【達成】クエスト:秋葉原

5月1日、晩春――


 クエストの期限がやってきた。要塞都市アイゼンベフに兵糧3000を届けるという兄上との約束は、今月いっぱいが期限だった。


 ザンダー爺手作りの健康的な朝食を楽しむと、僕はすぐに書斎にこもった。そこで一通りの政務をまず片付ける。それが不真面目な僕なりの習慣だった。


 全て片付くまでに2時間強。人口が増えるにつれて、少しずつ僕の仕事は増えていっている。午後は働きたくないけど、午前くらいは働いていたい。それこそが全人類の夢だ。マジで。


「お疲れー、お仕事終わったー?」


 そこに僕の仕事が終わるのを見計らっていたかのように、大きなお腹のロゼッティアがやってきた。

 今月で妊娠8ヶ月。早ければもう破水が始まってもおかしくない頃だった。


「うん、ほとんどね。でもまだ1つだけ残っている」


「そうなの……? うーっ、つまんなーい! 遊んでもらおうと思ったのにー……」


「すぐ終わるよ。というより、ちょうどギャラリーが欲しかったんだ、見ていかない?」


 銀の目を使い、今月の発展・収支を確かめた。


―――――――――――――――――――――

【内政:辺境伯領ザラキア】

 【人口】1045  (+137)

     (ドロイド人口 +65)

 【治安】100/100(+ 0)

 【民忠】116/100(+ 8)

 【兵力】  10

 【馬】    0

 【魔導師】  0

 【魔導兵】  0

 【求職者】 77

 【施設数】7/7

 【補足】()は先月比

―――――――――――――――――――――

【備蓄:辺境伯領ザラキア】

 【兵糧】3335   (+ 1204)

 【金】  327   (+ 1021)

          返済(ー  700)

          (残り   7ヶ月)

 【木材】144 【石材】52 【人材】2

―――――――――――――――――――――


 民忠がオーバーフローしているけど、あまり気にしないことにしている。だって多ければ多いに越したことはない。


「あ、今月ってー、ミュラー様からの依頼の期限だったっけ……?」


「そうだよ。それを済ませたら、しばらくはこの力を使うことはないかな」


 続いてクエスト画面を表示させた。


――――――――――――――――――――

【受領済みクエスト】


・ミュラー元帥の依頼1

 【納品:兵糧3000】

 【報酬:金550、石材50、兵士20】

 ※兵士は兵糧を消費します

――――――――――――――――――――


「あ、これこれっ! アルトの力って便利だよねーっ、これあればメモ帳要らずじゃーん!」


「うん、実際すごく便利だよ。でも、これを見たらロゼッティアはどう思うかな……?」


 実はまだ輸送隊の人員を確保していない。次にロゼッティアに見せる画面がその理由だった。


――――――――――――――――――――

クエスト:ミュラー元帥の依頼1

【確認】

 『兵糧3000』を納品して、このクエストを完了させますか?

