第31話 コースターガチャ

「お前、実兄を東京まで引っ張り出しといて何をするかと思えば…」

「いいじゃんいいじゃん、かわいい妹のためだと思って」

「そういうのは自分から言うもんじゃないぞ」


 憎まれ口を叩く陽毬を適当にあしらいながら、改めてメニューを見る、うおー、やっぱコラボカフェってお値段するなぁ……

 とりあえずメニューを決め、店員さんを呼ぶ。俺は牛丼みたいなやつ、陽毬はオムライスを頼んだ。あとコースター用の飲み物2つ。


「にしても知らなかったよ、お前が『トウキュー!』好きなんて」

「んー、まぁねー」


『トウキュー!』は大人気のスポーツ漫画で最近アニメ化されて今街に出ると至る所で宣伝されている。セパタクローを題材にしているかなりトリッキーな漫画なのだが、3人で構成されるチームプレーや男同士の友情が熱い作品のようだ。


 しかし、余りオタク趣味ではないと思ってた陽毬がコラボカフェにまで来るとは……意外だ。


「最近アニメ一気見しちゃって、今私の中ですっごい熱いんだよ」

「ほーん、友達からオススメされた感じか」

「あーいや、友達っていうかリスナー」

「ん?」


 今なんか不穏な言葉が聞こえた気がするが……陽毬の方は真剣な表情でメニューを見ている。が、すぐに俺の視線に気づく


「あ!じゃなくて!そう!友達!クラスメートの子がオススメしてくれたんだよね〜」

「クラスメートの子か、なるほどな」


 昔は陽毬も友達をよくウチに連れてきてたけど、最近はめっきり見なくなったな。兄としてはやや心配だったが、一安心だ。


「今度その子、ウチに連れてこいよ。漫画も結構あるし、楽しいんじゃないか?」


 個人的にはいい提案だと思ったのだが、陽毬はすごい勢いで拒絶してくる


「いやいや何いってんのお兄ちゃん!相手がどんな人か分かんないのに家凸なんてさせたらまーずいでしょ!」

「……クラスメート、なんだよな?」


 イマドキの女子中学生は色々あるんだな。よく分からないなりに納得した。


「お待たせしましたー」


 そんな話をしていると、案外商品は早く到着した。俺の目の前にはレモネードが、陽毬の前にはアイスココアが置かれる。


「さしてこちら、特典のコースターになります」

「は、はいっ」


 店員のお姉さんがすっと商品をテーブルに置く。陽毬は少し緊張した声を上げてから裏向きにされたコースターからじっと目を離さずにいる。


 店員さんがテーブル離れるまで、陽毬はテーブルの端をぎゅっと握り、必死に衝動を抑えていた。


「よし、じゃあいくよ、お兄ちゃん」


 コースターの端を握る陽毬の手はぷるぷると震えて目はぎゅっとつぶられいた、震える手と長い睫毛がまるで祈っているようだった。いや、実際祈ってた。


「ちなみに誰が当たりなんだ?」


 捲った瞬間の喜びを共有するためにも、推しを確認しておこう。そう思ったら、陽毬は閉じた目をより一層固くつぶる。


「ダメ!言ったら物欲センサーで推しが来なくなる気がするから!」

「お、おう、そうか……」


 彼女の圧に気圧されて、俺は何も知らないまま開封?することとなった。陽毬は目を閉じたままゆっくりと息を吐く。短く切りそろえられた髪が軽く揺れる。


「じゃあ、いくよ」


 俺も一つ頷くことで返事とする。二人とも裏向きにされたステッカーの縁を掴む。緊張の瞬間だ。


「よし、せーのっ!」


 俺達は勢いよくステッカーをめくった。



 ******


「はぁ……」

 ため息をつきながら陽毬はランチプレートをちまちまと食べ進める

「そんなため息つくなよ、幸せが余計逃げるぞ」

「ため息やめて推しが来るならいくらでもつくよ……」

 どうやら妹の推しキャラは出なかったらしく、一人黙々と食べ進めている。


「はぁ…どうして百木ももぎくんは私のもとに来てくれないの、私の愛が足りないと申すのか……」

「言ったって確率低いしな」


 ランダムコースターの種類はかなり多く、2人で頼んだとはいえ、ピンポイントで狙うのは正直至難の業だろう。 


 しかし、それでは納得いかないのがオタクの性。今の陽毬には何を言っても意味がなさそうだ。


「ならもう一杯ドリンク頼むか?飲み物くらいだったらまだいけるぞ」

「いや、大丈夫」

「いいのか?」


 陽毬の全力度合いを知ってるからこそ、その返事は意外だった。


「お小遣いもあんま無いし、元々一発で出なかったら諦めるつもりだったから」

「お金の心配なら別に大丈夫だぞ?」


 一応本で稼いだ分もあり、同世代よりは多めにお小遣いをもらっている自負はある上、元々ラノベくらいしか買わないから、貯金は結構ある。


「ただでさえお兄ちゃん巻き込んでるのにお金の件まで迷惑かけれないよ」

「お前、大人になったな……」


 伏し目がちに話す妹に、思わず感動する。昔はわがまま言ってばっかりだったのに、妹の成長は早いものだ。


「じゃあ、ゆっくり食べてカフェだけでも満喫して帰るか」

「うん、そうする」


 とは言ったが、俺も結構お腹いっぱいになりかけだったので、陽毬の言葉は正直助かった。女性向け作品にも関わらず、原作再現なのか牛丼はガッツリ大盛りで食べきるのは結構ギリギリだった。食べきれない人出てくるだろこれ……。


「でも、交換してくれる人もいるかもだし、まだ期待を捨てちゃだめだよね」

「そうそう、その意気だ」

「じゃあ私、ちょっとお水注いでくる。お兄ちゃんもいる?」

「おう、頼んだわ」


 水のほとんどないグラスを抱えて、陽毬は颯爽と立ち去って行った。



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