第17話 成瀬麻衣香と半凍半温
翌朝、俺は自転車で学校に向かっていた。朝の汚れていない爽やかな風が頬を撫でる。今日は昨日と違い視線は一切感じず、穏やかな社会の構成員として存在できている感覚がして、気分がいい。
今日の登校は俺一人だった。母さんと、なぜだか陽毬も成瀬が迎えに来るのではないかとそわそわしていたが、結局二人とも諦めて仕事と部活に向かって行った
RIMEを交換したものの成瀬から特に連絡はなかった。俺から聞こうかと思ったが、何かみっともない気がして辞めた。
しかし、成瀬は今日もなにか仕掛けてくるに違いない。朝は来なかったが、俺には確信があった。
漠然とした不安と期待感を胸に、俺は自転車のギアを軽くした。
学校には少し早めについた。普段より席はまばらに空いており空気が軽いように感じた。皆特別仲がいいグループではなく、来た人同士でパラパラと喋っているようだ。
そんな中でも成瀬はひときわ目立っている。一人ブックカバーをかけて本を読んでいるが、朝から姿勢はピンと伸びている。
相変わらず、アイツの周りだけキラキラしてんな~。これは話しかけてもいいものか……。
俺は声を掛けようか少し迷った後に、覚悟を決めて成瀬の席へと近づく。
「よっ」
傍から見たら俺はクラス1の美少女に無謀にも突貫してる陰キャの構図だろうが、そうじゃない。俺達はこう見えても一緒にラブコメを作るいわば同士、君たちが考えるよりもずっと「高み」にいるんだよ……。
「おはよう、成瀬」
なるべく気持ち悪くないように、極力軽く、そして爽やかに挨拶をする。よし、これはいい感じだろ?クラスの連中も爽やかすぎて俺が成瀬に挨拶したことに気づいていない。ほら、成瀬すらも爽やかすぎて気づいていない。
え?成瀬反応してなくない?まさか爽やかすぎて気づいてない?
「おーい、成瀬~?オハヨ~」
小声だが、今度は少し変化球目に挨拶をする。さすがにこれで気づくは……
「何ですか?」
「ずっ!?」
成瀬はゆっくりとこちらを振り向いたかと思うと、非常に冷ややかな視線を向ける。今までに見たことがないほど冷たい視線に、俺は芯から凍らされる。
すぐ逃げ出したいのに、体がそこから動けなくなるようなそんな感覚に陥った。
「す、すみませんでした……」
なんともみっともないセリフを上げながら、俺はすたこらさっさと席に戻る。幸いなことに、クラスメートは教室後方で一人けが人が出たことには気づいていなかった。
「あ、ちょ……」
寒くもないのに手をこすり合わせながら、俺は席に着いた。
「おはよー、夕~。って、何してんの?手もんで」
「しもやけが出来ないようにもんでんだよ」
「……なんで?」
なんでってお前、寒いからに決まってるだろ。
******
「成瀬、今日日直だから、この資料持って行ってくれてもいいか」
「はい、分かりました」
「成瀬さん、個々の問題分かんないんだけど、教えてくれない?」
「えーと、ああ、二項定理ですね。これは複雑そうに見えるけど、式さえ覚えちゃえば案外簡単ですよ」
「ホントだ!成瀬さんありがと~」
「いえ、この位お安い御用です。」
「成瀬さん、今日暇だったら一緒にカラオケ行かない?」
「いや、私今日は仕事……じゃなくて、予定があるので。ごめんなさい」
「そっかー、また誘っていい?」
「ええ、是非お願いします」
「なんか……、えらい話しかけられてんな。成瀬」
「やっぱ気になるか?」
昼休み、俺は弁当を広げながら、後方に座る成瀬をぼんやりと見やる。朝はあんなに機嫌が悪そうだったのに、成瀬は普段からは信じられないくらい人に囲まれている。
涼川もサンドイッチを開封しながら、いつも通り俺の前の席に座ってくる。
「涼川、何か知ってる?」
「いや、特に」
「そうだよな……」
「でも、今日の成瀬とっつきやすい感じあるよな。物腰柔らかいし、優しそうなオーラ出てたよな」
「まじ!?」
朝俺が話しかけた時、あんなに冷たかったのに?しかし、その現場を見ていない涼川としては、俺のリアクションの方がおかしいみたいだ。
「何がそんなに不思議なんだよ。良くある話だろ、彼氏できて丸くなるなんて」
「いや、彼氏って……」
そういえば涼川は成瀬に彼氏ができたと思い込んでるのか、ややこしい。いや、真相の方がもっとややこしいんだけど。
涼川としては納得の変化なのだろうが、俺としてはイマイチ腑に落ちない。俺個人にだけ当たりが強いという事は、きっと何かやらかした可能性が高い……。
図書館、LIME、数えるほどしかなかった接触点で、数えきれないほどの可能性が浮かび上がってくる。一体どれだ……?
「成瀬さん、良ければ一緒にお昼食べない?」
「すみません、私お昼は予定があるので……」
後方では成瀬がクラスの女子からのお昼の誘いを断っている声が聞こえてくる。俺はなんだか切なくてその様子を見ることが出来ないが、声だけはしっかり耳に届いてくる。いいや、から揚げしこたま食ってやろう。
「今日の夕の弁当旨そうだなー」
「から揚げはやらんぞ」
「まだなんも言ってないだろうが」
とはいいつつも、涼川の視線は弁当に固定されている。俺は見せつけるようにから揚げをつまみ、勢いよくかじりつく。
「あーっ!俺のから揚げが!」
「どれがお前のだ」
涼川は恨めし気にサンドイッチにかみつく。すると涼川の恨みが伝わったかのように、俺のスマホが鳴りだす。何の気なしに確認すると、LIMEの新着メッセージだった。しかも、これは……。
「どうした、から揚げ胃もたれした?良ければ俺が食ってやろうか?」
「いや、そうじゃない」
「じゃあどうした――」
「すまん涼川、お呼び出しだ。残りは一人で食っててくれ」
「え、ちょっとお呼び出しってなんだよ」
涼川の制止を振り払って、弁当を持って席を立つ。
さっきまで人がたくさんいたはずの成瀬の席が空いていることを確認して、俺は教室の外へと飛び出していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます