【アプグレ】職人街:彼女も大胆アプグレ
冬場の川の水は動揺を落ち着かせる特効薬だった。
ロゼッティアには見せたくない赤面もそれで顔を洗うとすぐに気持ちと一緒に冷えてくれて、僕は大自然の大いなる力に感謝したくなった。
というかマジ冷たい。指がかじかむ。自分でこんなことしておいてなだけど、早くポンちゃんのお腹で暖まりたい。
僕は無自覚にゆるんでいまう表情を引き締めた。
それから工房前に戻ると、平静をよそおった声でロゼッティアたちを外に呼んだ。
「早いね、スッキリ、した?」
「その引っかかる言い方止めて」
<「 ご主人様かわいかったもきゅ! ポンちゃんご主人様推し―― 」
<「 モキャァァッッ?! 」
はぁ、暖かい……。
ポンちゃんのお腹で冷え切った指を暖めた。
そうしながら【職人街】から離れて【畑】に移動する。アップグレードしたら高い屋根の上にいましたとか、そういう余計なハプニングは避けたかった。
ちなみにぽんちゃんはジタバタと暴れていたけど、僕は決して口の軽いたぬきを逃さなかった。
「じゃ、アップグレードするよ」
「うんっ、アルトならもっとハッピーな未来を作れるよー!」
<「 心配ないもきゅ! 何が起きてもポンちゃんがずっと隣にいるもきゅ! 」
そう言ってくれる彼女とたぬきに感謝した。
さあ、やろう。銀の目を使って内政画面を表示させて、パパパとアップグレード画面に移行させた。
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【職人街】Lv1をLv2にアップグレードしますか?
→・是 ・否
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いや、本当に、アップグレードするべきなのかな……?
「大丈夫っ、彼女じゃなくなってもあたし、もう一度アルトを口説くからっ! もう一度あたしに振り向かせる、ただそれだけだよーっ!」
「また口説かれる側なんだ、僕……」
「当然だよー、だってあたしの方が、少しお姉さんなんだからさーっ」
「よしっ、そこにはいっぱい反論したいけど、まあよしっ、じゃあ行くよっ!!」
とにかくやってみないとわからない!
僕は覚悟を決めて画面の『是』をタッチした!
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ザラキア領主:アルト(100/100)は【職人街】のアップグレードを進めた!
成功! 建設度が100%となり【職人街】Lv1は、【職人街】Lv2となった!
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建設は順当に成功。僕の目の前で工房と水車が光り輝いてゆく。250メートル四方の敷地から見ればちっぽけだった5つの工房が、『ドンドンカンカン』と建築音を響かせながら大工房と呼べる姿に増築されてゆく。
それら五工房が完成すると、今度はその隣に小さな倉庫が生えてきた。
さらに元々は土塊の地面が広がるだけだった敷地に石畳の道が整備されて、それが北部の田舎道とつながった。
その道を追って視線を送ると、田舎道側の敷地には立派な大倉庫まで建っていた。
――――――――――――――――――
【職人街:Lv2】
【効果:金200(月)】
【労働者 40/40】
(現在のザラキアの【求職者】24)
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これで月間の金収入が100増えた。
工房の数が5つのままということは、1つの工房に8人の労働者が働いている計算になるのだろうか。
大規模な工房が5つも集まり、それぞれをオシャレな石畳が繋いだその光景は、別に工場マニアってわけじゃないけど、各工房の連携を想像させられて熱いものがあった。
「なんか、製品をガンガン生産してくれそう……。これ、悪くないんじゃないかな、ロゼッティ――――ア?」
ロゼッティアが消えた。
確かに僕の右隣でワクワクと目を輝かせていたのに、静けさだけがそこに残っていた……。
「え……ポンちゃん……? え、みんな、どこに……え…………」
ポンちゃんも消えた。
僕は恐怖に目を見広げて、大切なロゼッティアとポンちゃんと等価交換された立派な五工房を前に立ち尽くした。
「い、いや……焦るのは早い……。あの中を、彫金工房を確かめればいいんだ……」
恐怖に沈んでいた目線を上げ直すと、荷運びをする徒弟の姿を見つけた。
それぞれの工房から徒弟たちの声や金槌、のこぎりの音色が騒がしく辺りに響き渡っている。
自分でも情けない弱い足取りで、僕は彫金工房を訪ねた。
広い工房にロゼッティアの姿はどこにもなかった。顔も知らない4人の徒弟たちが分業で燭台や金具を仕上げていた。
僕の彼女はある日突然現れて、突然消えてしまった……。
「おや、旦那様? どうしちゃったんですか、そんなに顔色を青ざめさせて?」
「君は……?」
職人のツナギをまとったあどけない女の子が僕の顔を下からのぞき込んだ。
小柄な僕を下からのぞき込めるほどに、その子は工房に不釣り合いなほどに小さかった。
髪はグリーン。艶やかな髪を腰まで長く伸ばしていた。
まだ13か14歳ほどに見えない外見なのに、ずいぶんとしっかりしている子だ。
「お忘れですか? 私はオルベリアです。今はここの工房を任されています」
「こ、ここの工房、を……? 君が、ここの、責任者……?」
じゃあ、僕のロゼッティアはどこ……?