 →・是 ・否

――――――――――――――――――――


「え、これ、どういうこと……?」


「僕の力って、使うと勝手にお金や物資が消えるよね。そして該当エリアに施設が立つ」


「うんっ、すごい楽ちんだよねー! 泥棒なんてしたら、すぐにアルトにバレちゃうってことだし!」


 そう言いながらロゼッティアは、書斎のイスに座る僕の膝に乗った。

 僕は彼女が転んだりしないようにお腹に腕を回した。


「つまり、この『是』というボタンを押すと、同じことが起きるのだと思う」


「それマジッ!? すごいじゃんっ!!」


「……どいてくれない?」


「なんでー?」


「仕事のやる気が吹っ飛ぶから」


「じゃあサボっちゃえー♪ 今日は一日中、あたしとゴロゴロしようよー?」


「いいからっ、早くどいてよ……っっ」


 気まぐれなロゼッティアははしゃぎながら婚約者の膝から立つと、画面に意識を向けた。


「早く押してみてっ!」


「それを邪魔しておいてよく言うよ……」


 僕もロゼッティアと並び立って『・是』のボタンを押した。


――――――――――――――――――――

クエスト:ミュラー元帥の依頼1

【完了】

 『報酬:金550、石材50、兵士20』を獲得しました。

――――――――――――――――――――


「あはははっ、画面に花吹雪が舞ってるーっ、おもしろーいっ!」


 クエストを完了させると短い曲ジングルと桜吹雪が舞った。

 今頃はアイゼンベフ要塞に兵糧の山が現れている頃だろうか。


「わっわっ、アルトッ、お化けっっ!?」


「お化けじゃないよ」


 それから予想された現象が起きた。

 僕の書斎机に小さな光。さらにその書斎机の前に沢山の大きな光が現れた。後者の数は数えて20。その正体は推理力を働かせる必要もない。


「ザラキアの新しい兵隊さんたちだよ」


 光は鉄の鎧をまとい、腰に剣を下ろしたネビュロニア兵に変わった。

 彼らは辺境伯アルトネビュラートに、かかとを鳴らして敬礼をした。


「アルト・ネビュラート様! ミュラー元帥のご命令により、ネビュロニア陸軍所属164番小隊、ただいま着任いたしました!」


「長旅ご苦労様、君たちの着任を許可します」


「はっ、どうか我々の働きにご期待を!」


 兵隊さんたちは目に見えて若い人たちが多かった。

 まあこんな辺境地にきたがる人なんて、自由の利く若い世代に限るのだろう。


「ザラキアはまだまだ田舎ですが、他の地方にはない刺激的な施設がたくさんあります。まずはザラキアが誇るあの街で、旅の疲れを癒してどうでしょうか」


「すっごく楽しいよーっ! おすすめは自販機とガシャポン・ポン! この前、ガシャから乳牛を当てた人もいるんだよーっ!」


 え……!? あのガシャ、回した猛者がいたの……? 正気?

 というかその話は、かえって兵隊さんたちを混乱させるだけなのでは……。


「はっ、ザラキアの噂は存じております! 我々が志願したのは、兵士をしながらザラキアで遊び倒したい一心からとなります!」


「え、そうなの……?」


 つい言葉を崩してしまうほどに意外だった。


「はっ、我々のようなコレクター趣味をこじらせた者たちには、ザラキアは夢の楽園! いえ、聖地そのものであります!」


 この人たち体格は立派だけれど、みんなそういうオタク趣味の人たちらしい。まっすぐにガシャポン・ポンコーナーに向かう姿が僕には想像できた。


 もしかしてこの世界におけるザラキアって、昔の秋葉原みたいなポジションになっているの……?


「残念だなー、こんな身体じゃなきゃ案内したげたんだけどなー」


 兵隊さんたちがソワソワとしているので、『今日のところは自由にして下さい』と言って解散させてあげた。


 彼らは早足で、しかし決して隊列を崩さずに、このお城から街の方角へと二列横隊で行進していった。


「ふふっ、アルトと気が合いそうな人たちだねー」


「うん、僕もそう思う。頑固な人たちじゃなくてよかったよ」


 イスに腰掛けると、ロゼッティアがまた僕の膝に座った。

 『君ね、いい加減にしなよ……?』という渋い顔を送っても彼女は遠慮なんてしなかった。


「だって今のうちじゃん。この子が生まれたら、イチャイチャする余裕もなくなるよー?」


「……一理あるかな。でも、そこに座るのは止めて」


「えー、なんでぇー♪ 何か都合の悪いことでもー、あるのかなぁー……♪」


「あるんだよっ、わかってるくせに……っ!」


 彼女にイスを譲って、銀の目の力を使った。


―――――――――――――――――――――――

【備蓄:辺境伯領ザラキア】

 【兵糧】 335   (+ 1204)

     新規兵士20名(-  200)

 【金】  877   (+ 1021)

          返済(ー  700)

          (残り   7ヶ月)

 【木材】144 【石材】102 【人材】5

―――――――――――――――――――――――


 金550、石材50がしっかり追加されていた。

 というかさっきの書斎机の光はやっぱり、55万シルバー分の金貨の山だった。


―――――――――――――――――――――

【内政:辺境伯領ザラキア】

 【人口】1065  ( +137)

     (ドロイド人口 + 65)

 【兵力】  30  ( + 20)

―――――――――――――――――――――


 それと人口20、兵力20が増えていた。

 軍事力がこれで3倍。領民もこれで3倍分、安心できるようになるだろう。

 それが来月の人口増加をブーストさせてくれることを期待した。


「あの兵隊さんたち楽しそうだったなー。ねぇねぇアルト、お散歩いかない?」


「それ、陳情の後でもいい?」


「それならもう、下でザンダーさんが片付けちゃったよー?」


「そ、そう、また勝手に……。なら、この後はロゼッティアと遊んじゃおうかな!」


「やったーっ、いこーっ、アルトーッ!」


 大切な彼女の手を引いて、階段では転ばないように慎重に支えて、僕は大好きなロゼッティアとその日を遊び倒した。

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