールを歩くことになった。


「ヒャハハハッ、おいクソ領主、ハッピーがいっぱいじゃねーか! よし、はってきな、地獄突き落としてやんよ!」


 ゲームコーナーに寄ると、ヤンデールさんに早速笑い飛ばされた。


「そんなこと言って違法なことはしてないよね……?」


<( ぎくぅ……っっ?! )


 嘘を吐けないたぬきから吹き出しが飛び出して、僕はうさんくさいグレテールさんをいぶかしんだ。


「誓ってクソ野郎からふんだくってなんていないさ」


<「 ポンちゃんが保証するもきゅ! グレテールさんは正義の任侠もきゅ! 」


 正義の任侠。なんか文法レベルで矛盾しているような気がするけど、見なかったことにした。この賭場に本当に問題があるのならば、陳情としてクレームが僕の耳に届く。今のところそういう話は聞いていない。


「あらいらっしゃーい♪ ねぇねぇ、坊や、うちで粉ミルク買っていかなぁ~い?」


 ゲームコーナーを離れると、今度はママ系ロリババァのマミエールさんに遭遇した。


「え、粉ミルク、あるんですか……!?」


 粉ミルク、それは助かる! それがあればロゼッティアの負担も減る! ぜひ欲しい!


「ロゼちゃんが心配になって手配させたの♪」


「ありがとう、マミエールさん!」


「ただしたぬき用だけどー♪ 人間もたぬきもそんなに変わらないわよねー♪」


 は、たぬき用っ!?


「いやちょっとっ!? うちの子になんてもの与えようとするんですかっ!?」


 ツッコミを叩き込むと、大きなおっぱいにぷにょんと跳ね返された。


「やーん、えっちー♪」


「そ、そっちが悪いんですからねっ! ご、ごめんなさい僕失礼しますっ!」


 居たたまれなくなって僕は逃げた。


<「 ご主人様、お土産もらったもきゅ! 」


「ちょっとポンちゃんっ!? 何たぬき用もらってきてるしーっ!?」


 ポンちゃんは粉ミルク(たぬき用)を両手に抱えて、レッサーパンダよりもたくましい二足歩行で駆けてきた。


<「 産まれたら抱っこさせてー♪ って言ってたもきゅよ! 」


「みんな気が早すぎるよ……」


<「 大丈夫もきゅ、ポンちゃんもこれで育ったもきゅ 」


「いや、うちの子は、たぬきじゃないから……」


 その後はフードコートに落ち着いた。太ってしまったので、今日はアイスティーとたこ焼きだけで我慢した。

 え、たこ焼きはダイエットフードではない? だけどほら、美味しいし、タコが入っているから、少しだけヘルシーだし、食事制限は明日からがんばる。


「おお、そこにおったか」


「げっ、ニジエールさんっ!?」


「なんじゃその顔は? まあよい、ほれ、粉ミルクを用意してやったぞ」


「え、くれるの……? ニジエールさんが、僕に……?」


「坊やはお得意さまじゃ、遠慮するでない、ほれ」


「でも、どうせたぬき用なんでしょ……」


 わかっているけど僕は缶入りの粉ミルクを受け取った。そしてパッケージを確かめる。

 うん、なるほど、そうきたか、そういうことね。


「うちの子はキツネじゃねーーっっ!!」


 これはキツネ用粉ミルクだと、僕はたぬきミルクとキツネミルクを両手でクロスさせて叫んだ。若干キャラ崩壊してしまうほどに、彼女たちのチョイスに僕は大きな不満があった。


「騙されたと思って飲んでみるがよい。まあまあ美味いぞ」


「飲んだんかいっ!」


<「 ポンちゃんそれも飲んで育ったもきゅーっ! 」


「ポンちゃんはたぬきのプライドを持とうねっ!?」


 乳母車の中に2種類の粉ミルクを乗せて、僕たちはモールを出た。残りの視察は一度城に戻ってからにしよう。

 僕はたぬきとミルクを乗せた乳母車を押して、城へと引き返そうとした。


<「 もきゅ? チンチン電車の音が聞こえるもきゅ 」


「へ、チンチン、電車……? あるの、ポンちゃんの世界にも?」


<「 あっちの方から聞こえるもきゅ! 」


 乳母車からはい上がったたぬきが、黒い前足を東に向けた。

 あちらにはなんの施設も建てていない。あるものといったら、馬や馬車がまともに通れない危険な湿地と、監視塔を持つ関所だけだ。


<「 あれは煙もきゅ……? 蒸気チンチン電車もきゅ……? 」


 煙を目撃するなり、全身の血の気が引いた。

 関所の監視塔から微かな黒煙が立ち上っている。

 カンカンと遠く響くこの音色は、監視塔の兵が打ち鳴らす警鐘なのではないか?


 その問い答えは、僕の手元に存在する。

 僕は銀の目を使い、食い入るような目で領地の状態を確認した。


―――――――――――――――――――――

【内政:辺境伯領ザラキア】

 【兵力】  25

  負傷兵:  5

―――――――――――――――――――――


「ポンちゃん、この指輪を」


<「 もきゅー? ポンちゃんと結婚するもきゅ? 」


 ポンちゃんは僕の指輪をかわいく抱いて首をかしげた。


「ポンちゃん、あの音はチンチン電車じゃない。あの音は、関所の兵士さんが打ち鳴らしている警鐘だ」


<「 きゅぅ~ん? つまり、どういうこともきゅぅ? 」


「関所が陥ちたっっ、敵軍がすぐにここにくるっっ!!」


<「 て……敵ぃぃっっ!? 」


<「も、もきゃぁぁぁーっっ?! 怖いもきゅぅぅぅーっっ!! 」


「その指輪を使って、ポンちゃんは畑や工房のみんなを城に避難させて!」


<「 ご主人様はどうするもきゅっ!? 」


「ここのみんなを避難させる!! だって一人でも欠けたら、内政画面の数字が減って悔しいじゃないかっ!!」


<「 さすがご主人様、ゲーム脳もきゅっ! ポ……ポンちゃん怖いけどっ、が、がんばるもきゅぅぅーっ!! 」


 こんなことになるなら、もっと軍備に予算を回しておくべきだった。

 そんな考えても意味のない後悔を胸に、僕は民と旅行者を城に避難誘導していった。


「大丈夫、僕らには城がある! みんなを守るために築いたあの城に逃げ込むんだ! そして僕たちで敵を迎え撃とう!」


 必死の形相で領主が叫ぶと、ザラキアの民は警告に従ってくれた。人々が避難を始めると、浮かれていた旅行者たちもようやく事態の深刻さに気付いて動き出した。


 人々が恐怖の悲鳴を上げた。近しい者の名前を呼んで、互いの安否の確認を求めた。子供の泣き声が鳴り止まず、僕たちの気をおかしくさせた。


 関所からの黒煙が東の空をおおい、途絶えた警鐘が戦闘員の全滅を物語った。

 敵の到着までまだ多少のゆとりがあるはずだ。あの湿地帯を馬で越えるのはただの無謀でしかないのだから、敵は歩兵だけのはずだった。

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