【交友】年上彼女:大胆ムーブ

 朝からグラタンと牛丼の、ハッピーだけど『領主としてこの食生活はどうなんだろう!?』と思わなくもない朝食に舌づつみを打つと、僕とポンちゃんは兵糧の取引をした。


―――――――――――――――――――――

【備蓄:辺境伯領ザラキア】

 【兵糧】 680   (+1356)

 【金】 1181   (+1120)

          返済(ー 900)

          (残り 10ヶ月)

 【木材】117 【石材】62 【人材】6

―――――――――――――――――――――


 これで人材よし。金備蓄よし。今日の行き先が決まった。


「お出かけですか?」


「うん、ちょっと職人街の方まで」


「あちらですか、あちらならば問題ないでしょう」


「ん……? 何か引っかかるような言い方だね?」


「は、東方のラングリード王国に妙な動きがございます。本国との小競り合いに発展する可能性もございますので、念のためご注意を」


 確かにそろそろ軍事面への投資を行いたいところだ。

 コンビニとモールで豊かになったザラキアは、盗賊や傭兵に狙われてもおかしくなかった。

 さらにしいていえば、兵力と労働力のためにも人口をもっと増やしたいな……。


「いってらっしゃいませ」


<( すぴー……ポンちゃん、今日はお留守番するもきゅ…… ) 


