第18話 クーデレするならこんな風に

 昼休みのひと時、皆が優雅に昼飯を楽しんでいる中、俺は人の少ない部室棟を走り回っていた。行き慣れない部室棟は、昼だというのに暗くじめっとしており、何となく動きが緩慢になる。かすれた文字を一つずつ確認しながら、俺は指定された部屋を探す。


「ここか……」


 俺は古ぼけた扉の前に立つ。ドアには恐らく文芸部と書かれているんだろうが、最早文の字しか残っていない。


 扉に手をかけてぐっと力を籠めると、案外力は要らずスムーズにドアは開いた。


「お邪魔しまーす」


 教室に入ると、室内には大量の本棚と、本がびっしりと敷き詰められていた。その中央には古びたテーブルが置かれてあり、そこには一人の美少女が座って静かに小説を読んでいた。

 騒がしい空間の中で、彼女がページをめくる音だけが響く。彼女が教室を出て俺がここに来るまでそう時間はかからなかったはずだが、随分と準備がいい。



 俺を呼んだ彼女は、扉のあいた音に反応して、こちらに顔を向ける。その表情は変わらず冷ややかなままだった。成瀬は本に目を向けたまま、ゆっくりと口を開く。


「そんなところに突っ立ってないで、早くドアを閉めてくれない?風が入って寒いのだけれど」

「あ、ごめん……」


 俺が思わず謝りつつ、ドアを閉める。すると成瀬は本をぱたりと閉じこちらにふっと目をあげる。ヤバイ、また何か言われる……


 と、俺は覚悟していたのだが意外と成瀬は優しい目をしていた。そして、口元だけに笑みを浮かべ、なんてことないかのように話す。


 ん?これはまさか……?


「ま、でも私はそんなあなたと過ごす時間が、別に嫌いじゃないけれど」

「く、く……」

「く?」


 クーデレだぁーーーー!



 思わず声が出そうになる。なるほどクーデレね!って言う事は朝のあれはクールキャラの演出ってことか、安心したー。


 俺の感動した様子が伝わったのか、成瀬は満足げに髪をかき上げる。ロングヘアーをかき上げるイメージでいたのか、彼女の手は空を切る。


「ぶふっ……」


 やばい、笑いそう。だが気持ちは分かる、本に囲まれたクーデレは黒髪ロングのイメージあるよな。


「何してるの?ずっと立たれると邪魔なんだけど」


「ぶふっ」

「なによ、早く来なさい」

「りょ、了解……」


 俺は必死に笑いをこらえながら成瀬の据わるテーブルに向かう。いや、出来はいいんだよ?出来はいいんだけど、成瀬の内面を知ってしまっていると「頑張ってる感」があって何か独特な面白さを醸し出している。


 いや、しかし彼女も真剣にクーデレヒロインをやっているんだ。俺もちゃんと乗っからなきゃ申し訳ない。なぜ文芸部の部室に成瀬がいるのかとか、普段昼休み教室にないけど、ここにいたのか?とか。だがそれはそれとして、一つ咳払いし席に着く。


「んで、何で今日は誘ってくれたんだ?」

「そんなの、いっつも一人で食事をとってるあなたが可愛そうに思っただけよ」

「そ、そいつはどうも……」


 俺、一応今日も涼川と飯食ってたんだけどな……。


「で、何でここ?」

「基本的に騒がしいのは嫌いなのよ。私も教師の手前ああやっていい子を演じているけど、正直面倒極まりないし、こうやってクラスの喧騒から離れられる時間は大事なのよ。」

「ほう、面倒……」



 面倒だと思っている設定なのに、普段よりクラスメートと話しているように見えるとはなんとも面白い矛盾だ。


「じゃあ悪いな、折角の一人の時間邪魔しちゃって」

「私から誘ったのにそんなこと言わないで頂戴。」

「それもそうか」

「確かにあなたもクラスの連中と変わらず騒がしいわよ、でも」


 そこまで言ってから、成瀬は少し息を吸って溜めるような仕草をする。


「私はそんなあなたと過ごす時間が、別に嫌いじゃないから。」

「……ん?」



 刹那、俺は強い違和感を覚える。これは……デジャビュ?

 一方の成瀬は、手ごたえを感じていているのか、非常に満足げにしている。


「あの……成瀬さん。」

「なに、神野君。」


 満足げな顔を引っ込ませて、あくまで無表情で尋ねてくる。そんな彼女に、俺はおずおずと尋ねる。


「ひょっとして、いやまさかとは思うけど……」

「何よ」

「成瀬……デレのレパートリーそれしかない?」

「ギクッ」


 図星か……。

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