【撤退】こんなこともあろうかと:時速144km

「呪われた子が……」


「無礼も大概にしてもらおうか、太守殿!!」


「ありがとう、ノワールさん。でも僕、もう昔のことなんて気にしてないから」


 アイゼンベフは大門を閉じれない。僕たちはこの脅しに屈する必要はない。毅然と僕は悪辣な太守グレンデルの視線を跳ね返した。


「有事の際、我らの庇護を受けられなくなるぞ。領民を皆殺しにされてもよいのか?」


「それは貴方ではなく、元帥ミュラーが決めることだ」


「愚かな。援軍が数日遅れることになるのだぞ?」


「なんでもないね、そのくらい」


 なんでもある。今のザラキアは国の庇護がなければ生き残れない。それを承知で僕は要求を突っぱねた。


「現実もわからぬ若造が……。その言葉、破滅を招くぞ」


「だったら僕は予言しよう。要塞都市アイゼンベフは、いずれはその役目をザラキアに奪われる。アイゼンベフの若者はザラキアに流れ、ここは老人ばかりの寂れた田舎になり果てるだろう」


「いいだろう。今後、我らはザラキアの防衛に加わらぬ。自らの身は自らで守るがよい」


 交渉は決裂。お土産を買うこともかなわず、僕たちはアイゼンベフ要塞を後にした。

 馬? もちろん、再レンタルなんて通るはずがない。


「アルト様、私は傭兵です。あのような不誠実な悪党に、しばしば煮え湯を飲まされてきました」


「そうなんだ。傭兵さんも大変なんだね」


「アルト様、私は決心しました。私は――傭兵を止めます」


「えっ、それは困るよ!」


 僕は信じていた人たちに切り捨てられた時のトラウマを抱えている。でもノワールさんはあの人たちとは違うと、信じていたのに……。


「いえご心配なく。私は傭兵を辞めて、貴方様の家臣団に加えていただきたく存じます。今朝、新兵の訓練を訓練をしていた際に、そう強く思い立ったのです」


「はぁぁっ、もう、びっくりさせないでよっ! ノワールさんが僕の家臣っ!? 最高だよ、もちろん大歓迎だよっ!」


 ノワールさんの手を取って僕は舞い踊った。16歳だし、こういうのもギリギリ許されるかな。


「このように自堕落ながら、これほどまでにまともな領主、このノワール初めて拝見いたしました。貴方こそが仁君。ゆるいその暮らしぶりこそが、ゆとりある生活の模範。どうかこれから、何とぞよしなに、この私をこきお使い下さい!」


 ゲーム中盤の敵が僕の家臣か。まあそういうのもいいかもしれないな。

 晴れやかな気分になった僕は徒歩を止めて、ある荷物をリュックから下ろした。


「僕も実は今回の誘い、ちょっと変だと思っていたんだよね」


 あの太守はおとなしく僕たちを帰すつもりなんて、端からなかったようだ。

 耳を澄ますと騎馬隊のひずめの音がこちらに近付いてきている。


「ねぇノワールさん、騎馬とエアボード、どっちが速いか試してみない?」


 こんなこともあろうかと、馬よりもぶっ飛ばせるエアボードを持ってきていた。


「フッ、それはつまり、貴方が私を背におぶるということですか?」


「そうだよ。でもロゼッティアには秘密にしてほしい。彼女、明るく見えて嫉妬深いから……」


「かしこまりました。では、我が主よ、よしなに」


 僕はエアボードに両足をかけて、エアボードに片足立ちになったノワールさんを背に抱えた。

 エアボードは坂道なんてお構いなしで加速してゆく。


「小柄な青年と女傭兵! いたぞっ、捕らえろ!」


「残念っ、もう遅いっ!」


 エアボードが電動式自転車くらいの速度で小さな丘を越えると、その先は短い下り坂だ。下り坂となるや否や、その乗り物は位置エネルギーを推進力に変えた。


「た、隊長っ、人間が空を滑っているでありますっ!!」


 いやもっとシンプルに、僕たちを囲もうとした追手たちを超加速でぶっちぎった!!


「待てっ、待て貴様らっ!! 馬よりも速く走るんじゃぁなああいっっ!!」


 アルトくんは12キロメートルの道のりを5分ほどで走破しました。さて、時速何キロ出ていたでしょう。

 答えは、12キロ × (60分 ÷ 5分) = 約・時速144キロメートル。


 領地防衛への大問題を抱えながらも、最高にスリリングなランとなった。

 あの老害太守め、さらにザラキアを発展させて、人口と金を吸い取ってやるから覚えていろ。


 そんな気持ちを胸に、僕はザラキアの大地でノワールさんと笑い合った。

 エアボード。それは僕の新しい宝物となっていた。


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【内政:要塞都市アイゼンベフ】

 【人口】17274  (- 108)

 【治安】 70/100(- 2)

 【民忠】 71/100(- 3)

 【兵力】 5000

 【馬】   500

 【魔導師】  10

【補足】

 すでにザラキアに民と富を吸われ、緩やかに衰退している。

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