「どうぞ、湯たんぽ代わりにはなるでしょう」


<「 もぎゅ?! ポンちゃん湯たんぽじゃないもきゅぅ! 」


 温かいポンちゃんを抱いて薄暗い冬空の下に出た。

 これからすることに、少しの迷いを胸に覚えながら。


<「 どうしたもきゅ……? 」


「別になんでもないよ」


<「 嘘もきゅ。お顔が不安そうに見えるもきゅよ 」


「……そんな顔してた?」


<「 鎌かけてみただけもきゅ 」


「やるようになったね……。わかったよ、話すよ……ロゼッティアだよ……」


<「 もきゅぅ……? 」


「職人街を作ったら、ロゼッティアが現れて僕の彼女になってくれた……。じゃあ、それをアップグレードしたら……?」


<「 大丈夫もきゅ! もーっと、ラブラブなるもきゅよ! 」


 根拠のない言葉だったけど、明るくそう言われると胸の不安が薄れていった。


「そ、それは……なっても困る……」


<「 なんでもきゅ? 」


「し……心臓がもたない……。これ以上仲良くなんて、そんなの僕どうにかしてしまうよ……っ」


<「 すぴー…… 」


 必死で自己主張したのにポンちゃんはぐっすりだった……。のろけ話はたぬきも食わなかった。

 この期に及んでは腹をくくるしかない。工房をアップグレードをすると、ロゼッティアとも約束をしている。


 最近職人たちに補強された橋を渡り、僕は川上の職人街の彫金工房を訪ねた。


「おはよ、アルト、くると思ってたよー」


「おはよう。仕事中にきてごめんね」


「悪いけど2,3分待って。これ仕上げちゃうから!」


 ロゼッティアは凄腕の彫金師。貴金属や真鍮、錫などを使って、アクセサリーから燭台などの金属家具、魔法使い向けの魔装具を作るのが仕事だ。


 僕の目の前で細い銀の棒がハンマーで叩かれて、円柱形の型を囲むシルバーリングに変わってゆくの眺めた。

 この若さでこの手並み。ロゼッティアは早熟の天才だった。


「お待たせーっ、きてくれて嬉しいよー」


「ロゼッティアはすごいね。最近18歳になったばかりなのに、立派に職人さんをやっている」


 毎日ダラダラ生きているだけの僕とはバイタリティが違う。


「えっへんっ! でもそれ、実力を認めてくれるアルトがいるからだよー。そういう人がいないとー、彫金師って買い叩かれて大変なんだから」


 働き者のロゼッティアを前にして口には出せないけど、僕としては先月までのような生き方が理想だ。

 あまり手足を動かさず、さほど苦労することもなく、ちょっと指図するだけでハッピーに生きられる人生がいい……。


「というかっ、ここにきたってことは、つまりっ、そういうことだよねっ!?」


「うん……集まったよ、【金】と【人材】」


「えー、なんで残念そうな顔するのー?」


「それは――だって、その……」


<「 ご主人様、かわいいもきゅよ! 」


「あっ、こらっ!?」


 ポンちゃんのたぬきなマズルを親指と人差し指でふさいだ。


<「 ここでアップグレードしたら、大好きなゼッちゃんとの関係が変わっちゃう! 」


 しかしふきだしで喋るたぬきにそんな実力行使は通じなかった。


<「 怖いよぉー! と、思ってるもきゅよ! 」


 ポンちゃんを信じて本音を語った僕がバカだった。そういえばポンちゃんって、口が木の葉より軽いたぬきだったんだった……。


「へぇーー? そうなんだぁぁー……?」


 ロゼッティアにメチャクチャにニヤつかれた。まあ、彼女からすればそう悪い気はしないだろう……。


「僕は手足を動かさない代わりに頭を動かす人間なんだ。その上で、ただ可能性を考えただけだよ」


 素直に『君を失うのが怖い』と答えればいいのに言えなかった。


「心配しなくて大丈夫だよー。アップグレードしても、押し売りババァたちは変わりなかったじゃない?」


「うん、それはそうなんだけど……」


「なら大丈夫! もしかしたらー、あたしがもっとかわいくなっちゃうかもー!? ……って、ツッコミ入れてよ、もーっ!」


 理屈屋の僕はロゼッティアみたいに考えられない。僕は僕の力が恐ろしい。


「僕の力は、僕の都合を無視して、現実を改変する。力を使ったら、ロゼッティアが隣からいなくなってしまう可能性だって、確かにそこにあるんだよ……。だって、僕と君は、元々……」


 本当は赤の他人なんだ。僕たちの絆は作り物なんだ。

 この偽りの関係はいつ途切れてもおかしくない。ある日目が覚めたら、僕たちは元通りの他人同士になっているかもしれない。


「あたしとアルトは、本当は付き合ってなんかいなかった! そう言いたいの?」


「え……? え、ええええーーっっ!?」


 なんでそれ、君が知っているのっ!?


「えっへっへっへー、蛇の道は蛇と言いましてなぁ、アルトー?」


 真っ先に僕は、一番口の軽いたぬきを見下ろした。


<( しまったもきゅ……! ポンちゃんまたやっちゃったもきゅ……! )


<( こ、ここは……! たぬき寝入りもきゅ! )


<「 すぴー……すぴー……」


 いや、ポンちゃん……全部吹き出しから漏れてるから……。

 けれど寝顔の愛らしさのあまりに恨む気になれない。


「だから大丈夫! 出会いは嘘だったかもしれないけど、あたしはアルトが好き、大好き! だってつるんでこんなに楽しい人、他にいないもん!」


 目頭が熱くなるほどに嬉しかった。涙を浮かべる情けない顔をごまかしながら、僕もロゼッティアに笑い返した。


「ぼ……僕もだよ!! 最初は、いきなりのことに当惑した……。でも、付き合ってゆくうちに、なんか……君にコロッといっちゃったんだ……。僕、ロゼッティアが好きだよ!!」


 勇気を出してロゼッティアに告白した。彼女の手を取って気持ちを受け入れた。


「あ、ノワールさん」


「えっ――」


 ロゼッティアが窓を指さした。それは油断を誘うための罠だった。彼女は僕が視線をそらした隙に、告白なんかよりよっぽど証明になる実力行使に出た。


 やわらかな二枚の唇が押し付けられ、彼女は鼻息を荒くして、すごく大胆なことをしてくれた。それは子供と子供がする微笑ましいキスでなかった。


「ふぅ……。ごめんね、あたし、我慢の限界だった……。本当はずっとこうしたかったんだー……」


「ぅ……ぁ……ぅ、ぅぁ……。ぅ、ぅぅ……っっ」


「でもアルトが純情すぎて踏み切れなかったんだなー♪ へへー、そこが年下かわいいけど……っ♪」


「し、心臓が、頭が、あ、ああああ…………」


 プチ引きこもりの嫌われ者のジメピカリャーには刺激が強すぎた。

 そんな、最初のキスで、こんな過激なことをするなんて……。


<( すごいもきゅ……お茶の間が真っ青になるやつもきゅ……! )


 ポンちゃん目線からすると、夜9時からの洋画あるあるだった。


「さあ、やろーっ! あたしの工房を徒弟とていでいっぱいにしてよ! モールからの注文に応えるだけで大変なんだから!」


 僕はそんなに切り替えが上手くない。顔が熱くて、頭が混乱して、身体がウズウズともどかしくなった……。収まりがつかないって、こういう状態のことを言うのだと思う……。


「顔、洗ってくるよ……ちょっとだけ、時間ちょうたい……」


「ふーん……?」


「か、顔を洗うだけだよ……っ!」


「別に聞いてないしー? ふぅぅーん?」


 赤面症の僕は川に顔を洗いに、ご機嫌のロゼッティアは注文のシルバーリング作りに戻った。

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