【陰謀】敵勢力:ザラキア侵略計画

・侵略者


 5月13日、晴れ。毎月のように新兵を送り込まれ、駐屯地での生活が破綻して久しい頃。自分、フィリップ・バートンは主君である伯爵閣下からの招集命令を受けた。用件は疑うまでもなく、隣国ネビュロニアに関する話だろう。


 彼の国の行き過ぎた軍拡に対抗して、我が国ラングリードもまた徴兵に次ぐ徴兵、完全なる戦争準備期間に入っていた。もはやこうなってしまっては、36年にも及ぶこの長き平和が破られるのは時間の問題だ。弱き者が踏みにじられ、強き者が全てを奪い取る。救いようもない修羅たちの時代が始まらんとしていた。


 ギルムガル伯爵家の軍長フィリップ・バートン、それが自分だ。自分の家は下級騎士の一族で、祖父の代から伯爵家の軍事の一通りを任されている。その自分が招集されたということはまず間違いなく、これからろくでもないことが起きる。


 自分はそのような確信を胸に、絢爛豪華な伯爵家の屋敷、その中でも一際豪奢な政務室を訪れた。


「フィリップ、これをどう思うカニ?」


 そこで自分はとんでもない裏切りの書簡と、わざわざ時計の針を早めようとする愚かな主君の姿を見た。


「はい、歯に衣着せずに述べさせていただけば、この誘いへの同調は、敵に利するだけの愚行かと存じます」


「カッカッカッカッ、カニ、確カニ。そうかもしれんカニ」


 その書簡はネビュロニア皇帝ラウドネスおよび、アイゼンベフ要塞・太守グレンデルによる連名だった。内容を概略すると、目障りな甥アルト・ネビュラート、およびその領地ザラキアを我々に売るという内容だ。


 こちらがザラキアに侵略を仕掛けても、アインベフ要塞は見て見ぬ振りをする。領主アルトの兄ミュラーが動く前に好きに蹂躙するといい。大まかにそう記されている。


「今のザラキアはなかなか豊かな土地カニ。占領して、重税を課せばぼろ儲けカニよ」


「はっ、さすがは我が君にございます」


 民の生活を省みない外道が。民は貴様を富ませるために生きているのではない。自分はうやうやしく伯爵にこうべをたれながらも、心の目で外道を睨んだ。


「しかしこれは策略かもしれません。最悪は敵に、開戦の大義名分を与えることになりかねません」


「フィリップ、お前は昔から甘いカニ。そんな甘い考えだから、お前らバートン一族は代を重ねても貧乏貴族をやってるカニよ」


「しかし了承を得ず動いたとなれば、本国に切り捨てられる可能性もございます。まずは国王陛下に判断を仰がれては?」


「お前、バカカニか!? いちいち返事を待っとったら、他の諸侯にザラキアを横取りされるカニよ!」


 それはあり得る話だった。我々が動かなければ、ネビュロニア皇帝らは別の領地にこれと同じ書簡を届けるだろう。

 その領地の軍人がまともな人間とは限らない。酷い略奪行為を働くかもしれない。考えるだけでも心が痛む……。


「自分は軍長として、伯爵閣下のご命令に従うのみ。貴方が攻めろとおっしゃるならば、自分は軍長として征服に全力を尽くしましょう」


「よくぞ言ったカニ。大将は我が子ロブ、お前はその補佐カニ。万一大怪我でもさせたら、お前ら一族は首カニ」


 ロブ・ギルムガル。ギルムガル伯爵家の嫡子にして人格破綻者だ。そんな男が大将となったら略奪は避けられない。


 一人の人間としてそれだけは避けたかったが――当主クラブ・ギルムガルは譲らなかった。この一方的な戦いを息子の初陣として、ギルムガル伯爵家の名声とする。ザラキアで暮らす民のことなど、我が主は考慮にすら入れていなかった。


 その息子、ロブ・ギルムガルが政務室に呼び付けられた。


「おいおい、マジかよパパーッ! やっべ、テンション超上がってきたわぁーっ! 俺さぁ~、ババァとか、ガキとか、女子供? 1度そーいうやつ、なぶり殺しにしてみたかったんだよねぇーっ、ハハハハーッ!!」


「カーニカニカニカニ! これは戦争カニ。異国の民に市民権はないカニ。好き放題暴れてくるカニよ」


「大好きだぜぇーっ、パパーッ! まずはジジィを斬ってよぉーっ、そんで泣き叫ぶババァを斬ってよぉっ、それから孫とか見つけ出してよぉっ、両親の前で首ちょん斬ってやったら最高だろなぁーっ!!」


 許せ、ザラキアの民よ。自分ができることは行軍を遅らせることくらいだろう。


 ザラキアは一歩間違えれば、馬ごと飲み込まれてしまう湿地帯の彼方の地。多くの兵は送れない。しかし書簡によると相手兵力はたった30名。我らギルムガル軍の敵ではない。


 祖国に切り捨てられたザラキアが生き残る道はどこにもない。せめて逃げられる者だけでも逃がしてやり、残りは悪魔の生贄となってもらう他になかった。


―――――――――――――――――――――

【内政:辺境伯領ザラキア】

 【人口】1215  (+150)

     (ドロイド人口 +75)

 【治安】100/100(+ 0)

