【訪問】アイゼンベフ要塞:かつあげ

 その翌日の5月2日。僕は朝一で起床し、ザンダー爺の手を借りて政務を片付けた。

 城内の練兵所では夜明け前からノワールさん直々の指導で、新任の兵隊さんたちの訓練が行われていた。


「ご領主様、ようやく馬の手配が完了したそうです。……ですが、よろしいのですか?」


 ノワールさんが書斎にやってきて、やや気がかりそうに報告してくれた。


「アイゼンベフはゾロゾロと兵隊を引き連れて行くような場所じゃないよ。それに、何かあっても僕だけの方が守りやすいでしょ」


 これから僕たちは要塞都市アイゼンベフを訪れる。

 アイゼンベフはザラキア北方の丘を越えた先の狭道にそびえていて、距離にしてたぶん12キロメートルほどのやや遠方にある。


 そのアイゼンベフの太守からの招待状が届いた。直接会って今後の話をしたいという誘いだった。


「理屈はそうなのですが、このノワール、どうも本日は落ち着きません」


「大丈夫、ノワールさんが優秀なのは知っているから」


 ロゼッティアとポンちゃんに一声かけて、僕たちは城の前でアイゼンベフから借りた2頭の馬にまたがった。


<「 お土産はお菓子がいいもきゅ! 」


「引きこもり領主がきたぞー、とか言われちゃったりしてー」


<「 お菓子がなかったらナッツかはちみつがいいもきゅ! よしなにもきゅ! 」


「ポンちゃんは食い意地はってるなー。いってらっしゃいっ、アルト!」


 婚約者とたぬきに見送られて、僕はノワールさんと短い旅に出た。

 季節は晩春。彼方の丘に明るい日差しが降り注ぎ、色彩豊かに世界を彩っていた。



 ・



 アイゼンベフ要塞は長い歴史を持つ大要塞だ。過去に幾度となく敵国の侵略を防ぎ、そしてまた陥落を繰り返してきた。


 断崖の狭道を利用したその要塞は、城壁の高さだけでも20メートル近くありそうだった。

 僕たちは壮大な大門から要塞内部に入った。


「ようこそいらっしゃった、ザラキア辺境伯殿。私がアイゼンベフ要塞太守のグレンデルだ」


「アルト・ネビュラートです。このたびはお招きいただきありがとうございます」


 太守グレンデルは平時だというのに、重そうなプレートアーマーをまとった初老の男だった。髪はボサボサの赤毛で、目つきに神経質ものを感じた。


 社交辞令もほどほどに、僕は要塞奥の会議室に招かれた。


「お話というのは他でもありません。ザラキアの地を、我らに明け渡しては下さいませんかな?」


 着席するなり、耳を疑うような要求をされた。


「無礼な! アルト様は継承権を放棄したとはいえ、血筋は皇族にあらせられるぞ!」


「では致し方ない、アイゼンベフは大門を閉じさせていただきましょう」


「……ああ、そうきましたか」


 これは脅しだった。さっきの要求は恐らくブラフで、僕たちを交渉で従わせるのが彼の目的だった。


 ここの大門を閉じられると、ザラキアとしてはかなりまずい。帝国からの買い物客がザラキアを訪れなくなり、経済的に困窮する。ラクーン商会への返済も滞る。

 そうなると僕はデスゲーム送りだ。(妄想)


「アルト様はアイゼンベフのために、あれほどの兵糧をかき納めたのだぞ! 厚かましいにもほどがある!」


「ありがとう、代弁してくれて嬉しいよ。でも落ち着いて、ノワールさん」


「聞けばそちらは、ずいぶんと儲かっている様子。しかしこちらの商人は口々に、ザラキアに客を奪われたと、私に厳しい口調で文句を言ってきていましてな……」


 アイゼンベフは発展するザラキアが目障りのようだ。太守である彼としても税収が落ち込むのは困るのだろう。


「なるほどね、要するに、みかじめ料を払えってこと?」


「うむ、話が早くて助かる」


 こっちは投資に次ぐ投資の中で必死でやりくりしているのに、みかじめ料なんて払っていたら発展が大幅に遅れてしまう。


「ザラキアは豊かだ、これからも発展してゆくだろう。だがね、辺境伯殿、君たちの安全を守っているのは誰だ……?」


「アイゼンベフ要塞の勇敢なる兵士たちです」


「そう、我々が君たちを陰から守っている。ならば、君たちも我々を支えるべきだろう」


「で、いくら払えばいいのですか?」


「そちらもまだ苦しかろう。月に30万シルバー払ってくれるだけでよい」


「貴様それでも軍人かっ!! 年間で360万シルバーもの大金を、無辜むこの民から搾り取る気か!」


 要するに月間で金300を上納することになるということだ。異国の国境あさりなんかより、同胞の方がえげつなかった。


「大門を閉じるね……そんなことが、本当にできるのかな?」


「なんだと……?」


「南方からの砂糖、穀物、香料、繊維。異国からの輸入に依存している品も数多い。太守殿、貴方は本当にこんな下らない脅しのために、大門を閉じる覚悟がおありですか?」


 そう問うと余裕ぶった太守の顔付きが変わった。忌々しい者見るような目で、小柄な小僧アルトを見下した。

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