第19話 JKは手作り弁当の夢を見るか 

 図星を突かれ、成瀬はしばらくうんうん唸っていたかと思うと、覚悟を決めたようにすっとこちらを向く。その視線は非常に冷ややかだった。


「神野君」

「……はい」

「とりあえず、こっちに来なさい。」

「おう……」


 俺は成瀬の対面に座る。すると成瀬は席を立ち、俺の隣に移動してくる。ちょっと成瀬さん、近くない……?


「あの、成瀬」

「神野君」


 俺が距離感を指摘しようとした所、成瀬は俺を制止してくる。彼女はゆっくりと、軽く目を閉じた。隣に座られたから長いまつげが良く見える。


「私がそんな薄っぺらい知識でクーデレやってると、あなた本気で思ってるの?」

「声震えてるぞ」


 俺が指摘しても、あくまでクールキャラを崩さず成瀬は腕を組んでいる。堂々とした立ち姿だが、ついでに目も泳いでる。


 しかし、成瀬も負けてはいない。ふんと鼻を鳴らし、鉄面皮の中に挑発的なニュアンスを混ぜてくる。


「ふん、神野君こそ、その余裕、何時まで持つかしら」

「何だと」

「ここに来た時随分と息が切れていたようだけど、もしかして神野君……走ってきたのかしら?」

 成瀬はどうよとばかりに聞いてくる。


「くっ、それに気づくとは……」

「そうよね?連絡してから来るのが速いと思ったのよ。という事はつまり……」


 ご、ごくり……


「神野君、今日の朝の私のクーデレのクオリティに感動して急いできたんでしょ?」

「いや、違うけど……」

「違うんですか!?」


 朝までは合ってたけど、それ以降は全然違った。成瀬も今まで通りのキャラに戻ってる。そんなに自信あったのか、クーデレ……。


「昨日が残念な結果に終わったので、今日こそは昨日の汚名返上と行こうと思ったんですけど……」

「あーいや、昨日と比べてクオリティは高かったよ、実際」

「そうですか!?あ、じゃなくて……そうかしら?」


 ああ、一応継続するんだ、それクーデレ


「私としては自然体でいるだけなのだけれど……そんなに褒められると、悪い気はしないわね」

「いや、自然体ってあーた……」


 上手いかどうかは別としてゴリッゴリに不自然ではあるよ。


「まあ、神野君がクーデレ好きなのはすでにリサーチ済みだし、今頃メロメロに決まってるわね。」

「何でおれの趣味知ってるんだよ。確かに好きだけど」

「私はパスタ丸よ?日向仁の事なら、ファンの中では誰よりも知ってる自信があるわ?」

「そ、そうか……」


 自信満々に言われると何か照れるな……。成瀬は俺の反応に気を良くしたのか、ふふんと鼻をならす。


「ええ、もちろん。本名、年齢、身長は当然として」

「ふんふん」

「他にも趣味、嗜好、好きなヒロインのタイプに好きなシチュに性癖に……」

「ちょいちょいちょいちょい!」


 前半と後半の落差デカすぎるだろ。軽い崖くらいあったぞ。いくら人が少ない部室棟とは言え、こんな話ずっと聞かされたら俺の身が持たない。


「何?」

「成瀬が俺の事よく知ってくれてるのは分かったから、そんなもんで」

「いえ、折角なんで語っていくわ。何から聞きたい?」

「だから何も聞きたくないって」

「そうですか、じゃあ好きなヒロインから行くわね」

「話聞いてた!?」


 しかもよりによってそこ性癖かよ!クールキャラが主人公を振り回すシーンはよく見るし好きだけど、いざ自分が食らうとなるとキツ過ぎる……!


 しかし成瀬はだんだん乗ってきたのか、止まることを知らない。


「ええと、日向先生の性癖は、クーデレキャラが」

「やめてぇ!」


 ぐーっ


「……ん?」


 思わず目をつぶってしまうが、成瀬からの続きの言葉は無い。ゆっくり目を開けると、お腹を押さえて俯いている、クールとは対極な成瀬の姿があった。


「とりあえず、昼飯食べるか」

「……はい」


 時計を見ると、昼休みはもう半分過ぎていた。



 ******


俺と成瀬は弁当を広げて、俺達は静かに弁当を食べ進める。成瀬の弁当は非常にこじんまりとしていて、卵焼きにウィンナーに炒め物に……と、色とりどりだった。


「成瀬の弁当可愛いな。」

「そうですか?」

「うん、ザ・女子の弁当って感じ。」

「それは……手離しに喜んでいい奴ですか?」


俺はそのつもりだったが、成瀬としては複雑なご様子。一転して、成瀬は俺の弁当に目を向ける。


「神野君の方こそ、今日はお弁当なんですね」

「普段は大体購買なんだけど、たまには」

「しかもから揚げですか、凝ってますね……」


 成瀬はじっと俺のから揚げを見つめる。


「……から揚げ好きなの?」

「あーいえ、まあ好きですけど」

「そっか」


 まあと言った割には、成瀬は目線を俺のから揚げから外さない。


「確か神野君のお母さん、お仕事されてますよね?」

「うん、大学で働いてるよ」

「ほーん……」


 成瀬の目がすっと細められる。その視線は涼川と同質だが、あいつよりどこか生々しいものを感じる。


「じゃあこれ、もしかして……神野君の手作りですか?」

「違うよ、母さんが作ってる」

「あ、そうですか……。お母様でしたか」


 途端にすっと目を開き成瀬は黙々と自分の弁当に手を付け始める。箸で卵焼きを掴む手が、なんだか弱々しい。俺も掴んでいたから揚げを一つ食べきってから、成瀬に尋ねる。


「あのさ、成瀬……」

「何ですか?あらたまって」

「その、俺の勘違いだったら申し訳ないんだけど」

「はい」


 いやまさか、そんなわけないとは思うが……。成瀬を疑っているわけではないが、俺は疑念を払しょくするためにとある事実を伝える。


「実家暮らしなのに自分で弁当作ってる男子高校生なんて、滅多にいないからね」

「いないんですか!!??」


 弁当を食べて充電完了した成瀬の悲鳴は、今までで一番元気が良かった。

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