 【民忠】124/100(+ 8)

 【兵力】  30

 【馬】    0

 【魔導師】  0

 【魔導兵】  0

 【求職者】 91

 【施設数】7/7

 【補足】()は先月比

―――――――――――――――――――――――

【備蓄:辺境伯領ザラキア】

 【兵糧】1377   (+ 1042)

 【金】 1226   (+ 1049)

          返済(ー  700)

          (残り   6ヶ月)

 【木材】144 【石材】102 【人材】5

―――――――――――――――――――――――



 ・



・防衛者


 6月18日、半ズボンで暮らしていたい快晴の真夏日。今の僕はとある深刻な事情によって、どうしようもないほどに焦っていた。


 現在、ロゼッティアは妊娠9ヶ月半。今月上旬までには産まれるだろうと思われていた我が子が、まだ母親のお腹を内側から蹴っていた。


「なーにー? そんなに気になるー?」


「いや別に。ただ見ていただけだよ」


「えへへー、嘘ばっか。アルトってそういう、正直じゃないところがいただけないなー」


 身重のロゼッティアとバルコニーで昼食を共にした。ロゼッティアの食欲はものすごくて、最近は僕の倍も食べる。

 食事が終わった今も、彼女は自販機で買ったチーズバーガーをもりもりと食べながら、僕が貸した小説を読みふけっていた。


「ねぇねぇ、この話の犯人って誰ー?」


「何を言っているんだよ……。それを知ったら面白さの99%が壊滅だよ」


「だってー、なんかまどろっこしいんだもーん」


 人によって読書の立ち位置は変わるけど、読書は暇つぶしの性質が強いと思う。

 妊娠して暇になったロゼッティアは、僕が実家から持ってきた本を読みあさったり、コンビニで雑誌をかき集めるようになった。


「まあ、それは一理あるかな。あまりに長く引っ張られると、なんか待ち疲れちゃうよね」


「そうそう、わかるー! それに――おとと……また蹴った……もう、この子ヤンチャすぎ♪」


 読書を止めて席を立った。かたわらに僕が寄ると、ロゼッティアは服のすそをあげて大きなお腹を見せて、迷う僕の手をそこに当ててくれた。


 僕たちの子供はロゼッティアにそっくりだ。いつだって元気が有り余っている。それでいて、僕にも似ているかもしれない。この子はまだ産まれてもいないのに引きこもりだ。


 そろそろ出てこいよと、僕はお腹越しにやさしく我が子を撫でた。

 早くこの子をこの胸に抱きたい。いつのまにか自然と、そう考えられるようになっていた。


「ふーん、最近、お父さんの顔をするようになったじゃん?」


「そうかな?」


「うん! 前以上にやさしい顔するようになった! 前は迷ってる感じすごかったけど、そういう顔しなくなったよー!」


 僕はロゼッティアのお腹に頬を寄せた。そこに宿る生命に早く会いたい。お腹から返ってくる足の振動が、僕を少しだけ大人に変えてくれたようだった。


「……前にも言ったけど、元々の僕たちは婚約なんてしていなかった。君のお腹にこの子もいなかった。僕からすれば、いきなり君との婚約関係と、この子が僕の前に現れたのが、確かな現実なんだ」


 そんな出来事を何も考えずに受け止める方が不誠実だ。

 ロゼッティアは僕の言葉に心細そうな顔をした。


「でも、一緒に暮らしてゆくうちに今の状態が自然になった。僕は行為には及んでいないけど、ここにいるのは僕たちから生まれた子だ。僕はそれを認めるよ。必ず、この子と君を僕が守るよ」


 お腹の子にも伝えるように、お腹に口を寄せてそう伝えた。

 そうすると突然ロゼッティアが鼻をすすりだして僕は顔を上げた。そこにはロゼッティアの幸せそうな嬉し涙があった。


「もう、そういうの、早く言ってよ……。本心ではアルトは……あたしも、この子も、認めてなんかいない……。そんな気がずっとしてたんだから……」


「そんなことないよ、突然降りかかった現実に、ただ迷っていただけだよ」


「そんなことあるよーっ! だって、あたしとの婚約も! この子も! 改変前の世界からきたアルトには、背負う必要のない勝手な出来事じゃん! 認められなくて当然だよっ!」


「うんっ、それはそうだけど気が変わったんだっ! 早くこの子が見たい! 早く大きくなった姿を僕は見たいんだ!」


 抱えていた感情をぶつけ合って、僕たちは身を寄せ合った。この子がちっともお腹から出てこないから、僕たちは少しナーバスになっている。無事に産まれてくれるか、今でも心配でたまらなかった。


「さて、僕は視察に行ってくるよ。最近……ちょっと太ったかもしれないから」


「あははっ、落ち着いたらダイエットに付き合ってあげるー♪」


「いいね、ぜひそうしようよ!」


 原因はロゼッティアの食欲だ。毎日あれだけ美味しそうに食べるから、つられて僕まで食べすぎて太ってしまった。

 加えてストレスもある。現在のザラキアは危険な状態にあった。一歩間違えれば、大切な物全てが崩れ去ってしまうほどに、危ない橋を渡っていた。


 性急に防衛体制を整えたい。けれどこれ以上の借り入れは、ラクーン商会も受け入れてくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る