消えてしまって、永遠にもう会えないなんてそんなこと、あるわけないよね……?
「本当にどうされちゃったんですか? お屋敷に戻られた方がいいんでは?」
「君の前任者は……?」
「はぁ? なんでそんなこと私に聞くんですか? そんなの、ロゼお姉さまに決まってますけど?」
「それ、ロゼッティアのことっ!? ロゼッティアはどこっ!?」
「……みんなちょっと聞いてです! 旦那様の様子がおかしいから、私お屋敷まで送ってくるんです! 私がいないからってサボらないで下さいですっ、結局残業になるんです!」
僕は新任のオルベリアに連れられて屋敷へと引き返した。
ロゼッティアは消えてなんていなかった。ロゼッティアとポンちゃんは今、僕の屋敷にいるそうだった。
よかった……。
でも、なんで……?
ポンちゃんはともかく、なぜロゼッティアが工房を退いて、僕の屋敷にいるの……?
「なんなんですか?」
「いや……なんでもないよ」
その質問をオルベリアに聞く勇気なんて出なかった。敬語が少しつたないところは年齢相応だけど、どことなく手厳しそうな雰囲気だった。
とにかくロゼッティアもポンちゃんも消えてなんかいない。最悪の事態は避けられたのだ。
そう安堵しながら僕は突然生えてきたロゼッティアの妹分と歩き、ウェーブのかかったフワリとした髪に見とれた。
「あの……なんなんですか……?」
「オルベリアはロゼッティアのこと、好き?」
「そんなの当然なんです。私はいつか、ロゼお姉さまみたいになりたいんです」
「よかった。ロゼッティアもずっと、優秀な徒弟を欲しがっていたから」
「今日の旦那さま、なんか変なんです。おやすみになった方がいいんです」
橋を越え、旅行客で賑わう街を抜け、やがて屋敷の庭園に踏み入った。
<「 お帰りなさい、もきゅー! 」
「ポンちゃんっ!! いきなり消えて驚いたよっ!!」
<「 もきゅぅ……? 」
<「ポンちゃんはお仕事しながら、ゼッちゃんと一緒にいたもきゅよ? 」
「ポンちゃん様、さっきから旦那様の様子がおかしいんです。あっ、ロゼお姉さま!」
屋敷の玄関からロゼッティアが現れた。
「なっっ、んなっ、な、なあぁぁぁぁぁぁーっっ?!!」
僕はロゼッティアの姿があまりに衝撃的で、尻餅をつかずにはいられなかった!
ロゼッティアが白い立派なコートをまとっていた。そして、コートの下のそのお腹が――
「どうしたのー、アルト?」
妊婦さんの、お腹になっていた……。
「あ、ああ……ああああ…………」
「あーっ、わかった! もぅっ、またあの力をつかったんでしょー? 現実がまた変わって、また一人でビックリしてるんでしょー?」
<「 何があったもきゅ? 」
「それはこっちのセリフだよーっっ!? そ、その、そのお腹……っ、な、なに……っっ!?」
震える指でお腹を指さすと、ロゼッティアが幸せそうに笑った。
「えーー♪ 自分が彼女にしたこともー、思い出せないのー?」
「ぼ……僕……? 僕が、それ、やったの……?」
犯人は僕だった。僕がロゼッティアのお腹を大きくした犯人だった。ロゼッティアは尻餅をついたままの僕をおかしそうに笑っている。
<「 ご主人様の赤ちゃんもきゅ! 」
「うわあああああーーっっ?!!」
ポンちゃんの察してくれない一言が記憶の堤防を決壊させた。
せき止められていた存在しない記憶が、僕の中に流れて込んでくる。
「ぼ、ぼくは、なんてことを……あ、ああああ…………」
僕はそんなことしない!
僕にそんなことできるはずない!
なのになんで、こんな、こんな過激なことを僕が……っっ!?
「どういうことなんです、ロゼお姉さま?」
「あはは、別に大したことじゃないよー。アルトは時々こうなるの。銀の目の力が大きすぎて、振り回されちゃうの」
改変に植え付けられた記憶によると、ロゼッティアを妊娠させた犯人は僕だ……。
工房をアップグレードしたら、立派でオシャレな工房に発展した上に、彼女のロゼッティアとの関係も発展していた。
この改変世界の僕は、ロゼッティアを妊娠させてしまった責任を取っていた。再来年の18歳の誕生日に結婚することを前提に、僕らは同居関係の婚約者となっていた……。
「どんな世界から迷い込んできたか知らないけどっ、ここではこうなってるんだからっ、観念してよねーっ、アルトー♪」
<「 ご主人様、何があってもポンちゃんが隣にいるもきゅよ! 」
ポンちゃん、そのセリフを聞くのは今日で2度目だよ……。
僕は弱い足取りで立ち上がり、自室に引きこもってしばらく頭の整理をすることになった。
ああ……。信じて送り出してくれた兄さんとリアーナ姉さんに申し訳が立たない……。
まだ18にもなっていないのに、女の子をはらませるなんて……なんて、なんてハッピーな悪夢なんだ……。
存在しない記憶によると、ロゼッティアは現在妊娠4ヶ月。あと5ヶ月もすれば、僕は望む望まざるとに関わらず、我が子をこの手に抱くことになっていたのだった。
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