第30話 妹と過ごす週末
学校でのドタバタ1週間が終わった週末、俺は温かい布団に包まれながらゆっくりと惰眠をむさぼっていた。
こうやって時間を無駄にしていると自覚しつつも寝続ける瞬間が一番心地いい。この時間だけは誰にも邪魔することはできない……
「おはよー、お兄ちゃん」
俺の睡眠を邪魔する敵の声が聞こえる。普段に比べてなんだか甘ったるい声で、それだけで嫌な予感はする。抵抗を示すために、布団を掴んだまま背中を向ける。
「いいからお兄ちゃん、早く起きて」
しかし、俺の抵抗空しく、彼女は無残にも俺の握った布団をグイっと引っぺがす
「おい、なにすんだよ」
ベッドから降りずにそのまま布団に手を伸ばす。陽毬は布団を肩にかけて俺を見下ろしながら、満足そうな顔をする。
「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い?」
うざったい位の甘い声に、非常に嫌な予感がし始めて、体を陽毬から遠ざける。しかし陽毬はなんてことないようにずかずかと近寄ってきて、
「ぐほっ」
そのまま俺のベッドにダイブしてきた。起き抜けの体に重たい一撃が入り、鈍い声が出る。お前自分が何歳か分かってるのかよ……
しかし陽毬はおれのうめき声など気にしていない風で、俺にマウントポジションを取るような格好になって、そのお願いとやらを言ってきた。
「ねえ、東京連れて行ってよ」
「と、東京?」
「ねえ、いいでしょ?」
「うーん、っておい!お前何してんだ!」
俺が渋っているうちに陽毬はベッドから降りたかと思うと、今度はグイグイと俺の体を引っ張ってくる。布団の次は本体かよ……
しかし、横になっている寝起きの体は体力の有り余っている妹のパワーに勝てず、そのまま引きずり落ちそうになる。
「ちょ、ちょっと待て。分かった、今起きるから」
「じゃあ、連れて行ってくれる?」
しかし、陽毬は引っ張るのをやめない。マズイ、これは完全に言質を取るまで辞めない構えだ……。
「分かった分かった、連れて行ってやるから引っ張るな!」
「ほんと?」
「ほんとほんと、お兄ちゃん嘘つかない」
「オッケー、じゃあ朝ごはん出来てるから早く食べちゃって~」
元気そうな声で階段をくだっていく陽毬。その姿を見えなくなるのを確認して、俺は捨てられた布団を拾いに行く。よし、それじゃあ二度寝と洒落こむか……
「分かってると思うけど、約束したくせに二度寝したら許さないからね」
「あ、当たり前だろ!」
階段からひょこっと顔を覗かせる陽毬。慌てて体の後ろに布団を隠したが、よく考えれば多分無駄だった。
*******
結局妹に連れられるがまま、電車を1時間弱乗り継いで、池袋の大型商業施設へとやってきた。大した娯楽のない俺たちの住んでいる街とは違い、人であふれかえっておた。俺達が住んでいる街の一番大きな建物レベルの物がそこかしこに乱立している。
休日をゆっくりしようと思っていた俺としてはその人の多さに既に辟易している。
「いやー、やっぱ東京って素晴らしいね~!」
しかし既に疲れ気味の俺と対照的に、陽毬は非常に楽しそうだ。人でごった返し、お世辞にも綺麗とはいえないであろう東京の空気を勢いよく吸って満足げにしている。
「っていうか、何で俺なんだよ。友達誘って行けばいいだろ」
「いいじゃん、たまには家族奉公してよ」
陽毬も東京に行くときは大体友達を連れているはずだが、にしても何で今日は俺なんだ、しかもこんな早い時間から。
ちょうど昼時だからか、そこそこ人は入っており、まだ起きてから時間のたっていない俺の体にはそれだけで疲労がたまる。
「それに、友達巻き込むのは申し訳ないし、お兄ちゃんならいいかなって」
「何だよそれ……」
「そんなこと言って、結局連れて行ってくれるお兄ちゃん、私は好きだよ?」
「お前はホントに調子がいいな……」
ありがと、と両手を合わせてあざとくお礼を言ってくる陽毬。俺も文句は言いつつも、可愛い妹に頼りにされてあまり悪い気はしない。いつもより胸を張って道を進んでいく。
「それで、今日は何しに来たんだ。映画か?」
最近色々忙しくて何が上映されてるのかとかあまり確認していないが、陽毬が好きそうな作品はやっていただろうか……
「いや、今日は映画じゃないんだー」
「じゃあ何しに来たんだ?服屋とかか?」
素直に理由が分からず、質問すると陽毬は笑いながら答えてきた。
「いやいや、お兄ちゃんにファッションは期待してないから大丈夫」
「おい、誘っといてなんだその言い草は」
別に俺もおしゃれに口出しできるとは思ってないけども、いないけれども……!そう言われると傷つくものがある。
「まあどこに行くかはお楽しみってことで」
「お楽しみっつてもなぁ」
広いとは言え、所詮はショッピングモール。こんな話をしている間にも、すぐに目的地には着くだろう。俺達は適当に雑談をしながら、エスカレーターを昇っていく。目的地は結構上の階らしく、そのまま進んでいく。上の階へと進んでいく途中で、俺はあることに気づく。
「にしても、今日は女の人が多いな」
しかも皆俺達と同じ方向に向かっているようだ。
「まあ、そりゃそうじゃない?」
俺の疑問に、なんてことないような返事をする陽毬。しかし、依然として目的地については教えてくれない。そうしているうちに、エスカレーターは最上階へとたどり着いた。
「よし、とうちゃーく」
「やっと着いたか……」
長い事エスカレーターを乗り継いで着いたため、俺も少し伸びをする。と、そこで俺はふと気づく。確かここって……
「ほら、伸びとかしてないで、早く行くよ!売り切れちゃうから」
「おい、ちょっとくらいゆっくりさせてくれよ……」
服の腹辺りををつかんで、そのまま陽毬は俺を引きずっていこうとする。俺もリラックスも早々に、俺は陽毬についていく。目的地は随分とカラフルなカフェのようで、陽毬は少し興奮した足取りで、髄髄と進んでいく。
「14時から予約してた、神野です」
「神野様ですね、2名様でよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「かしこまりました。こちらのお席にどうぞ」
俺達は店員さんに誘導されるがままに4人掛けのテーブルに座らされる。周りを見渡すと、男性客はほとんどおらず、なんなら俺以外は全員女性だ。嫌な予感がしてきて、俺は目の前で熱心にメニューを覗き込んでいる陽毬に尋ねる。
「なあ、もしかしてここって」
「よし、私は決まった。はい、お兄ちゃんも早く決めて」
「お、おう……」
俺の質問はキャンセルされて、真剣な面持ちの陽毬にメニューを渡される。その勢いに気圧されて、俺は随分と薄い冊子を受け取り、メニューに目を通す。
「おい、陽毬」
「何?」
何も伝えずに俺をここまで連れてきた元凶は、平然とした様子で首をかしげる。
「ここって……」
「うん?コラボカフェだよ?」
何か問題が?と言いたげな表情の陽毬。そんな陽毬を見ながら、俺はとある可能性にたどり着いていた。
「もしかして俺を連れてきたのって……」
目を細める俺に対して、陽毬は今日一番のいい笑顔で、こくりと頷いた。
「うん、
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